森と剣と鏡の試練《執筆者:星野 リゲル》
文字数 2,662文字
シオンたちが深海和尚に連れられて入ったこの鏡の中の部屋では、もう何日かが経過していた。
その間にも、彼らは休むことなく修行に打ち込む。
ヒマリに会い、クズ神を倒し、その先に待っている光を掴むためにも、シオンを含めた誰もが全力で力を付ける必要があったのだ。
力とは、戦闘力や体力のことだけではない。相手の精神状態を見抜く力、仲間とのチームワーク、それら全てが必要だった。今後も繰り広げられるだろう壮絶な戦いに備えて、身につけておくべきスキルだった。
それを効率よく手に入れられるという点では、シオンたち一行が深海和尚と出会ったのはまさに幸運といえよう。
この世界では、食事は深海和尚が提供してくれるし、広い庭は手入れが行き届いていて、修行にはもってこいの場所だった。
和尚は見事なお人好しだ。
そのお人好しに甘えて、特にノアとシュートは、日が暮れるまで剣を交えていた。
「くたばれ!」
ノアは光の剣の切っ先を、容赦なくシュートに向けて放つ。
けれどもシュートは、まるで蚊でも払うかのようにそれを弾き返した。
「前より攻撃が鋭くなったな、ノア。でもそれじゃあガクトワには勝てない」
「ガクトワを折り合いに出すな!」
再びノアが攻撃を始める。力任せに放った剣だが、対象はすでに消えていた。
シュートは素早くノアの右横に足を踏み入れていた。剣はノアを真っ二つにしようとしている。
「早いな」
危険を感じたノアはシュートの剣に膝蹴りで対抗する。
その俊敏さに、シュートはすぐにノアと距離を取った。
「竜化はこういう時に役立つのさ」
ニヤリと笑うノア。
破れたズボンから覗かせるのは固いウロコに覆われた足だった。
「なるほど。その力、トウラのお下がりのくせに」
シュートが嘲笑うようにして言った。
ノアは以前にトウラから受け継いだドラゴンの魔素を、もう効率よく利用できるようになっていた。
竜化の変身を戦術として使い、白騎士として戦う救世主、ノア。
彼の実力は剣士としても十分だった。
しかしそんなノアを圧倒しているシュートも戦闘的センスにおいて右に出る者はいない。
鋭い金属音と共に火花を散らしている彼らの剣に、和尚は満足そうな表情を浮かべていた。
★
カチンッ、カチンッ
カチンッ、カチンッ
剣がぶつかる音。
けたたましい金属音が目覚ましの代わりとなった。
シオンが目を覚ましたのは大きめのベッドの上だった。
高い天井にはオレンジ色の電球がいくつも並べられて、砂刷りの壁にその光が反射している。それを見たシオンはゆっくりと身を起こした。
「目を覚ましたようじゃな」
横から声が掛けられた。声の主は深海和尚で、その顔は笑顔だった。
「あっ。和尚……僕は」
「成功じゃよ。もう鏡の中はお主の魔素で満たされておる」
「じゃあ。できたんですね」
深海和尚は静かにうなずいた。
「さすがじゃな。ワシが見込んだだけの事あって、皆、順調に己の力を高めておる」
「ええ。そうみたいですね」
シオンは、自分の手のひらを見つめた。
修行により高まっていく自分の魔力を感じて、力強く拳をにぎった。
「じゃが、現実はお主が思っている程、甘いものではない」
深海和尚がさらりと発したその言葉を、シオンは少し不安に思った。
「どういう意味ですか?」
「ヒマリ殿のことじゃ。彼女は今、メルフェールにて戦乱の中におる」
ヒマリの話題が持ち上がったので、シオンは固唾を飲んだ。以前、オウルニムスに見せられた映像が彼の頭を横切る。
ヒマリの姿を思い出してしまった。
固い鉄格子の中に捉えられた妹の姿、ヒマリは今どこで何をしているのだろうか?
