かくして物語は加速する《執筆者:ラケットコワスター》
文字数 8,894文字
──口の減らない女だ
──あら、つれない人
──おい! そこのガキ! 何者だ!
──シオン!
──なればこれはその序章。我は──世界を修正するものなり!
──ガキじゃなかったらこのまま無理にでも殺してた
男が目を開き、小さく息を漏らす。ここ最近、彼の周りで多くの出来事があった。まるで子どもの頃に戻ったかのような忙しさを味わい、これまでの判を押したような毎日とは大違いだった。
もっとも、起こっている出来事の内容を鑑みれば、テンプレ通りの毎日の方がずっとましと言えたが。
「隊長……マキナ隊長!」
名を呼ばれ男が振り返る。鋭く切れ込みの入った目が名を呼んだ兵の双瞳を捉えた。
「あぁ、何だ」
「本部からの通達です」
陽光が庭の芝を照らす。隣の芝は青く見える、などとは言うがこの芝なら誰にでも見せられる、そう思えるほど青々と茂った芝の上で軍人マキナは部下からの報告を受けた。
マキナは軍人である。それもそこらに居るような木っ端ではなく、その名をヒューマニーに轟かせた大物だ。彼は軍のある部隊の隊長を任されており、日々治安維持に精を出していた。かつてシェロと激しい空中戦を繰り広げたのもその一環だった。
「本部からの通達です。第三四空廠で新型戦闘機の開発が思いのほか早く完了し、量産体制に入ったとのこと。我が隊に配備されるのも数週間程前倒しになるそうです」
「そうか。ご苦労、下がっていいぞ」
マキナに報告を終えた兵は素早く敬礼すると機敏な動きで回れ右し直線的に小走りで駆けて行く。
「……散歩に行くにも公務がついてくるか」
靴ひもを結び直しながら独り言を呟く。散歩に行こうとした矢先に報告が入ってくるタイミングの悪さに少し苛立ちを感じた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ヒューマニーにはいくつもの国が存在する。少し前にシオンが訪れたラ・カエサルのような軍事大国から未開の土地で自然と共に生きる小国までその在りようは様々だ。
その中にあってマキナの暮らす‘ピーク王国’は長いヒューマニーの歴史の中で大きな意味を持つ国だった。正確には、この国がある土地が、だが。それ故にピークの発展度合いは目を見張るものがあり、表通りには立派な建物が並び、道を行く人々の数もかなりのものだった。
「あ! 隊長さん!」
ふと、子どもがマキナを見つけ声を上げる。それを聞いた大人も彼の姿を見つけ笑顔を向けた。
大人は会釈し、子ども達はいたずらっぽく敬礼を向ける。いかにも英雄という評価を受ける人物らしい一幕だ。
──うむぅ。
マキナはそれらに一つ一つ軽く手を挙げ答えていくが心の中では小さく息を漏らした。
別に自らに向けられる視線や感情が鬱陶しいわけではない。軍人でありヒューマニーの警察である彼にとってそれらは守るべき対象であり、むしろそれが無ければとうに仕事を辞めている。
が、今だけは一人にして欲しかった。ならば初めから表通りなど歩くな、という話だが、一人になりつつも日の光を浴びていたいという彼なりのわがままがそうさせていた。
「うっ」
と、そんなことをぼんやりと考えていると、目の前で一人、ローブを纏った老人が倒れた。周囲の人は人通りが多いせいかまだ気づいていない様子だ。
本能的に体が動く。すぐに倒れた老人のもとへ駆け寄り、声をかけた。
「もし。聞こえますかご尊老」
反応が無い。だんだんと周囲の者達も何が起こっているのか気づき始めた。
脈はある。息もしているようだ。特に外傷も見られない。それを確認するとマキナは老人を抱え上げた。
「すまない、通してもらえるか」
一言声を発すると人並みが別れて道ができた。同時に頭の中で病院までの最短ルートを弾き出す。裏道を通っていくのが早そうだ。
「病人が通るぞ!」
誰かが声を上げた。それを合図にマキナが歩き出す。思ったよりも大ごとになってしまった。いや、老人が一人倒れているのだから些事だとは思わないが。
大通りを抜け、細い道に入る。そこからさらに細い道に入り、病院へいたる道は少しずつ短くなっていった。
「……ふぅ」
すっかり人通りのない道に入った時、突然マキナに抱えられた老人が息をもらした。老人が意識を取り戻したものだと思ったマキナはそのまま老人の方を見ずに声をかける。
「気がつきましたか」
「いやぁ? 気を失っておると言った覚えはないが」
マキナの足が止まった。
「……おい」
老人がマキナに抱えられたままにやりと笑う。反対にマキナは眉間にしわを寄せ大きくため息をついた。
「なんじゃため息とは。失礼な小僧じゃのう」
「黙れ」
老人が何者なのか気づいたマキナの態度はぞんざいなものに変り、少々乱暴に老人を下ろした。老人もマキナの豹変は想定内だったようで、親しい友人に接するようにおどけて見せた。
「もうちょっとありがたがったらどうじゃ? お前さんは今オウルニムス伝説と話をしているのじゃぞ?」
「俺にはただのボケ爺にしか思えないがな。病人のふりしてまで俺に会いたいか」
「言うではないか鼻垂れ小僧が。そんなことより腹が減った」
「そこの角を曲がってまっすぐ奥まで行った所に店があるぞ」
「お前さんは大賢人をゴミ捨て場に向かわせるのが好きなようじゃな」
