戦況打破    後編《執筆者:清瀬    啓》

文字数 5,284文字

二人だけとなった会議室、ようやく機嫌を直したのか、ヒマリがハートに対して口を開く。
「ハート、無理しないで」
突然のその発言にハートは何事かと問い返す。
「さっきまで沈み込んでた人が突然行動を起こせる?そんなの空元気でしかないじゃない。」
空元気、自分の覚悟をそう呼ばれ、ハートは言葉を失う。だが、そこは意地で、首を振りながら言葉を返す。
「何を言っているのヒマリ、ダイヤシティの一大事なのよ?行動は、早い方がいいわ。」
「そんなの全然答えになってないじゃん。……ねぇハート、どんなに取り繕ってみても心までは誤魔化せない。ありきたりな言葉だけど、今のハートは、無理してるようにしか見えない。」
疑うようなヒマリの言葉に今さら何をと必死に呆れ顔を作るハート。しかし、小さなヒマリの頭を見返したとき、そんな意地など、消え去ってしまった。
「いいんだよハート、無理しないで。」
ヒマリが宥めるように、念を押すように言う。
「ハート、ここに残って。」
しかしハートはまた首を振る。しかし、今度は先程のような雑なものではない。覚悟を感じさせる、力強いものだ。
「本当に何を言っているのヒマリ、無理を数えきれないほどしてきたから今私はここにいるの。残るなんて冗談じゃないわよ。」
不遜な笑みをたたえてハートはいい放つ。ヒマリもそれ以上何も言おうとはしなかった。

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 「ここからは別行動ね。あとは私の言ったように地図を通って行けば大丈夫なはずよ。通路は基本、一般市民が通ることは許されないのだけれど、貴方ほどになれば通してもらえない事は無いでしょう。」
「済まないな、結局助けてもらうような形になってしまって。」
「いいのよ。というか、貴方にとって大変なのはここからでしょう?」
その通りだ、とクイーンは表情を引き締める。ここから先は峡谷、並の実力者などでは抜けられない難所であり、知識なく迷い込んだ幾多の者を永遠に閉じ込めてしまう程の土の檻。実際、未だ秘密の通路に関する事は信じがたい。だが、今はそれに縋るしかないし、現にこうして手を貸してくれている彼女の言葉を疑うのは愚行だろう。
「では、そちらは頼んだぞ。」
「ええ」
短く返事をして去っていくユリアーナ。それを見届けると同時、クイーンは峡谷を正面から見据える。
「行くか」
ここからは何者にも頼る事の出来ない孤独の戦いである。この渓谷を知る者の言う言葉はいささか大袈裟に取られ易いのだが、実際にこの岩の迷路はただ地形を把握しておけば乗り越えられるようなものではない。時には相当の力を必要とする場面もある。それに加え、今回は現実世界からの者とも遭遇することが考えられるだろう。しかし、悩んでいても何も起こるまい。そう思い、クイーンは早足で渓谷の中へと駆けて行った。