つらい思いをしていないだろうか? そういう不安がシオンの心の中で鎖のように絡まって取れなかった。
「ヒマリの事を知っているんですか?」
シオンは固い表情のまま、深海和尚に尋ねた。
でも、和尚は首を横に振った。
「ワシは長い間、鏡家に仕えていただけじゃから、ヒマリ殿の事も心配にはなる。じゃけれども、ワシにはメルフェールに干渉する力はない」
夕日が部屋に差し込んできた。
シオンはその方向に目を向ける。
窓の外ではまだ、シュートとノアが剣を交えていた。
「しぶといなぁ、ノア!」
「この程度でくたばったら、救世主の名に傷がつくからな」
二人の根気強さと体力に、シオンは感心した。
それと同時に、ヒマリに対して何もしてやれない自分の無力に、また失望した。
「和尚さん……僕は、みんなみたいに強くなれるのでしょうか?」
「そうじゃなあ。人は誰しも、自分が思っているほど強いものではないのじゃよ。じゃが、それと同時に、自分が思っている程弱いものでもない」
シオンは和尚の言葉を、ありきたりな言葉だなと感じていた。
彼が今ほしいものは、安らぎだった。
神を倒して、ヒマリに会って「お兄ちゃんっ!」という元気な声をどうしても聞きたかった。
「僕は、神をぶっ殺したいんです。僕たちを引き裂いた……ヒマリを傷つけた神を簡単に倒せるようになりたいんです! その為には、トウラやシュート、ノアさんよりも遥かに強くならないといけないんです!」
その言葉に、深海和尚は顔をしかめた。
そうして、大きくため息をついた。
「誰にも負けないような強い力を手に入れてから戦おうなぞ、凡人の考える夢物語じゃ。人は、自分よりも遥かに強大な相手との戦いの中でこそ、強くなれるのじゃよ」
シオンは息を飲んだ。
「その強い相手っていうのが、クズ神の事なんですね」
「そういう事になろう」
彼は下を向いた。胸の奥から、怒りの感情が込み上げてきた。
それがクズ神に対してなのか、自分自身に対してなのかは分からなかった。
「メルフェールとの戦争は、お主にとってもヒマリ殿にとっても、試練になろう」
「……はい」
「動乱は……もう幕を上げたのじゃ」
深海和尚の言葉に、シオンはさらに複雑な気持ちになった。
それからしばらく沈黙があったが、和尚はすぐに話を変えた。
「いや、悪かったのう。少しばかり暗い話になってしもうた。少し休むといい。二十時に食堂へ来ておくれ。次は皆ともう少し現実的な話をするのでのう。ホッホッホ」
そう言ってから、和尚は足早に去って行った。
窓の外では、シュートとノアがまだ剣を振るっていた。
その間にも、彼らは休むことなく修行に打ち込む。
ヒマリに会い、クズ神を倒し、その先に待っている光を掴むためにも、シオンを含めた誰もが全力で力を付ける必要があったのだ。
力とは、戦闘力や体力のことだけではない。相手の精神状態を見抜く力、仲間とのチームワーク、それら全てが必要だった。今後も繰り広げられるだろう壮絶な戦いに備えて、身につけておくべきスキルだった。
それを効率よく手に入れられるという点では、シオンたち一行が深海和尚と出会ったのはまさに幸運といえよう。
この世界では、食事は深海和尚が提供してくれるし、広い庭は手入れが行き届いていて、修行にはもってこいの場所だった。
和尚は見事なお人好しだ。
そのお人好しに甘えて、特にノアとシュートは、日が暮れるまで剣を交えていた。
「くたばれ!」
ノアは光の剣の切っ先を、容赦なくシュートに向けて放つ。
けれどもシュートは、まるで蚊でも払うかのようにそれを弾き返した。
「前より攻撃が鋭くなったな、ノア。でもそれじゃあガクトワには勝てない」
「ガクトワを折り合いに出すな!」
再びノアが攻撃を始める。力任せに放った剣だが、対象はすでに消えていた。
シュートは素早くノアの右横に足を踏み入れていた。剣はノアを真っ二つにしようとしている。
「早いな」
危険を感じたノアはシュートの剣に膝蹴りで対抗する。
その俊敏さに、シュートはすぐにノアと距離を取った。
「竜化はこういう時に役立つのさ」
ニヤリと笑うノア。
破れたズボンから覗かせるのは固いウロコに覆われた足だった。
「なるほど。その力、トウラのお下がりのくせに」
シュートが嘲笑うようにして言った。
ノアは以前にトウラから受け継いだドラゴンの魔素を、もう効率よく利用できるようになっていた。