「なんで知ってんだよ……」
マキナが至極面倒くさそうに呟く。
「まぁいいわい。子どもは少々生意気なくらいがちょうどいいからの」
「俺はもう二十代なんだが?」
「充分子どもじゃ」
老人がくしゃみをする。
「ふむぅ、ん、ところで、この後は暇じゃな? 少し付き合ってもらうぞ」
「俺にそんな趣味はないが」
「えっ、何じゃお前さん、そう受け取ったのか? わしはそんなつもり全くなかったんじゃが……そうかそうかお前さんそんな趣味が……」
「うっせぇ!」
マキナが若干恥ずかしそうに声を張る。もちろんジョークのつもりだった。
「あぁ……もういい! これ以上アンタには付き合ってられない。俺も暇じゃないんでな」
「あっ! 待て、待たんか! お前さんに聞かせなきゃならんことがある!」
「またいつもの大層な‘予言’か。前は確かうちの隊に配備される戦闘機の開発が難航するって予言だったな。あいにく外れたが」
そう言ってマキナは会話を強制的に切り上げ、軍の駐屯所へ向けて歩き始めた。対して老人はひょこひょことついてくるがマキナは気にも止めない。
「いかなオウルニムスとは言え完全な予言などできん。そこは大目に見て欲しいのう」
「そうか、じゃあその予言もあてにならんな」
次第に二人の距離が離れていく。老人は余裕の無くなってきた声で制止するもマキナの歩みは止まらない。
「ええい! わからんやつじゃな! 今回のは今までのとは重要性の程度が違う!」
「しょうもない方に振ってるんだろう」
「この……待たんか!」
ついに老人が硬貨程の小石を拾い、マキナに向かって投げつけた。小石は大きな放物線を描き、ゆっくりとマキナの左腕に飛び込んだ。
「っ!」
すると、マキナが足を止め石が当たった左腕を押さえよろめいた。小石が当たったにしてはややオーバーな反応だ。
「それについてじゃ。今回ばかりは聞かないとは言わせんぞ」
急に老人が威厳ある雰囲気を纏い、そう言い放った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
路地裏のゴミ捨て場。の、ある場所から十メートル程手前にくたびれた木造の建物がある。ひどくみすぼらしい上に看板すら出していないのでここが飲食店であると知っているのは常連客のみだった。
そんな店に軍帽を目深に被った男が老人を連れ入店してきた。禿げ上がった頭の屈強な店主はそれを睨みつけるように横目で視認した。
「おい」
男がいきなり店主に声をかける。
「客はまず注文するもんだ」
「……部屋を貸してもらいたい」
「ウチは宿泊じゃねぇぞ。ピーク軍人ならわかるだろ。アンタ何モンだ?」
「俺だ」
客が軍帽を上げ店主に顔を見せる。すると途端に店主の顔から血の気が引いて狼狽し始めた。
「マ……ママママキナさん!? え、ええと何用で……? あれ以来ウチはやべーことに手は出してないんですが……」
「わかっている、その用事じゃない。悪いが個室を貸してくれ」
「へ、へい……」
店主は恐縮したようにカウンターの奥の方へ入っていった。それと入れ替わるように老人がマキナの背後から横に並び不安そうに言う。
「なぁ……やばい店じゃあないじゃろうな」
「心配するな。ゴロツキ上がりだがここの店主は信頼できる」
やがて店主が鍵を持って現れ、二階の部屋へ案内された。ややかび臭い扉を押し開くとまるで示し合わせたように大きなテーブルと二つの椅子が用意された対談向けの部屋が現れた。窓はあるがカーテンレールが錆付いており、長い間日光を取り入れていないことがわかる。明らかに普段から使われている部屋ではないことが容易に想像できた。
「悪いな。料理はフィッシュアンドチップスを頼む」
「へい」
マキナは慣れたように料理を注文し席についた。老人も後に続き向かい合うように腰を下ろした。
「もう少し良い場所は無かったのかのう」
「この街じゃあ静かな店なんてここくらいしか無いからな。で、聞かせてもらおうか」
マキナが場所を変える気がない、と判断した老人は小さくため息をつき、そのままいきなり切り出した。
「まず、お前さんには未来というものがどんなものかを理解してもらおうかの」
「?」
「さっき、我々でも完全な予言は不可能と言ったな。これは本当のことなのじゃ」
「過去、現在、未来全てを見ることができるのがオウルニムスじゃなかったのか」
マキナが片眉を吊り上げる。伝承に伝わるオウルニムスとは全てを知る人物であった。それだけに未来のことも伺い知ることが可能であり、目の前の老人がマキナの前に現れるようになってから始めの頃はどんな突拍子の無い予言でもある程度信じてはいた。
「見ることはできる。見ることは、のう」
「なにやら訳ありだな」
「いやぁなに、簡単なことじゃよ。見ることはできてもそれが本当かどうかがわからないということじゃ。例えば今このままいけばわしはお前さんに全て話し終わり、そのまま別れて家へ帰り週刊誌を読んで寝るじゃろう。だがしかし話してる途中にわしがお前さんの逆鱗に触れて、話し終わる前にお前さんが帰ってしまう可能性も否めないわけじゃ」
「……」
「で、わしにはその両方の未来が見えていると言ったら?」
「そういうことか」
そこまで聞きマキナは老人が何を言わんとしているのかを察し、小さく息を漏らし腕を組んだ。
