運命の選択《オーダー・オブ・デスティニー》《執筆者:鈴鹿     歌音》

文字数 2,031文字

 真っ白な雪原に紅く塗りたくられていく痛み。目の前に広がる光景に、ヒマリは嗚咽を押し殺す。



(……酷い!! どうして二人がこんな目に合わなきゃいけないの!? こんなの酷い……酷すぎるよ!!)



 倒れたロミオを横切って、滴る血の痕を引きずりながら、黒い影を瞼に浮かべたグレイシアが迫る。



 足がすくむ。手が震える。背筋がぞわぞわするのは、きっと寒さのせいではない。

 目の前を、「死」がよぎる。





【酷い……ね。それで、お前はどうする?】





 声が聞こえた。若い青年の声が、試すようにヒマリに問いかける。





(どうするって……私はどうしたらいいの?)



 倒れた二人を助ける術も、グレイシアを止める方法もない。





【あぁ、そっか。そりゃそうだよな。誰だって、こんなの諦めるに決まってるな。】





(そんな!! そんなの嫌だよ!! 一緒にここまできたハートや、送り出してくれたハートアイランドやダイヤシティのみんなのためにも、こんな所で死にたくない!!)



 ヒマリは心の中で叫んだ。今まで出会った人達の顔、そして何よりも離れ離れになった兄・シオンの姿を思い浮かべながら。



 窮地に叫ぶその声に、彼がニヤリと笑った気がした。





【いいねぇ!! ならどうにかして見せな!! できねぇ事なんか何にもねぇ!! てめぇが「どうしたいか」だ!!】





 凍えて震えていた体が熱くなる。胸の奥で、何かが音を立てながら燃え上がってくる。





【さぁ叫べよ!! お前の望む物語(シナリオ)を!!】





 逆境にも諦めない心、どんな苦難も乗り越えていく覚悟。

 二つの鼓動が加速しながら、重なり合った瞬間を叫ぶ。







【「運命の選択(オーダー・オブ・デスティニー)!!」】





 金色の竜巻が発生し、雪雲を散り散りにする。雪は()み、凍りついていた氷や雪が溶け始める。キャンプを覆っていた氷も溶け、春の(きざ)しがデカフォニック渓谷(バレー)と隠者の(エルミット・フォレスト)に訪れる。





「なっ……ふざけるな、ガキ!!」



 ロミオに刃を振り下ろそうとしていたグレイシアの手が止まる。



 大きな傷を負い、倒れていたシフォンとロミオの身体を覆う。光がキラキラと弾け飛ぶ。その後には、シフォンとロミオの怪我は無かったことになり、深い寝息だけが聞こえてきた。





「て……てめぇ!! 絶対殺してやる!!」

「そうはいかない。シフォンとロミオの痛みを思い知るのよ!!」



 ヒマリが口走ったと同時にグレイシアに金色の竜巻が襲いかかり、グレイシアを吹き飛ばした。





「ぐわあぁぁぁぁぁ!!」



 ヒマリの力の効果が切れると金色の竜巻に吹き上げられていたグレイシアが(ちゅう)から落ちてきた。身体は傷だらけで悶絶するグレイシアを組織の部下たちが抱えて逃げていった。

 それを眺めていたヒマリの視界は、かすんでいく……。





「ヒマリ!!」



 糸が切れるようにヒマリが崩れ落ちる。慌てて駆け寄るハートだったが。



「むにゃむにゃ……もう……食べられないにゃ……」



 何の意味もないヒマリの寝言を聞き、ホッとした。







 空が紫色に染まり始める。

 再び朝を迎えることが出来たハートは、大きな息をはいた。はりつめていた空気が一気に解放される瞬間でもあった。



「朝ね……。もうちょっと私も休もうかしら……。まだみんな寝ているし」



 ハートは、そのまま眠りについた。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「……い。……きろ」



 誰かの声でハートは目を覚ました。





「……あら、ロミオ。もう身体は大丈夫なのね」

「何かよく分からないけど長い夢を見ていたようだ」

「そうなのね? 夢の中で愛するジュリエットに会えたかしら?」

「あぁ、会えたよ。彼女は、ここから遥か先にある最果ての地で警備をしているみたいだ。僕は、今からデカフォニック渓谷バレーと隠者の森エルミット・フォレストから出て、最果ての地へ向かう。また会えたら今度は、ジュリエットを交まじえてティータイムとでもしようか」



 ハートは、ロミオの誘いに笑顔を見せて断りを入れた。



「今回は遠慮しとくわ。この旅が終わってからでも良いかしら?」

「あぁ、僕たちは、この世界で生きている以上はまた巡り会うだろう。それまで元気にやってくれよ、元女王様。僕は、そろそろ出発しよう。それまでお元気で」





 朝日が昇り始めた頃、ロミオはデカフォニック渓谷(バレー)と隠者の(エルミット・フォレスト)を抜け、新たな境地へ旅立った。その姿は、昔にハートが見たロミオの(いさぎよ)さが滲み出ていた。
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