竜化の変身を戦術として使い、白騎士として戦う救世主、ノア。
彼の実力は剣士としても十分だった。
しかしそんなノアを圧倒しているシュートも戦闘的センスにおいて右に出る者はいない。
鋭い金属音と共に火花を散らしている彼らの剣に、和尚は満足そうな表情を浮かべていた。
★
カチンッ、カチンッ
カチンッ、カチンッ
剣がぶつかる音。
けたたましい金属音が目覚ましの代わりとなった。
シオンが目を覚ましたのは大きめのベッドの上だった。
高い天井にはオレンジ色の電球がいくつも並べられて、砂刷りの壁にその光が反射している。それを見たシオンはゆっくりと身を起こした。
「目を覚ましたようじゃな」
横から声が掛けられた。声の主は深海和尚で、その顔は笑顔だった。
「あっ。和尚……僕は」
「成功じゃよ。もう鏡の中はお主の魔素で満たされておる」
「じゃあ。できたんですね」
深海和尚は静かにうなずいた。
「さすがじゃな。ワシが見込んだだけの事あって、皆、順調に己の力を高めておる」
「ええ。そうみたいですね」
シオンは、自分の手のひらを見つめた。
修行により高まっていく自分の魔力を感じて、力強く拳をにぎった。
「じゃが、現実はお主が思っている程、甘いものではない」
深海和尚がさらりと発したその言葉を、シオンは少し不安に思った。
「どういう意味ですか?」
「ヒマリ殿のことじゃ。彼女は今、メルフェールにて戦乱の中におる」
ヒマリの話題が持ち上がったので、シオンは固唾を飲んだ。以前、オウルニムスに見せられた映像が彼の頭を横切る。
ヒマリの姿を思い出してしまった。
固い鉄格子の中に捉えられた妹の姿、ヒマリは今どこで何をしているのだろうか?
つらい思いをしていないだろうか? そういう不安がシオンの心の中で鎖のように絡まって取れなかった。
「ヒマリの事を知っているんですか?」
シオンは固い表情のまま、深海和尚に尋ねた。
でも、和尚は首を横に振った。
「ワシは長い間、鏡家に仕えていただけじゃから、ヒマリ殿の事も心配にはなる。じゃけれども、ワシにはメルフェールに干渉する力はない」
夕日が部屋に差し込んできた。
シオンはその方向に目を向ける。
窓の外ではまだ、シュートとノアが剣を交えていた。
「しぶといなぁ、ノア!」
「この程度でくたばったら、救世主の名に傷がつくからな」
二人の根気強さと体力に、シオンは感心した。
それと同時に、ヒマリに対して何もしてやれない自分の無力に、また失望した。
「和尚さん……僕は、みんなみたいに強くなれるのでしょうか?」
「そうじゃなあ。人は誰しも、自分が思っているほど強いものではないのじゃよ。じゃが、それと同時に、自分が思っている程弱いものでもない」
シオンは和尚の言葉を、ありきたりな言葉だなと感じていた。
彼が今ほしいものは、安らぎだった。
神を倒して、ヒマリに会って「お兄ちゃんっ!」という元気な声をどうしても聞きたかった。
「僕は、神をぶっ殺したいんです。僕たちを引き裂いた……ヒマリを傷つけた神を簡単に倒せるようになりたいんです! その為には、トウラやシュート、ノアさんよりも遥かに強くならないといけないんです!」
その言葉に、深海和尚は顔をしかめた。
そうして、大きくため息をついた。
「誰にも負けないような強い力を手に入れてから戦おうなぞ、凡人の考える夢物語じゃ。人は、自分よりも遥かに強大な相手との戦いの中でこそ、強くなれるのじゃよ」
シオンは息を飲んだ。
「その強い相手っていうのが、クズ神の事なんですね」
「そういう事になろう」
彼は下を向いた。胸の奥から、怒りの感情が込み上げてきた。
それがクズ神に対してなのか、自分自身に対してなのかは分からなかった。
「メルフェールとの戦争は、お主にとってもヒマリ殿にとっても、試練になろう」
「……はい」
「動乱は……もう幕を上げたのじゃ」
深海和尚の言葉に、シオンはさらに複雑な気持ちになった。
それからしばらく沈黙があったが、和尚はすぐに話を変えた。
「いや、悪かったのう。少しばかり暗い話になってしもうた。少し休むといい。二十時に食堂へ来ておくれ。次は皆ともう少し現実的な話をするのでのう。ホッホッホ」
そう言ってから、和尚は足早に去って行った。
窓の外では、シュートとノアがまだ剣を振るっていた。