「未来とは、今この瞬間を起点に無数に枝分かれし、増え続けている。その中から‘観測者’たる我々が選び取って実現されたものが現在 になり未来 となる。わしらはその無数の可能性を見ているに過ぎんのじゃよ。ほれ、前にお前さんの執務室にバッファローの群れが突っ込んでくるという予言をしたじゃろう?」
「俺が大恥をかいたあの予言だな」
「あれも我々の世界では実現しなかったが、他の世界の‘観測者’ではないお前さんが経験しているはずなのじゃ……まぁ、あれは正直お前さんをからかう意味の方が強かったが」
「……想像したくもないな」
そこまで話し終わると同時に扉がノックされ、店主がフィッシュアンドチップスを届けに来た。皿を受け取ったマキナは軽く礼を言うと小さく切り分けられた魚のフライをつまんだ。老人もつられて一切れ口に運ぶ。が、すぐに顔を歪ませた。
「ん゛む゛っ……なんじゃこりゃ……まっずいのう……」
「そうか? 俺は常食しているが」
「うそじゃろ……?」
老人は慌てて水を口に含み、二切れ、三切れとフライを口に運ぶマキナを信じられないというような顔で見つめた。
「ま、まぁいい。本題はここからじゃ」
「ふむ」
「今、その未来が全てある一点に収束しているのじゃ」
歯に魚の骨が挟まったようで、老人はそう言いながら顔をしかめ口をもごもごと動かした。
「収束している?」
「そうじゃ。その点に限っては今、完全な予言ができる」
「ほう? 聞かせてもらおうか」
「ヒューマニーとメルフェールの間で戦争が勃発する」
突然、場の空気が凍りついた。マキナの手が止まり、顔をゆっくりと上げた。
「……何?」
「今言った通りじゃ。このままでは、世界が終わる」
老人に先程までの飄々とした雰囲気は無く、その言葉に嘘は無いと納得させる説得力があった。信じたくはなかったが、マキナは右腕に鳥肌が立ったのを感じ取った。
戦争が起こる。‘いざという時’が来る。覚悟していないわけではないが、相手はメルフェール。相当な被害が出ることを思うと鳥肌くらい立つ。
「……回避できないのか」
「できん」
老人がさっぱりと答える。
「できんが……その先に未来をつなげることはできる」
「終わらせることができる、と」
「うむ。収束点からほんの一筋程度の弱々しさじゃが、人類がそれを乗り越え歩んでいく可能性が僅かながらに残されている」
突然、マキナが立ち上がった。老人は驚き口をつぐみ、目を白黒させた。
「教えろ。どうすればいい、俺は何をすればいい?」
マキナの頬には汗が伝っていた。こちらにも普段の雰囲気はなくなり、余裕が無さそうに見える。そんなマキナの様子を見て老人は一瞬呆けたがすぐに気を取り直し、言葉を続けた。
「あの子を助けてやるのじゃ」
「あの子……?」
訝しげにマキナが言うと老人は黙ってマキナの左腕を指差した。老人が言わんとしていることを理解したマキナは目を見開き言葉を飲み込んだように息を漏らした。
「あいつを……!?」
「あの子はそこらの転生者とは違う。それはお前さんの左腕が知っているはずじゃ。だからあそこであの子を見逃したのじゃろう?」
マキナは無意識に左腕を押さえた。あれ以来、左腕は妙な魔素に犯され、著しくその機能を欠いていた。
マキナ自身、シオンがただ者では無いことは十分にわかっている。あの異能は転生者でさえも扱える代物ではない。それを扱ったシオンは──
「……あいつを……」
「どの世界線でも……燃える世界の中心で災厄の前にあの子が立っている。そして、あの子を支える人物が何人か。その人数も様々じゃ。数人の世界線もあれば数え切れない数いる世界線もある。しかしほぼ全ての世界線でその中にお前さんがいるのじゃ」
マキナが椅子に腰を下ろす。
「助けろと言われても……俺は何を求められているんだ」
「それはわしにもわからん。さっきも言ったが未来は無限にある。帰着点は見えておるがそこに行き着くまでの道筋がわからんのじゃ」
マキナが小さく悪態をつく。言われてみれば当然だが、先が見えているのに手前が見えないというのはなんとももどかしい。
「……あの子の仲間にパイロットが居たな。彼女があの子に銃を向けている未来もある」
「バルキリアが? 馬鹿な」
「ありえん話ではない。何者かに心を惑わされた彼女があの子を手にかけ、滅んだ世界の可能性じゃ。そんな可能性が今はごろごろしている。言ったじゃろう? 僅かながらの可能性、と」
マキナが深くため息をつく。何でもありなのか。急に自分が今生きているのが奇跡のように思えてきた。
「それに……お前さんにとってはここから先は厳しい道のりになるじゃろう。これまでの友と戦い、屈辱的な同盟を結ばなければならん」
「友って……まさか」
「誰かはまだわからん。じゃが……お前さんの友人の中に敵がいる。それは間違いないようじゃ」
「……」
意気消沈したようにマキナが椅子に崩れ落ちると、反対に老人が立ち上がった。いつの間にか皿の上のフィッシュアンドチップスはフライドポテトだけが綺麗に無くなっている。
「さて、伝えるべきことは全部伝えた。すまんがわしは帰る。まだこの話をしなければならん者がいるのでな」
そう言って老人は踵を返し、部屋を後にした。一人残されたマキナは眉間にしわをよせ、今日一番のため息をついた。
友人の中に敵がいる。
誰だ?
