遺跡からの帰還(執筆者:紙本 臨夢)

文字数 4,718文字

 シオンたちは走っている。走らないわけにはいかない。通路に出た瞬間に遺跡全体が揺れ動き始めたのだ。

「この先にきっと僕の仲間が待っているはずだよ!」
「仲間? シオンには仲間がいるの? てっきり一人ぼっちなのかと」
「ヒドイなぁ。というか今はこんなことを話している暇はないよ。速度を上げるけど大丈夫?」
「少しだけキツいよ」
「やっぱり。なら、僕の手に掴まって! 引っ張るから」
「できるの? そんなこと?」
「アザミは軽いだろうし大丈夫だよ」
「なら、わかったよ」

 頷くとアザミはシオンの腕に掴まる。腕しか掴むところがないのだ。彼の手は背負っている少女を支えるのに必死だ。

 数分走っていると通路を抜けた。

「ノアさん! トウラ!」
「よかった! 無事だったか! あれ? その二人はどうした?」
「あぁーもう! ガキも何か拾ってきやがった! 事情はあとで聞くから、今は急ぐぞ!」
「おう!」「うん!」

 合流を果たした三人はノアの一声で、元来た道を慌てて引き返す。

 どれくらい経ったかわからないが、出口が見えてきた。

「っ!? ヤバいっ! 崩れてきている! 急ぐぞ!」
「今でも充分急いでいるって!」

 ノア、トウラという順番で外に出る。

 出口はすでに塞がれそうになっている。

「ダメだ! 間に合わない!」
「ボクを離せば」
「確かにそう……だねっ!」

 シオンは背中に背負っていた少女とアザミを外に投げ飛ばす。二人はギリギリのところで外に出ることができた。しかし、シオンはまだ遺跡の中。

「「シオンっ!!」」

 ノアとトウラが遺跡の出口を破壊しようとした瞬間、それは消えた。
 シオンと共に。

「クソッ! どうして俺がいたのに!」

 ノアは地面を殴りつけて、悔しさを露わにする。トウラは自分の無力さを痛感しながら、空を眺めている。


 シオンは通路を駆けている最中にノアとトウラに言っていたのだ。

「僕は二人と比べたら足が遅いので、先に行ってください」

 自分のことで精一杯だったので、そのことに承諾の意を示してしまった。普通の洞窟ならまだ、救いようがあった。でも、遺跡なのだ。姿を消されたからにはどうしようもできない――。

『カリルス・アクレ・リアル』

 アザミが突然、よくわからないことを呟く。それだけなのに、先ほどまで遺跡があった地面が、青白く光る。そこから、何かが浮き上がってくる……。
 浮き上がった何かがアザミの前に現れると、その中からなんとシオンが出てきたのだ。

「「「えっ?」」」

 シオン、ノア、トウラは同時に同じ声を上げる。
 アザミの方を見ると、全身に青白い光を放つ無数の魔法陣があった。

「ねぇ、アザミ。どういう仕組み?」
「教えないよ」
「そう」
「いやいや『そう』じゃないだろ!? そいつは何者だ!」
「わからないですよ」
「わからない!? おいおい、そんなヤツ連れてきて大丈夫なのかよ!」
「まあまあ、いいじゃないかノアさん。シオンも助かったことだしさ」
「た、確かにな」
「一応、自己紹介しておくよ。ボクはアザミ。訳あって、シオンに連れてこられた」
「連れてこられた? オイ、シオン。連れてこられたって言っているけど、どうして連れてきた?」
「ど、どうしてって……」

