終古一定《執筆者:宵蜜糺》

文字数 4,631文字

「長かったですね」
「色々話し合っていたのよ」
 トゥエルブとのティータイムが終わった後、トゥエルブは仕事中だという事で、二人は一旦街へ出ることにした。
 付き添いには、フリップとダイヤの騎士であるフィーアとツヴァイが付いてくることになったらしい。
「ねぇねぇ、街、観光するー?オススメのカフェあるんだよっ」
「……フィーア、一応言っとくけど、今仕事中なんだかんな」
「知ってるよ!」
 なんだか騎士らしくない二人である。
「ハート様はどこに行きたい?」
「…馴れ馴れしい…。…そうね、市を見てみたいわ」
「市ね!油断するとすぐに迷子になっちゃうからはぐれないように手を繋ごうよ」
「子ども扱いしないでくださる?見た目で判断する様な愚か者に触れる手などありませんわ、腐り落ちてしまう」
 ハートに対して畏れをしらない態度だとヒマリは唖然として眺めていた。女王時のハートをみているので、そんな態度は不敬にあたらないのかと心配になってしまうのである。しかしフィーアはめげていなかった。
「じゃ、ヒマリは俺と手つなぐか?」
「えっ!」
 ほら、とツヴァイが指差した先にはほとんど無理やり手を繋がれながら、抗議の声を上げているハートがいた。
 差し出された手を申し訳なさそうに見ながら、自分で歩けます、と言えば、ツヴァイは迷子になるかもしれねぇよ?と脅してくる。そのため、観念してその手を取ることになった。
「一体どこに向かっているのよ」
「市だよ?」
「僕はどうしたら良いんですか……」
「あー?お前は後ろの護衛よろしくな!」
 フリップが若干不憫である。女性4人の中に男性1人と言う謎の構成。しかも自分は付いて行くだけだ。
 フィーアの案内により着いた市は昼頃と言う事もあって、人でごった返していた。
「凄いわね……」
「えー?いつもこんな感じだよ?」
 フィーアとツヴァイは慣れている様子でするするとひとの間をすり抜ける、成程、すぐ迷子になってしまうという意味が分かった。これは、手を繋いでいて正解だったかもしれない。
「ほら、ここだよ」
 フィーアが立ち止まったところは、カフェなどではなく、まるで酒場の様な雰囲気のある定食屋だった。
「ここは?」
「今ちょうど昼頃だし、腹減ったろ?食ってから観光しようぜ」
 案内された席は、ちょうど角の席。食堂内全体が見渡すことのできるような位置であった。ハートが成程、と呟く。
「……なるほどって、どういう事?」
「騎士の名も伊達じゃないって思ったのよ。私の意図を理解しているわ」
「いと?」
「ふふ、えぇ。市民の様子を見てみたかったの」
 酒場と並行して営まれている定食屋は、情報集めにしたらうってつけの場所なのだという。騎士二人が注文に行っている間に、ハートはざっとまわりをうかがう。
「どうやら、そうねぇ……余り影響は出ていないように見えるわね」
「表だっては、ですけれどね。水面下ではそうでもないらしいです」
「あらそうなの?」
 和気藹々として居る食堂内を見て、ハートは首を捻った。
「はい、皆、不安がっているんです。ですがそれ以上に今までの生活様式を変えることが怖いのですよ」
「騎士が何とかしてくれるっていう?」
「あ……まぁ、そうなりますね」
 その時、カウンターでお酒をあおっていた二人組の男が零す愚痴が聞こえた。
「この街はどうなっちまうのかねえ」
「あぁ、今騎士同士で揉めているんだろ?今の制度を変えるとかどうとかで……」
「今のままでいいのになぁ」
「とはいっても騎士の力が無いんじゃ俺たちの安全も確かなもんじゃ無いだろ」
 ため息交じりに男が言えば、片方の男もまぁ…と曖昧な様子で同意した。