それは一体──
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……ん?」
突然、ポケットに収めていた通信機が鳴きだした。自分が元居た世界のそれと遜色無い性能を持っている。技術の未発達さを魔力で補うこの世界の道具には驚かされるものが多い。
ポケットから通信機を取り出し、振動するそれを見つめる。ピーク王国製のそれはどこから見ても携帯電話だった。おそらく転生者が持ち込んだものを量産化したのだろう。内部構造は全く異なるらしいが、ともかくそれは通信装置として随分使い勝手が良かった。
震えている端末の‘通話’と書かれたボタンを押す。途端に震えが止まった。
「おや? これはこれは……君だった、か」
震えが止まると同時に聞こえてきた声にケイキ・ガクトワは不敵に笑った。
「ケイキさん……今どこに」
「なんだい急に」
「会って話がしたいんですが」
通信機の向こう側にいるマキナには余裕が感じられなかった。普段と様子が違うマキナの声にケイキは眉をつりあげたが、少し考えた後余裕たっぷりの猫なで声で答えた。
「難しいねぇ。今、大事な用事の最中でね……どうしても会わなきゃ駄目かい?」
「いや……そういうわけではないんですが」
「じゃあ悪いけど無理だね。時間ができたらこちらからまた連絡するよ。それでいいだろう?」
そのまま通信が切れる。それと同時にケイキの肩に人間の顎が乗った。
「あなたも通信機を使うのですね……お相手は?」
「友達だ」
「あら……これは意外ですわね。ケイキ・ガクトワとお友達になってくれる奇特な方がいらっしゃるなんて」
「ああ、本当にいい奴 だよ」
ケイキの背後にはジュリエットが立っていた。少し前にノアと一戦を交えた時の大蛇は居らず、今の彼女はただの一般人と言われても疑いようが無いほどに‘普通’だった。
「さて? 今回はどんなお仕事ですの?」
ジュリエットがケイキから離れるなり話題を切り替える。自分が根城にしている場所からいきなり連れ出され、ジュリエットとしては早く帰りたいという気持ちもあった。
「聞いてないのかい? この先に一隻の戦艦がある。もっとも、ずいぶんとボロボロのようだがね」
「戦艦?」
「ああ。先のラ・カサエルの演習で使われたものらしくてね。‘例の彼’が乗艦していた代物だそうだ」
ジュリエットが顎に手を当て思案する。
「……ああ、そうか。君は戦艦の存在しない時代の出身だったね。鉄の装甲船のことだよ」
「失敬な。ヒューマニーに来てから戦艦くらい見ましたわ。ラ・カサエルの演習について心当たりがありませんの」
「ま、そうだろう。公にはラ・カサエルは関与していない、一部の軍人の暴走ということにされているからねぇ」
「……まぁいいですわ。そこにわざわざ私が連れてこられるなんて、そのボロ船に何があるのかしら?」
ジュリエットの問いにケイキは懐から取り出した一枚の写真を取り出し、手渡して答えた。そこには一人の少女の姿が写りこんでいた。陽光に照らされ美しく輝く小金色の長髪は写真越しにも見とれてしまいそうな程だ。
「……誰ですの?」
ジュリエットが不機嫌そうに写真を突っ返す。ケイキはそんなジュリエットの様子が愉快であるかのように薄ら笑いを浮かべながら写真を受け取った。
「‘リシュリュー・ライト’。あの激戦を生き延びた強者だそうだ」
「こんな小さな子が?」
「彼 とそんなに変わらないだろう?」
「……」
不満そうなジュリエットの視線を尻目にケイキはくつくつと笑う。
「それで? まさか私はあなたのロリコン趣味に付き合わされているわけではないでしょうね?」
「ひどい言いようだな君は。もちろんそんなことにかのジュリエット様を連れて来るわけはない。そもそも私は子どもがあまり好きではなくてね」
「……」
「彼女は亜人 だ。だが……人間我らに匹敵する力を持っている。被支配層に置いておくには惜しい人材だ」
「同志に引き入れる、と。受け入れてくれるとは思えませんわ」
「まさか君、この面子を見てわざわざ話しに来たと、本気で思っているのかい?」
そう言ってケイキが振り返る。そこには相当数の人間が立っていた。皆一様に目を血走らせ、剣や槍を、中には農具を握っている者もいた。
「村三つ分の人間を徴兵 したんだよ?」
──あら、つれない人
──おい! そこのガキ! 何者だ!