 ------

 この渓谷には、道などという解りやすいものなどない。ただ、目印となるのは、もともとこの谷に流れていた川の流れ道である。その川自体は乾き果て、今では存在しないのだが、よく見れば川の流れていたところは道の表面が妙に滑らかなのである。しかし、この本流の流れに沿っているだけでは、いずれ川の下流、『奈落』へとたどり着いてしまうだけだろう。つまり、途中からは知識がなければ抜けられないのだ。その点、クイーンにはこのあたり一帯の地理の知識がある。しばらく歩き、支流が通っていたであろう道へと逸れる。その道を暫く早足に進んでいたクイーンは、突然、身を岩陰に隠すように道の端へと移動する。向こう側から、小さいながらも確かな足音が聞こえたからだ。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
足音から見るに、おそらく向かってきているのは二人。盛んに何かを話しているようだが、その内容を聞き取ることはできない。
(現実世界からの兵か・・・?いや、違う!)
クイーンは岩陰から飛び出す。それは、敵をこの辺りに蔓延る賊だと見抜いての事だった。この辺りには、あまり人目につかないのをいいことに、賊が多く集まってしまうのだ。その者たちはこの渓谷に入ってきたものを襲い、武器から何までを剥ぎ取っていくのだ。実際、この渓谷の攻略においての難点の一角と言っていいだろう。
「おいおい、あっちから出て来てくれたぜ?」
「しかも高そうな鎧に剣まで下げてるじゃねえか!これは俺たちも運が良い!」
突然襲い掛かって来る賊2人。その手に握られた剣も恐らくは、旅人から強奪したものなのだろう。しかし、洗練された彼女の剣からすれば、荒々しいだけのその攻撃など、相手にもなる筈がなかった。
「ぐあああああッ‼」
2人同時に悲鳴を上げ、地に転がる。何が起こったのか分からないといった様子でクイーンを睨みつけるが、逆に睨み返され、傷を手で覆うようにしながら逃げ去っていく。その後ろ姿を忌々し気に見つめるクイーン。しかし追いかける暇もない。剣を鞘にしまうと、クイーンは再び歩を進める。と、その時また向こう側から足音が聞こえてきた。会話の端々から不純な言葉が聞こえてくるのを見るに、別の賊が先程の悲鳴を聞きつけてやってきたのだろう。しかし、それはおそらく襲われた旅人の悲鳴に聞こえたのだろう。やけに楽しそうに雑談をしながらこちらへと向かってくる。その様子に、再び剣の柄に手を掛けながら、クイーンはため息を吐く。
(一体、この辺りにはどれほどの賊が潜んでいるのだろうか...)
しかし、そのクイーンの懸念は、さらに別の物へと変わっていった。突然足音が止まったのだ。それと共に、二人の間の会話も聞こえなくなる。暫く耳をそばだてていると、男の物と思われる絶叫が聞こえてきた。クイーンは一瞬ためらうが、そもそもここで時間を取るわけにもいかないのだと思い、岩陰から飛び出す。ルートをたどる様に走っていると、一本の剣が、道の端に転がっていた。
「おかしい・・・・・・・」
この渓谷において、人が力尽きて倒れているという場面は遺憾ながら何度か目撃したことがある。しかし、つい先ほどまであれだけ元気そうに会話をしていたものが、それも、遺体を残さずして消えるなどというケースは初めてだった。少しの間、急がねばならない現状をも忘れて考え込んでいたクイーンは、首元に小さな疼きを感じた。これは幾たびもの戦いを経験してきたことで養われた、いわゆる第六感というやつだ。すぐさま前方に転がる様にして移動、即座に振り向き、視線を感じた先を見る。しかし、そこにはただ、冷たい岩肌が見下ろしているだけ。クイーンは思わず、嫌な胸騒ぎを覚える。
(しかし、今の私には足を止めていられる暇などない筈だ。)
剣を元あったように道の幅に戻し、クイーンは先を急ぐ。先程よりもその足どりは早いものになる。そんな彼女を、せり出した岩の上から、一体の人形が見下ろしていた。