「ともかく、何時もみたいに騎士が何とかしてくれるだろ」
 だからその考えが駄目なんじゃない、とハートが声を低めた。
「ハート?」
「貴方たち」
 まさか声を掛けに行くとは思わなかった。止める間もなく席を立ったハートは一直線にカウンターへ向かい男たちに声を掛ける。
「んぁ?……どうした、嬢ちゃん?お母さんとはぐれたか?」
「違うわよ。さっきの話、聞こえていたけど。あなたたちは自分の安全を自分たちでなんとかしようとは思わないの?」
「……」
「なんとかなぁ……俺たちはもう他人の手で齎される完全な安全に慣れちまってんだ」
「だから?動かない理由にはならないわ」
「……難しい事言う嬢ちゃんだ」

「あれ?ハート様は?」
 注文が終わって、帰ってきた二人は空いた席をみて不思議な顔をする。目線でハートのいる方を示せば、フィーアは熱心だよねぇ、と苦笑して席に着いた。
「でも、まぁ、ハート様って一人で国収めてきたんだもんね。凄いよねぇ」
 そういえば騎士たちには、スノウから情報が伝わっているのだった。
「駄目だったわ」
「おつかれさま」
「何かわかったか?」
「ええ、トゥエルブの改革が相当難航しそうなことはね」
 まぁそうだろうなぁとツヴァイが零す。騎士たちも自覚しているのか、諦めかけているのか少々投げやりだった。
「私、商人たちと話してみたいわ」
「じゃあ、ご飯食べたら行く?」
「ええ」
丁度良く、注文した料理が運ばれて来る。この先何処に向かうかも決まった事なので、ゆっくり食事をしようというツヴァイの一言により、異国の食事を二人は目いっぱい楽しんだのだった。
「有力商人、と言うと、一番近いのは……プランサス・ドゥ・セルかな」
地図を広げながら、フィーアはここ、と一点を示す。
「大体ね、4つほどあるんだよ。絵画、工芸、伝統品を手掛けるバルブブリュー。美容用品、服飾を手掛けるサンドリヨン。金や砂金、宝石などを手掛けるラ・ランプ・ドゥ・ラ・フラム・ブリュー。菓子や食事、娯楽を手掛けるプランサス・ドゥ・セル」
「その4つに協力を仰いでるのよね?」
「そう、でも状況は知っているとおり芳しく無いの」
「全員に会う事は出来る?」
「今日は会議がある日だから、全員が1箇所に集まるけど………行くの?」
まさか、とでも言いたげな様子のフィーアを不敵に見るハート。嫌な予感がするとツヴァイが呟くが、お構い無しに、もちろん、と言った。
「でもまだ、時間じゃないよ?」
「ならもう少し市を見ましょう」
 その時、食堂の一角に集まっていた集団がわっと声を上げて騒ぎが大きくなってきた。
「なんだぁ?」
 ツヴァイが人だかりを覗き込むと、同じように覗き込んだフリップがあっと声を上げる。
「ゼクス隊長………!!あっドライ隊長も居るじゃないですか!」
「あ?お、フリップ」
 フリップの悲鳴に近い声でバレてしまった。ゼクスは椅子に座り大揚にチケットを擦り、その傍らでドライは怯えたように肩を震わせる。
「あれ?フィーアとツヴァイもいるのか」
「気付かなかったよ。何紛れ込んでんだお前」
「潜入調査だよ。せんにゅうちょうさ!オラァ!上がり、オレの勝ちだぜご両人?」
「………ゼクス隊長、仕事中に賭博はやめて下さい。ドライ隊長も止めてください…」
 呆れた様なフリップの言葉に、ドライは言葉を詰まらせる。
「ぼ、僕はちゃんと止めたんですよ…っ?でもゼクスはやるって聞かなくて」
 もう泣きそうである。段々と可哀想になってくるので、フリップも強く言えずにわかりました、と降参した。
 こんなに気が弱くて騎士が勤まるのだろうか。同じことをハートも思ったようで、この街は本当に大丈夫なのかしらとつぶやいた。
「んで?これからどこに行くんだ?飯は食べたんだろう」