──シオン!
──なればこれはその序章。我は──世界を修正するものなり!
──ガキじゃなかったらこのまま無理にでも殺してた
男が目を開き、小さく息を漏らす。ここ最近、彼の周りで多くの出来事があった。まるで子どもの頃に戻ったかのような忙しさを味わい、これまでの判を押したような毎日とは大違いだった。
もっとも、起こっている出来事の内容を鑑みれば、テンプレ通りの毎日の方がずっとましと言えたが。
「隊長……マキナ隊長!」
名を呼ばれ男が振り返る。鋭く切れ込みの入った目が名を呼んだ兵の双瞳を捉えた。
「あぁ、何だ」
「本部からの通達です」
陽光が庭の芝を照らす。隣の芝は青く見える、などとは言うがこの芝なら誰にでも見せられる、そう思えるほど青々と茂った芝の上で軍人マキナは部下からの報告を受けた。
マキナは軍人である。それもそこらに居るような木っ端ではなく、その名をヒューマニーに轟かせた大物だ。彼は軍のある部隊の隊長を任されており、日々治安維持に精を出していた。かつてシェロと激しい空中戦を繰り広げたのもその一環だった。
「本部からの通達です。第三四空廠で新型戦闘機の開発が思いのほか早く完了し、量産体制に入ったとのこと。我が隊に配備されるのも数週間程前倒しになるそうです」
「そうか。ご苦労、下がっていいぞ」
マキナに報告を終えた兵は素早く敬礼すると機敏な動きで回れ右し直線的に小走りで駆けて行く。
「……散歩に行くにも公務がついてくるか」
靴ひもを結び直しながら独り言を呟く。散歩に行こうとした矢先に報告が入ってくるタイミングの悪さに少し苛立ちを感じた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ヒューマニーにはいくつもの国が存在する。少し前にシオンが訪れたラ・カエサルのような軍事大国から未開の土地で自然と共に生きる小国までその在りようは様々だ。
その中にあってマキナの暮らす‘ピーク王国’は長いヒューマニーの歴史の中で大きな意味を持つ国だった。正確には、この国がある土地が、だが。それ故にピークの発展度合いは目を見張るものがあり、表通りには立派な建物が並び、道を行く人々の数もかなりのものだった。
「あ! 隊長さん!」
ふと、子どもがマキナを見つけ声を上げる。それを聞いた大人も彼の姿を見つけ笑顔を向けた。
大人は会釈し、子ども達はいたずらっぽく敬礼を向ける。いかにも英雄という評価を受ける人物らしい一幕だ。
──うむぅ。
マキナはそれらに一つ一つ軽く手を挙げ答えていくが心の中では小さく息を漏らした。
別に自らに向けられる視線や感情が鬱陶しいわけではない。軍人でありヒューマニーの警察である彼にとってそれらは守るべき対象であり、むしろそれが無ければとうに仕事を辞めている。
が、今だけは一人にして欲しかった。ならば初めから表通りなど歩くな、という話だが、一人になりつつも日の光を浴びていたいという彼なりのわがままがそうさせていた。
「うっ」
と、そんなことをぼんやりと考えていると、目の前で一人、ローブを纏った老人が倒れた。周囲の人は人通りが多いせいかまだ気づいていない様子だ。
本能的に体が動く。すぐに倒れた老人のもとへ駆け寄り、声をかけた。
「もし。聞こえますかご尊老」
反応が無い。だんだんと周囲の者達も何が起こっているのか気づき始めた。
脈はある。息もしているようだ。特に外傷も見られない。それを確認するとマキナは老人を抱え上げた。
「すまない、通してもらえるか」
一言声を発すると人並みが別れて道ができた。同時に頭の中で病院までの最短ルートを弾き出す。裏道を通っていくのが早そうだ。
「病人が通るぞ!」
誰かが声を上げた。それを合図にマキナが歩き出す。思ったよりも大ごとになってしまった。いや、老人が一人倒れているのだから些事だとは思わないが。
大通りを抜け、細い道に入る。そこからさらに細い道に入り、病院へいたる道は少しずつ短くなっていった。
「……ふぅ」
すっかり人通りのない道に入った時、突然マキナに抱えられた老人が息をもらした。老人が意識を取り戻したものだと思ったマキナはそのまま老人の方を見ずに声をかける。
「気がつきましたか」
「いやぁ? 気を失っておると言った覚えはないが」
マキナの足が止まった。
「……おい」
老人がマキナに抱えられたままにやりと笑う。反対にマキナは眉間にしわを寄せ大きくため息をついた。
「なんじゃため息とは。失礼な小僧じゃのう」
「黙れ」
老人が何者なのか気づいたマキナの態度はぞんざいなものに変り、少々乱暴に老人を下ろした。老人もマキナの豹変は想定内だったようで、親しい友人に接するようにおどけて見せた。
「もうちょっとありがたがったらどうじゃ? お前さんは今オウルニムス伝説と話をしているのじゃぞ?」
「俺にはただのボケ爺にしか思えないがな。病人のふりしてまで俺に会いたいか」
「言うではないか鼻垂れ小僧が。そんなことより腹が減った」
「そこの角を曲がってまっすぐ奥まで行った所に店があるぞ」
「お前さんは大賢人をゴミ捨て場に向かわせるのが好きなようじゃな」
「なんで知ってんだよ……」
