分岐点    後編(執筆者:畑の蝸牛)

文字数 2,958文字

 そのまま二人は複葉機に乗ってひとっ飛び。シェロは特に目的地の話をしなかったので、シオンはどこへ行くのだろうと気が気でなかった。そのせいか慣れかは分からないが、空の旅で酔うことは無かった。そして難なく着陸してシェロの後をついていった。すると一つの建物が見えてきた。


「はぁ〜、やっっと戻って来れたわ。私の拠点」

 伸びをしつつシェロが言う。

「僕のせいで……ごめん」

「いいのいいの、私としてもそれがいいんだから」

 思わず顔色を窺ってしまうシオンだが、シェロの顔に鬱々とした様子は無く、むしろ晴れやかなのを見た。いろいろ大変な目に遭ったはずなのに、どうしてこうも楽しげなんだろうか。

「再出発に向けていろいろ必要な物とか買って来るから中で待ってて。置かれてる銃とかは触らないでね。あとは好きにして構わないから」

 返事も聞かないうちに駆けていくシェロを見送る。

「ここに来て、初めての一人だなぁ」


 と、ポツリとこぼして扉をおそるおそる開いた。部屋を一望したシオンの感想はこうだ。

「博物館みたいだな」

 それほど大きい部屋でないのにも関わらず、物が置かれていない空間が見当たらない。分厚い本が並ぶ本棚、壁に掛けられた銃、古ぼけたクローゼット、ナゾの置き物と。目移りする物が目白押しだった。

「これ、見たことあるような……」

 そう言ってシオンが見つめたのはモアイ像とトーテムポールを融合させたような代物だ。あんまり触りたい雰囲気の物ではない。その他にも民芸品のような物が置いてあった。

「あ………」

 さっき目に映ってはいたが、気にしないようにしていた銃もあった。地球の知識から言うとそれは火縄銃やマスケット銃に近いものであったが、シオンにとっての問題はそこではない。

 この世界に落ちてきた時のこと、無我夢中ながらも人に向かって銃を撃ったことを思い出した。

 振り払うように視線を外す。すると、一冊の本に眼が止まった。分厚い本と本の間に、隠されるように差し込まれた他の本とはどうも違う一冊。挟まって抜けにくいと思ったが、そんなことはなく勢い余って、ポテッと倒れる。

「いって……『冒険記』? 読んでみよう」

 何故か心惹かれるような気がして、読んでみる事にするシオン。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「あら、その本。よく見つけたわね」

「うわぁ!? ……なんだシェロか。びっくりしたぁ」

「なんだとはなにかしら?」

「ごめん。ちょうどヒヤヒヤするとこ読んでたからさ」

 と、自分の読んでるところを示すシオン。

「ふんふん、そこね? 本当に恐ろしかったって言ってたわ」

「そうだよね! 文字から恐怖が伝わってくるっていうか! ってあれ? シェロさっきなんて言った?」

「“なんだとはなにかしら?”」

「じゃなくてこの本のこと!」

「本当に恐ろしかったって言ってたわよ?」

「そうそこ! この本書いた人と知り合いだったりするの!?」

「するわよ? だって書いたの、私のだいじな、だーいじな人だもん」

「っ!?」

 ここでシオンは「大事な人」というワードをフィアンセとかステディとかそういう意味で取った。そしたら自分の存在ってその人からしたらどうなんだろう!? めちゃくちゃ邪魔じゃない!? 殴られたりしないかな!? と、思考を空回りさせていた。顔が真っ赤だったのだろうか。

「書いたのは、私のおじいちゃんよ」

 口角上げて、告げられる正解。関西人よろしくコケるシオン。それを見てシェロは、「これも書くべきかしら」とおもむろにメモ帳とペンを取り出した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「私、最初にあなたに会った時に言ったじゃない? 『誰も書いたことのないような冒険記を書くこと』って。その夢のきっかけは、その本なの」

 ハッとなって改めて手に持った本を眺めた。『冒険記』とだけ表紙に書かれている。これがシェロの夢の原点だと思うと、何故かさっきより重く感じられる。

「幼い頃に、それをおじいちゃんに読んでもらってね。びっくりしたり、わくわくしたり、ハラハラしたり。ほんっとーに楽しかったの。おじいちゃんに会うときには読んでくれっていつも頼んだわ」

 シオンには小さい頃のシェロが、シェロのおじいちゃんの膝に座って「よんでよんで!」とせがむ姿が見えた。

「あの時、私何才だったかしら。突然ね。家族のみんなと言い争ってるおじいちゃんの声が聞こえたの。夜遅くだったわ。私、寝てたもの」

 そんな良いおじいちゃんしてそうなおじいちゃんが、なぜ家族とケンカになったのだろう。と小さい頃のシェロが思ったであろう事を、シオンも思った。

「そしたらね、普段は大きな声をあげたりしないのに、『俺は冒険家だ!!』って。おじいちゃんの声が聞こえたの。それがおじいちゃんの最後の言葉よ」

「……亡くなったんだ」

 地面に目をやるシオン。そんな彼に迫る影。溜められた力が放たれる。デコピンだ。

「いてっ」

「人の話は最後までちゃんと聞きなさい?」

「っ……どういうこと?」

「おじいちゃんに会った最後ってだけで、別に看取ったわけじゃないもの」

「じゃあ、また会えるかもしれない!」

「そうね。そのために冒険家やってるってのもあるのかしら。冒険先で会うかもって考えけてたのかもね」

「……もしかして、もう会ってたりして」

「それはないと思うわ。見たら一発で分かるでしょうし」

 そう言うと、シェロは立ち上がってクローゼットを開け、中からスケッチブックを出してきた。

「その冒険記を超えるには、こういうのも必要だって練習してるんだけど、どうかしら?」

 渡されたスケッチブックを見ると、そこには絵が描かれていた。空まで届くような高さの大樹に、その樹を中心にふわふわと浮かぶ光。まるでおとぎ話から切り抜いて来たような景色。

「これ、すごいよ!! 絵の中に引き込まれるっていうか、なんかとにかくすごい!」

「メルシー。自分だけしか見ない物だからあまり自信が無くてね。見て貰えるっていいわね」

 一拍。一呼吸置いて、シェロが語りだす。

「冒険記に自分で絵をつけられたらね、おじいちゃんの、いいえ、どんな冒険記にも負けない冒険記になると信じてるわ。でも私には、まだ冒険が足りない。そう思うわ。そんな時に落ちて来たのが、シオン、あなたよ」

「僕?」

「そう。最初は厄介なやつに追われてる途中で慌てっぱなしだったけど、あなたが異能を使った時に確信したわ。『この子は冒険する人だな』って。あなたは自分の事情に私を巻き込んだって思ってるかもしれないけど、違うの。だから気にしなくていい。どうせなら私も転生者だと思って欲しい」

 雫が落ちた。

「空を、駆ける、異能とかがぴったりかなぁ……?」

「そうね! 『空の転生者にして冒険家』とでも名乗ろうかしら」

「……ははっ、カッコついて、いいねソレ」

「でしょう?」

 雫を振り払うように、言う。

「……ってそしたら僕だけじゃん! そういう名前無いの!」

 二つの笑い声が響く。
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