「会議に参加したいらしい。連れていくつもりだ」
「ほーぉ……会議に参加する気なのか、ハート様は」
「えぇ。聞きたいのよ、商人達の意見を」
「そうやって、他国の情勢に首突っ込む理由は何だ?」
 ゼクスの試すような視線が絡みつく。同じ様に、受けて立ったハートは目を眇めた。
「貴方たちに、協力して貰わなければならない事があるのよ。絶対に、やらなければならないの」
 だから突っ込むのよ。こんな状態が長く続くのも良くないでしょう、と言い放つハートに、ゼクスは目を見張った。
「小さいのにしっかりしているんだな……」
「小さいは余計よ!こう見えても貴女より何倍も生きているんだから!余り無礼な事を言う様ならその口縫い合わせて差し上げても宜しいのよ」
「おおこわ。それは大変な年長者だ。敬わなくては」
「貴女馬鹿にしてるでしょう」
 胡乱なハートの視線を受け流し、低く笑ったゼクスは勝ったお金を店員に渡すと皆の酒代にしてくれと言う。色めき立つ衆を横目に、ゼクスはひとつ、手を打った。
「それなら、おれ等も付いて行こうかな」
「行き先は同じですからね」
「商会の会長たちの紹介でもしながら向かおうや」
 行くかとさっさと店を出て行ってしまうゼクスを追いかける。今まであった騎士の誰よりも自由人であった。
「紹介ね、4つの商会がそれぞれ得意としている商品と名前ならさっき聞いたわ」
「ああ。他には?」
「知らないわ」
 ゼクスはなら、と4枚のカードをハートに手渡した。
 ハートが裏返したりしながら見ているのを一緒に見ていると、カードにはそれぞれの紋様らしきものが描かれている。青いインクで描かれた髭を生やした紳士を描いたカード、ドレス姿の女性のシルエットとか榛の枝葉が描かれたカード、城とランプ、炎だけ青いインクで描かれたカード、一匙分粉の様なものが盛られたスプーンに花の様な形の岩塩を描いたカード。どう見てもこれは、それぞれの商会が使っている紋様らしい。良く見てみれば、そこかしこに城とランプの旗が上がっていた。
 ハートは詰まらなそうにカードを纏めた。
「それぞれの贈り(ギフト)をもとにしているのね」
「そうだ。バルブブリューのおっさんは厳つい顔してるから初めて会うのはちょっち怖いかもな、全然笑わないしいつも仏頂面してんだ。サンドリヨン商会のアッシェン夫人は優しい方だよ。全ての女性は美しくなる事が出来るっていつも言ってる。フィーアと仲が良い。ラ・ランプ・ドゥ・ラ・フラム・ブリュー商会は最近頭が変わったばかりだ。今はダリウスという若いやつがやってる。プランサス・ドゥ・セル商会のユリアーナ嬢は強かな人だよ、商人らしく」
「女性でも商会を立ち上げてここまで大きくすることが出来るのね」
 感心しながら聞いていると、ドライが笑いながら答える。
「ここでは女性、男性はあまり関係ありません。商売に性別の壁は必要ないですからね。ですので、店を出す者に特別な規約はございません」
「手形さえあれば未成年でも店を構えることが出来るからねぇ。後見人は必要だけど」
 なるほど、商業都市として栄えるわけである。
 ヒマリは改めて周りを見渡し、その店主に女性の姿や自分より少し上かどうか位の歳の子がいるのを見つけた。
「自由、なんですね」
「その代わり決まりを破った者には厳重な処罰が下されますよ」
 その役目はダイヤの騎士が請け負っているらしいが、厳重な処罰と聞くと少し怖かったので、気になったがヒマリは聞かないことにした。
「そら、着いたぞ。ここが今日、会議が行われる場所だ」
「ここが…」
 見上げた建物の入り口には先程見たばかりの紋様が刻まれた旗が刺されていた。
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