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 「ハッ!」
短い掛け声とともに、渓谷の底から、岩を一つ一つ掴みながら上へと上がっていく。底には光など刺さぬほどの深さのこの谷、普段なら通る事のないこの場所は、いわゆるショートカットポイントという奴だ。岩がせり出している地点が多く、比較的壁を上りやすい。そうは言っても、相当の体力と筋力を要することは言うまでもないだろう。また、短い掛け声を掛けて、次の岩へと手を伸ばす。と、その手に何かが触れる。柔らかい、布地のような感触である。疑問に思ったクイーンは、足場をしっかりと確認してから顔を手の高さまで持ち上げ、その感覚の正体を確認する。それを見たクイーンはの腕に、サッと鳥肌が立つ。それは不気味なほどに精巧に作られた可愛らしい人形だった。こちらを見下ろすように置かれた人形に、不気味なオーラを感じ、クイーンはそれを払いのける。人形は谷底へと真っ逆さまに落ちていった。
「何なのだ、あの不気味な人形は・・・」
クイーンは再び、腕をまた次の岩へと伸ばす。少し警戒したが、今度は何もないようだった。そこで小さく安堵の息を吐き、一度だけ上を見る。
あと少しで垂直にそびえたつ岩肌が終わろうとしている。まさに峡谷と呼べるようなこの場所最大の難所が。ふと、クイーンは視界の端で何かをとらえる。人形ではないかと背筋に悪寒が走るが、今度はそうではないようだ。谷底を見下ろすようにして歩いてくる。思わず危ないぞと声を掛けたくなる。相手はやがてクイーンの上へと歩いてきて、こちらを見てくる。差し込む光に当たって見れば、それは10歳ほどの容姿の少女だった。しかし、その口から発せられた冷たい言葉に、思わずクイーンは凍り付いた。
「お人形さん、落ちちゃった・・・・・・」
それと同時に、また首元に小さな疼き、久々に心の髄から恐怖を感じたクイーンは、急いで次の岩へと手を伸ばす。上にまだ少女が居る事は、わずかに影が差していることでわかっている。しかし、その少女の顔を見るのが、クイーンには不思議と出来なかった。冷や汗を垂らしながら順調に岩肌を登っていくクイーン。その時、その耳が小さな音を下の方からとらえる。今度も足場をしっかりと確認し、下を見やる。すると、
「・・・・・・・ッ!?
先程の人形だ。先程払いのけたはずの人形が、岩肌を登る様にして近づいてくる。思わず悲鳴を上げそうになるのをこらえ、クイーンは上を目指して上がっていく。と、突然クイーンが掴んでいた岩が崩れ落ちる。何事かと見渡すと、もうあと1メートルと迫ったところに立った少女が、
鉄のステッキのようなもので岩を砕いたらしかった。掴む岩を失い、下からは謎の人形が追いかけてくる。もはや順調とは呼べなくなったその状況に、クイーンはその場から飛ぶようにして1メートル上の地面を掴む。そこから腕の力を使い、無理矢理にも這い上がろうとする。しかし、その手に冷たいステッキの感触。次いで、それが思い切り振り降ろされた。
「ッ!」
脳髄まで響くような痛みに、思わず声にならない呻きを上げる。しかし手を離せば深い深い谷底へ一直線。安全措置などあるはずもないのだから、即死確定だろう。短い掛け声とともに、手で地面を掻くようにして這い上がる。転がる様にして谷の上へと上がり、すぐさま少女の方を向く。
「何者だ」
最早この少女、ただの少女と見るわけにはいかない。恐らく、あの絶叫も、この少女が、否、あの人形が引き起こしたものだろう。少女はクイーンの問いになかなか応えようとしない。表情が感じ取れないその白い顔は、まるで蝋細工かなにかのように動かない。ふと、少女が後ろ手に組んでいた手を前に出す。その手には、木でできた人形が大事そうに抱えられている。
「貴方は、私の人形を殺そうとした。それは、許されない事だよ?」
少女がそう告げると同時、谷の割れ目から先程の人形が飛び出す。慌てて剣を抜き、その人形へと切りかかる。
「ほらね、貴方は私の敵」
その言葉の真意をクイーンが問うよりも先に、何処からともなく不気味に動く人形が現れる。クイーンは剣を構えなおすが、ここで戦っていては相当な時間を使ってしまうと判断。一瞬だけ地図をと自分の位置を確認し、ユリアーナの付けた印に向かって走る。後ろからは、カタカタと、木の人形の関節が鳴る音が不気味に追いかけてくる。
「最悪だッ・・・」
クイーンは吐き捨てるようにそうぼやいて、普段は向かうことなどない、奈落へと向かって走る。

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 「へぇ、基本世界の者どもがダイヤシティに、か」
所はスペースキングダム。クイーンとヒマリ、ハートの目指すその王宮で、デュアルの側近にして、軍略、内政の面においても国を支える文字通りの国の脳、クロムは兵からその情報を受け取る。20にも届かぬその若く冴えた頭は、そこから生み出されるであろう結果を、既に見抜いていた。
「さあて、”ここまで来れたら”助けてあげるよ♪僕の『黒鉛軍隊(ブラック・トループス)』でね」
クロムが授かったギフト、「自然錬金」。文字通り、自然の物体を触媒に、その力を増幅、加工させることで自らの武器とする力。
その能力から生み出される鉛から生成された人型の軍隊、「黒鉛軍隊(ブラック・トループス)」は、全力で稼働させれば一国を滅ぼせるほどの力を発揮する。
そうは言うが、実質、スペードキングダムは国として余裕があるわけではない。理由は一つ、デュアルが力を失い、そして失踪したことだ。絶対的な力を持っていた王が倒れたとなれば当然混乱が広がる。しかし、それと同時に犯罪も広がってしまう。そんな国をなんとか形に戻したのが、このクロムなのだ。クロムは、思わずデュアルの事を思い出し、幾らか前、それこそデュアルが消えた直後の国の事を思い出す。
朽ち果てた王座、今はその主を失った空間に腰掛け、ただひたすらに、鉛の兵隊を送っては、その鉛と同じように、重く、暗い空を見上げてばかりいたあの頃を。
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