マキナが至極面倒くさそうに呟く。
「まぁいいわい。子どもは少々生意気なくらいがちょうどいいからの」
「俺はもう二十代なんだが?」
「充分子どもじゃ」
老人がくしゃみをする。
「ふむぅ、ん、ところで、この後は暇じゃな? 少し付き合ってもらうぞ」
「俺にそんな趣味はないが」
「えっ、何じゃお前さん、そう受け取ったのか? わしはそんなつもり全くなかったんじゃが……そうかそうかお前さんそんな趣味が……」
「うっせぇ!」
マキナが若干恥ずかしそうに声を張る。もちろんジョークのつもりだった。
「あぁ……もういい! これ以上アンタには付き合ってられない。俺も暇じゃないんでな」
「あっ! 待て、待たんか! お前さんに聞かせなきゃならんことがある!」
「またいつもの大層な‘予言’か。前は確かうちの隊に配備される戦闘機の開発が難航するって予言だったな。あいにく外れたが」
そう言ってマキナは会話を強制的に切り上げ、軍の駐屯所へ向けて歩き始めた。対して老人はひょこひょことついてくるがマキナは気にも止めない。
「いかなオウルニムスとは言え完全な予言などできん。そこは大目に見て欲しいのう」
「そうか、じゃあその予言もあてにならんな」
次第に二人の距離が離れていく。老人は余裕の無くなってきた声で制止するもマキナの歩みは止まらない。
「ええい! わからんやつじゃな! 今回のは今までのとは重要性の程度が違う!」
「しょうもない方に振ってるんだろう」
「この……待たんか!」
ついに老人が硬貨程の小石を拾い、マキナに向かって投げつけた。小石は大きな放物線を描き、ゆっくりとマキナの左腕に飛び込んだ。
「っ!」
すると、マキナが足を止め石が当たった左腕を押さえよろめいた。小石が当たったにしてはややオーバーな反応だ。
「それについてじゃ。今回ばかりは聞かないとは言わせんぞ」
急に老人が威厳ある雰囲気を纏い、そう言い放った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
路地裏のゴミ捨て場。の、ある場所から十メートル程手前にくたびれた木造の建物がある。ひどくみすぼらしい上に看板すら出していないのでここが飲食店であると知っているのは常連客のみだった。
そんな店に軍帽を目深に被った男が老人を連れ入店してきた。禿げ上がった頭の屈強な店主はそれを睨みつけるように横目で視認した。
「おい」
男がいきなり店主に声をかける。
「客はまず注文するもんだ」
「……部屋を貸してもらいたい」
「ウチは宿泊じゃねぇぞ。ピーク軍人ならわかるだろ。アンタ何モンだ?」
「俺だ」
客が軍帽を上げ店主に顔を見せる。すると途端に店主の顔から血の気が引いて狼狽し始めた。
「マ……ママママキナさん!? え、ええと何用で……? あれ以来ウチはやべーことに手は出してないんですが……」
「わかっている、その用事じゃない。悪いが個室を貸してくれ」
「へ、へい……」
店主は恐縮したようにカウンターの奥の方へ入っていった。それと入れ替わるように老人がマキナの背後から横に並び不安そうに言う。
「なぁ……やばい店じゃあないじゃろうな」
「心配するな。ゴロツキ上がりだがここの店主は信頼できる」
やがて店主が鍵を持って現れ、二階の部屋へ案内された。ややかび臭い扉を押し開くとまるで示し合わせたように大きなテーブルと二つの椅子が用意された対談向けの部屋が現れた。窓はあるがカーテンレールが錆付いており、長い間日光を取り入れていないことがわかる。明らかに普段から使われている部屋ではないことが容易に想像できた。
「悪いな。料理はフィッシュアンドチップスを頼む」
「へい」
マキナは慣れたように料理を注文し席についた。老人も後に続き向かい合うように腰を下ろした。
「もう少し良い場所は無かったのかのう」
「この街じゃあ静かな店なんてここくらいしか無いからな。で、聞かせてもらおうか」
マキナが場所を変える気がない、と判断した老人は小さくため息をつき、そのままいきなり切り出した。
「まず、お前さんには未来というものがどんなものかを理解してもらおうかの」
「?」
「さっき、我々でも完全な予言は不可能と言ったな。これは本当のことなのじゃ」
「過去、現在、未来全てを見ることができるのがオウルニムスじゃなかったのか」
マキナが片眉を吊り上げる。伝承に伝わるオウルニムスとは全てを知る人物であった。それだけに未来のことも伺い知ることが可能であり、目の前の老人がマキナの前に現れるようになってから始めの頃はどんな突拍子の無い予言でもある程度信じてはいた。
「見ることはできる。見ることは、のう」
「なにやら訳ありだな」
「いやぁなに、簡単なことじゃよ。見ることはできてもそれが本当かどうかがわからないということじゃ。例えば今このままいけばわしはお前さんに全て話し終わり、そのまま別れて家へ帰り週刊誌を読んで寝るじゃろう。だがしかし話してる途中にわしがお前さんの逆鱗に触れて、話し終わる前にお前さんが帰ってしまう可能性も否めないわけじゃ」
「……」
「で、わしにはその両方の未来が見えていると言ったら?」
「そういうことか」
