小さな革命と不穏な影《執筆者:鈴鹿    歌音》

文字数 2,602文字

 イザベラ・キャンプの状態は、最悪だった。燃え尽きたテントの数々。広場には、大量の廃材が積まれていた。人々が再び立ち上がり、ほんの小さな革命を起こした時、ヒマリたちはイザベラ・キャンプを出発する時を迎えた。

 イザベラの屋敷前にヒマリたちは立っている。



「イザベラは、これからどうするの?」

「あたいは、キャンプの(おさ)として、復興の為にも尽力を尽くすつもりよ」



 イザベラは、自らを鼓舞するように両手の拳を握る。ヒマリたちは、そんな小さなイザベラの決意に心を打たれる。



「大丈夫よ。イザベラになら出来るわ。あなたは、すごいキャンプの運営者よ。ここまで住民に紳士的な子は、私も初めて見たの。だから、あなたが羨ましいわ」

「ハートちゃんも凄かったよ。ハートちゃんの指示は的確だったから、あたいも戦えたんだよ。だから、あたいはみんなにお礼をしないと……」



 イザベラは、サファイアが使われているブローチをヒマリたちに渡した。



「これは何? イザベラの大切な物じゃないの?」

「これは、あたいの友達でスペードキングダムに住んでいる『リリィ』に渡してほしい物なの。あたいの友達だから悪い子じゃないから安心してくれていいからね」



 スペードキングダムには、どんなことが待ち受けているのだろうか……ヒマリは、今から楽しみになってきた。



「後、これも……」



 イザベラから渡されたのは、一通の手紙だった。宛先は『愛するジュリエットへ』とかかれていた。



「これは?」

「あの襲撃してきた人が落としていった物なの。見つけたら返してあげて。今頃、困っていると思うから」



 ヒマリは、ジュリエットに宛てた手紙をイザベラから受け取った。





 日の光が射し始める。冷たい乾いた風と太陽の光が辺りに朝の始まりを告げる。



「イザベラ、あたしたちまた会えるよね?」

「生きている限りはどこかで繋がっているわ。それとヒマリちゃんたちにおまじない……」



 イザベラは、ヒマリたちに手をかざし、



「イザベラにご加護を……『マリア様の祈り《マリア・プレイヤー》』」



 淡い光に包まれるヒマリたち。その光は、すぐに淡い泡沫(ほうまつ)となって消え去った。



「イザベラ……ありがとう。あたしたち、スペードキングダムに行ってくるね」

「うん、また遊びに来てね」



 イザベラに見送られ、ヒマリたちはイザベラ・キャンプを出発したのであった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆







 デカフォニック渓谷(バレー)の崖の険しさと隠者の(エルミット・フォレスト)の深さを増してきた。下の谷底は、漆黒の闇に包まれ、下など見えない。見たくもない。

 さらに登るにつれ、雲行きも悪くなってくる。



「これは、一雨来そうね。急ぐわよ、みんな!!」



 ハートの合図があった直後だった。

 激しい雷鳴が鳴り響き、ヒマリは驚き、シフォンに抱きついた。



「ヒマリさん?!」

「あたし、雷だけは……苦手なの」



 最悪なことに大粒の雨が降り始め、すぐに前が見えなくなる程の大雨になった。雷鳴と稲光が続けざまに聞こえるし見える。



「あっ、みんな!! あそこに小さな洞窟があるわ。あそこで雨が止やむのを待ちましょ!!」



 ハートに案内され、ヒマリとシフォンはデカフォニック渓谷(バレー)にある小さな洞窟に雨宿りの為、避難してきた。





「完全に予定が狂ったわね……。遅くても3日目の夜までにスペードキングダムに入れたら良いんだけど……」

「少し寒いね」

「ヒマリ、こっちに来なさい。温めてあげるわ。シフォンもこっちに来なさい」

(わたくし)は、良いです。少し野暮用を思い出したので行ってきますね」



 シフォンは、ハートの申し出を断り、洞窟の奥の方に入っていってしまった。

 ヒマリは、それが心配でたまらなかった。シオンお兄ちゃんみたいにいなくなってしまったりしたら……、と考えると胸が締め付けられてたまらない。ハートは、「大丈夫」と言ってくれる。それだけで、ヒマリの心は平静を保つことが出来た。





 雨は止やむ気配すらない。この雨が悲しい雨にならないことを祈って、ヒマリは目を閉じたのであった。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆







 その頃、シフォンは、洞窟の奥の死角に当たる所に来ていた。

 胸元から魔法石(ストーン)を取り出すと、誰かと話を始めた。



『あぁ、シフォンか。作戦は上手くいっているか?』

「申し訳ありません、お兄様。なかなか上手くいかなくて作戦通りにはいっていないです。しかし、着々とスペードキングダムには近づいています」

『ほぅ。今回は、どんな奴をターゲットにしたんだ?』



 シフォンの兄は、心の無い声で淡々と言葉を続ける。シフォンもそれに合わせるように言葉を続けている。



「お兄様。まさかとはいえ、ハートアイランドってこの間革命が起きましたよね?」

『あぁ、そうだとも。その時、女王だったハートが殺されたと……』

「それが、その殺されたと思っていたハートアイランドの女王……ハート様が生きていたのです」

『なっ……何だと』



 シフォンの兄は、声を詰まらせ黙りこんでしまう。



「でも、必ずお兄様の元に2人を導きますので」

『分かっているならよろしい。お前も俺の為にももっと働いてくれ。その2人さえ殺して首を晒さらせば俺の昇進も間違いない。決してヘマだけはするなよ』

「はい、お兄様の為にも(わたくし)、頑張って導きます」

『よろしい。明日の夜までにスペニア・キャンプに……』

「畏かしこまりました、お兄様。それでは、後程連絡します」





 シフォンとシフォンの兄の連絡は、途切れる。

 そこでシフォンは大きなため息をつく。





「分かっているけど……ヒマリさんやハートさんを裏切るのは嫌です。でも、グレイシアお兄様の期待に添えないのはもっと嫌です……。でも、(わたくし)どうしたら良いのか分からないです」



 シフォンの声は、激しい雷鳴に消され、誰にも届くことはなかった。
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