 シオンはアザミを睨む。そんな彼の表情を見て、アザミは愉快そうに笑っている。

「この子に世界を知ってもらうためです」
「世界を知ってもらうため?」
「えっ? 初耳だけど……」
「と、言っているけど」
「はぁ。ホントのことを言えばいいのですね」
「最初っからホントのことを言えよ」
「言っても信じてくれないじゃないですか」
「そんな突拍子もないことなのか?」
「はい」
「まぁいい。言ってみろ」
「アザミが言うには僕には何かが欠けているらしいです。その何かを探してもらうためです」
「それは聞いたことあるよ」
「突拍子もないことか? それ」
「えっ?」
「だって、お前には欠けているところなんて山ほどあるだろ? それに欠けているところがない人間なんていない。突拍子もないと言うなら異世界に連れてこられたくらい持ってこいよ」

 確かにノアの言う通りだ。彼ら三人はその異世界に連れてこられている面々。

「あっ、そろそろ帰りながらじゃないとマズイな」
「確かにそうですね」

 四人は帰りの道を歩きながら、話すことにした。
 シオンは少女を背負い、前へ進む。

「それでシオン。そっちの女の子は何だ?」
「わからないよ」
「またわからないか。じゃあ、アザミはどうだ?」
「わからないよ」
「アザミもかよ。まぁ、俺はいいけどな。ノアさんはどういうかわからないけど」
「眠っているだけだから、怪しいけど危害は加えられない。そんなことよりもお前だ。トウラ」
「俺?」
「あぁ、その奇っ怪なネコはなんだ?」
「失礼な! こいつはタマだ!」
「タマだぁ? ネーミングセンスないな」
「はぁ? なんでだよ! いい名前じゃないか!」
「ありきたりなんだ」
「ありきたりなら、いい名前ということだろ?」
「はぁ。もういいや。でっ? そいつは何?」
「だからタマだ」
「名前を聞いてはねぇんだよ! 何物だって言ってんだよ!」
「俺が行った道の先に巨大なタマがいた。紆余曲折あって、うなじの部分を掴み無抵抗にさせるとタマになった」
「紆余曲折がスゴく気になるが、まあいい。なら、聞くが、お前はそいつと契約か何かをしたのか?」
「契約? どうしてだ?」
「そのネコはお前の魔素をコントロールしている。今なら魔素を放つこともできるだろう」
「へぇー、タマ。お前ってスゴイんだな」
「でっ、契約か何かをしたのか?」
「いんや。何も。ただ、懐かれたから連れてきただけだ」

 彼が言う通りにホントに懐いている。顔をなすりつけたりされているのだ。

「はあ。全員が遺跡の中で何かあったんだな」
「ということはノアさんもですか?」
「ああ。俺の場合はただ戦っただけだな」
「えっ? それで無傷ということは相手はそんなに強くなかったのですか?」
「いや、強すぎた。死ぬかと思ったしな。それに傷も魔素を使い、回復したに過ぎない。ちなみにトウラも怪我をしていたから、回復させた」
「おう。確かにそうだな。でも、俺はシオンが無事でよかったさ」

 トウラはニカッと笑い、シオンの頭を撫でる。いつもなら嬉しく感じるのだが、今回は申し訳なさを感じる。二人は怪我をしてまで、乗り越えたのだ。トウラなんて手懐けている。でも、シオンは無傷だ。何もしていない。ただ、話しているだけだった。

 謝っても、気にするなと恐らく言われる。だからこそ、何も言うわけにはいかない。言って、考えている通りの返答が来たら、安心してしまう。自分は何も悪くないと感じてしまう。それが今の彼には我慢できない。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 数時間かけて元来た道を引き返していると、ようやく教会が見えてきた。三人はホッと胸をなでおろす。優しさに包まれた場所に帰ってきたのだ。さらに一日も経っていないのに妙に懐かしさを覚える。帰ってこれたと実感する。

 ここの教会は出入り口が前と後ろにある。村から見ると後ろになる方が彼らの出入り口。

 扉を開けた。

「おかえりなさい。ノア、シオンくん、トウラさん」
「おかえりなさい。そろそろ帰ってくると思ってましたよ。ちょうど今、お風呂も湧いたところですし、入ってくださいね」
「おっ? おかえり三人とも。遺跡はどうだった?」