そこまで聞きマキナは老人が何を言わんとしているのかを察し、小さく息を漏らし腕を組んだ。
「未来とは、今この瞬間を起点に無数に枝分かれし、増え続けている。その中から‘観測者’たる我々が選び取って実現されたものが
「俺が大恥をかいたあの予言だな」
「あれも我々の世界では実現しなかったが、他の世界の‘観測者’ではないお前さんが経験しているはずなのじゃ……まぁ、あれは正直お前さんをからかう意味の方が強かったが」
「……想像したくもないな」
そこまで話し終わると同時に扉がノックされ、店主がフィッシュアンドチップスを届けに来た。皿を受け取ったマキナは軽く礼を言うと小さく切り分けられた魚のフライをつまんだ。老人もつられて一切れ口に運ぶ。が、すぐに顔を歪ませた。
「ん゛む゛っ……なんじゃこりゃ……まっずいのう……」
「そうか? 俺は常食しているが」
「うそじゃろ……?」
老人は慌てて水を口に含み、二切れ、三切れとフライを口に運ぶマキナを信じられないというような顔で見つめた。
「ま、まぁいい。本題はここからじゃ」
「ふむ」
「今、その未来が全てある一点に収束しているのじゃ」
歯に魚の骨が挟まったようで、老人はそう言いながら顔をしかめ口をもごもごと動かした。
「収束している?」
「そうじゃ。その点に限っては今、完全な予言ができる」
「ほう? 聞かせてもらおうか」
「ヒューマニーとメルフェールの間で戦争が勃発する」
突然、場の空気が凍りついた。マキナの手が止まり、顔をゆっくりと上げた。
「……何?」
「今言った通りじゃ。このままでは、世界が終わる」
老人に先程までの飄々とした雰囲気は無く、その言葉に嘘は無いと納得させる説得力があった。信じたくはなかったが、マキナは右腕に鳥肌が立ったのを感じ取った。
戦争が起こる。‘いざという時’が来る。覚悟していないわけではないが、相手はメルフェール。相当な被害が出ることを思うと鳥肌くらい立つ。
「……回避できないのか」
「できん」
老人がさっぱりと答える。
「できんが……その先に未来をつなげることはできる」
「終わらせることができる、と」
「うむ。収束点からほんの一筋程度の弱々しさじゃが、人類がそれを乗り越え歩んでいく可能性が僅かながらに残されている」
突然、マキナが立ち上がった。老人は驚き口をつぐみ、目を白黒させた。
「教えろ。どうすればいい、俺は何をすればいい?」
マキナの頬には汗が伝っていた。こちらにも普段の雰囲気はなくなり、余裕が無さそうに見える。そんなマキナの様子を見て老人は一瞬呆けたがすぐに気を取り直し、言葉を続けた。
「あの子を助けてやるのじゃ」
「あの子……?」
訝しげにマキナが言うと老人は黙ってマキナの左腕を指差した。老人が言わんとしていることを理解したマキナは目を見開き言葉を飲み込んだように息を漏らした。
「あいつを……!?」
「あの子はそこらの転生者とは違う。それはお前さんの左腕が知っているはずじゃ。だからあそこであの子を見逃したのじゃろう?」
マキナは無意識に左腕を押さえた。あれ以来、左腕は妙な魔素に犯され、著しくその機能を欠いていた。
マキナ自身、シオンがただ者では無いことは十分にわかっている。あの異能は転生者でさえも扱える代物ではない。それを扱ったシオンは──
「……あいつを……」
「どの世界線でも……燃える世界の中心で災厄の前にあの子が立っている。そして、あの子を支える人物が何人か。その人数も様々じゃ。数人の世界線もあれば数え切れない数いる世界線もある。しかしほぼ全ての世界線でその中にお前さんがいるのじゃ」
マキナが椅子に腰を下ろす。
「助けろと言われても……俺は何を求められているんだ」
「それはわしにもわからん。さっきも言ったが未来は無限にある。帰着点は見えておるがそこに行き着くまでの道筋がわからんのじゃ」
マキナが小さく悪態をつく。言われてみれば当然だが、先が見えているのに手前が見えないというのはなんとももどかしい。
「……あの子の仲間にパイロットが居たな。彼女があの子に銃を向けている未来もある」
「バルキリアが? 馬鹿な」
「ありえん話ではない。何者かに心を惑わされた彼女があの子を手にかけ、滅んだ世界の可能性じゃ。そんな可能性が今はごろごろしている。言ったじゃろう? 僅かながらの可能性、と」
マキナが深くため息をつく。何でもありなのか。急に自分が今生きているのが奇跡のように思えてきた。
「それに……お前さんにとってはここから先は厳しい道のりになるじゃろう。これまでの友と戦い、屈辱的な同盟を結ばなければならん」
「友って……まさか」
「誰かはまだわからん。じゃが……お前さんの友人の中に敵がいる。それは間違いないようじゃ」
「……」
意気消沈したようにマキナが椅子に崩れ落ちると、反対に老人が立ち上がった。いつの間にか皿の上のフィッシュアンドチップスはフライドポテトだけが綺麗に無くなっている。
「さて、伝えるべきことは全部伝えた。すまんがわしは帰る。まだこの話をしなければならん者がいるのでな」
そう言って老人は踵を返し、部屋を後にした。一人残されたマキナは眉間にしわをよせ、今日一番のため息をついた。
友人の中に敵がいる。
誰だ?