 扉の先ではヨハネス司教とシスターセリア、そして、今まで留守にしていたはずのシュートがいた。

「シュートこそ、おかえりなさい!」
「ああただいま。心配かけたな」
「というかシュート、もう治ったのか? 美人探し病」
「ん、何の話だ?」
「あ……いやいやこっちの話! なあシオン! ノアさん!」

 トウラの声かけにシオンははにかみ、ノアは静かにうなずく。少し眉をしかめたシュートだったが、やがて、彼は頭をかきながら「まあいいか」と呟いた。

「なぁ、一ついいか? 恐らく司教もシスターも聞きたいだろうしさ」
「……大体、予想がつくな」
「トウラの肩に乗っている奇っ怪なネコはなんだ? シオンの横にいる幼子と背中に背負っている少女はなんだ?」
「一つじゃなくて二つだね」
「確かにな。まぁ、でも仕方ないんじゃね? 明らかに謎だからな俺たちって」
「ははっ。確かにね」

 シオンとトウラの二人はニコニコと笑い合っている。

「あ、そうそうノアさん。例のやつ、ちゃーんと作ってきたぜ。部屋に置かせてもらっている」
「そうか。確認する」

 一方でノアは足早に去ろうとしていた。

「ノア。お待ちなさい。私からはあなたに聞きたいこともあるのですよ。魔素の量が少なくなっているのを感じますから」
「気にするな」
「気にしますよ。私にとってはノアも大事なのですから」
「司教にとっては世の中の全員が大事だろ?」
「そうですけど、あなたはその中で一際大事です」
「はいはい。そこまで言われたら引き下がるしかないな」



 そうして三人は遺跡であったことを全て話す。


「なるほど」
「大変でしたね」
「お疲れ様です。ゆっくりとお疲れを癒してくださいね」
「あのシスター。この少女をお願いできないでしょうか?」
「すみません。私の部屋は散らかってまして」
「そうですか。でしたら」
「シオンくんと一緒の部屋でよろしくないでしょうか?」
「えっ?」
「そうだな。シスターの言う通りだ」
「ガキは小さいし、三人部屋でいけるだろ? 要するに子供部屋だな」
「えぇっ!?」
「おっ? それはいいな。少女も目覚めた時に歳が近い存在がいた方が安心するだろう」
「えっ? いや、ちょっ!」
「子供部屋ですか。イイですね! 私は子供が好きですから、ずっと欲しかったのですよ!」
「司教様まで!」

 シスターにノア、シュートや司教が揃って笑みを浮かべている。どうにもからかわれているような気がしてならない。

「シオン。アザミと一緒にお風呂に入ってあげろよ」
「え、お風呂ですか?」
「ボクは別に構わないよ。シオンと一緒で」
「アザミが良くても僕はちょっと……」

 シオンが返答に困っていると、隣にいるトウラが耳打ちしてきた。

「妹が増えたと思えばいいんじゃねえか?」
「妹――」

 シオンは納得した。確かに妹と思えば意識することはない。それに幸せそうに眠っている姿が妹にそっくりだ。なんとなくだが、この少女は妹のことを知っている気がする。

「言われてみればそうですね……分かりました。三人部屋でいきます。こちらはお世話となっている身ですし、部屋をたくさん使うわけにはいきませんもんね」

 シオンは言う。そんなことを思っていなかった司教とシスターはあたふたしてしまう。彼が間違えた解釈をしてしまったと。でも、よくよく考えれば自分たちが言った言葉は遠回しからだか、そう受け取ることができる。

 少し後悔してしまう。しかし、三人を一緒の部屋にする思惑は成功した。

 その場にいる大人全員が子供の恋模様などが大好きだ――初々しくてニヤニヤしてしまう。

 つまり、アザミのことを女の子だと思っているのだ。無性別とは言っていないので、おかしくはない。それにアザミの顔つきは女の子っぽいので仕方がない。
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