それは一体──
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……ん?」
突然、ポケットに収めていた通信機が鳴きだした。自分が元居た世界のそれと遜色無い性能を持っている。技術の未発達さを魔力で補うこの世界の道具には驚かされるものが多い。
ポケットから通信機を取り出し、振動するそれを見つめる。ピーク王国製のそれはどこから見ても携帯電話だった。おそらく転生者が持ち込んだものを量産化したのだろう。内部構造は全く異なるらしいが、ともかくそれは通信装置として随分使い勝手が良かった。
震えている端末の‘通話’と書かれたボタンを押す。途端に震えが止まった。
「おや? これはこれは……君だった、か」
震えが止まると同時に聞こえてきた声にケイキ・ガクトワは不敵に笑った。
「ケイキさん……今どこに」
「なんだい急に」
「会って話がしたいんですが」
通信機の向こう側にいるマキナには余裕が感じられなかった。普段と様子が違うマキナの声にケイキは眉をつりあげたが、少し考えた後余裕たっぷりの猫なで声で答えた。
「難しいねぇ。今、大事な用事の最中でね……どうしても会わなきゃ駄目かい?」
「いや……そういうわけではないんですが」
「じゃあ悪いけど無理だね。時間ができたらこちらからまた連絡するよ。それでいいだろう?」
そのまま通信が切れる。それと同時にケイキの肩に人間の顎が乗った。
「あなたも通信機を使うのですね……お相手は?」
「友達だ」
「あら……これは意外ですわね。ケイキ・ガクトワとお友達になってくれる奇特な方がいらっしゃるなんて」
「ああ、本当にいい
ケイキの背後にはジュリエットが立っていた。少し前にノアと一戦を交えた時の大蛇は居らず、今の彼女はただの一般人と言われても疑いようが無いほどに‘普通’だった。
「さて? 今回はどんなお仕事ですの?」
ジュリエットがケイキから離れるなり話題を切り替える。自分が根城にしている場所からいきなり連れ出され、ジュリエットとしては早く帰りたいという気持ちもあった。
「聞いてないのかい? この先に一隻の戦艦がある。もっとも、ずいぶんとボロボロのようだがね」
「戦艦?」
「ああ。先のラ・カサエルの演習で使われたものらしくてね。‘例の彼’が乗艦していた代物だそうだ」
ジュリエットが顎に手を当て思案する。
「……ああ、そうか。君は戦艦の存在しない時代の出身だったね。鉄の装甲船のことだよ」
「失敬な。ヒューマニーに来てから戦艦くらい見ましたわ。ラ・カサエルの演習について心当たりがありませんの」
「ま、そうだろう。公にはラ・カサエルは関与していない、一部の軍人の暴走ということにされているからねぇ」
「……まぁいいですわ。そこにわざわざ私が連れてこられるなんて、そのボロ船に何があるのかしら?」
ジュリエットの問いにケイキは懐から取り出した一枚の写真を取り出し、手渡して答えた。そこには一人の少女の姿が写りこんでいた。陽光に照らされ美しく輝く小金色の長髪は写真越しにも見とれてしまいそうな程だ。
「……誰ですの?」
ジュリエットが不機嫌そうに写真を突っ返す。ケイキはそんなジュリエットの様子が愉快であるかのように薄ら笑いを浮かべながら写真を受け取った。
「‘リシュリュー・ライト’。あの激戦を生き延びた強者だそうだ」
「こんな小さな子が?」
「
「……」
不満そうなジュリエットの視線を尻目にケイキはくつくつと笑う。
「それで? まさか私はあなたのロリコン趣味に付き合わされているわけではないでしょうね?」
「ひどい言いようだな君は。もちろんそんなことにかのジュリエット様を連れて来るわけはない。そもそも私は子どもがあまり好きではなくてね」
「……」
「彼女は
「同志に引き入れる、と。受け入れてくれるとは思えませんわ」
「まさか君、この面子を見てわざわざ話しに来たと、本気で思っているのかい?」
そう言ってケイキが振り返る。そこには相当数の人間が立っていた。皆一様に目を血走らせ、剣や槍を、中には農具を握っている者もいた。
「村三つ分の人間を