トウラの力    中編(執筆者:金城 暁大)

文字数 2,973文字

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
シオンが目を開けた時、目の前には、暖かい明かりの灯る建物があった。
 三階建てのその建物は、一目では大家族が住んでいそうな一軒家に見える。しかし、建物の入り口の上には、宿屋を示すらしい枕のロゴが描かれていた。その横には、英文で『Roppuru《ロップル》』と書かれていた。
 こうして文字が読める辺りは、シュートの言う通り、ヒューマニーは自分の元いた世界と変わらないのかも知れない。
 もしかしたらヒューマニーは、同じ地球上の――時間軸が違うだけの世界なのかも知れないと、シオンはふと思った。

「さぁ着いたぜ、ロップルだ」
「凄い! 本当に一瞬ね!」

 手を叩きながらシェロが褒める。するとトウラは「まぁこんなもんさ」と、笑みをくしゃりとこぼした。

「じゃあ、宿が空いているかどうか聞いてくるわね」

 そう言ってシェロが宿屋の入り口に入ったところで、シオンは徐にトウラに尋ねた。

「トウラさんのあの念力って、魔法なんですか?」
「あ、やっぱりそう思う?」

 トウラは先刻と同じように笑ってみせる。しかし、心なしかいたずらっぽく見えた。

「実はさぁ――」
「お前も美人の前だと本当にカッコつけたがるよな。意味のない詠唱なんかしやがって」
「おい、シュート! それ俺が言う事だろ!?」
「どっちにしたってバラすんだろ。いいじゃないか」
「え、じゃああの長々しい詠唱文って……」
「あぁ悪い悪い。シェロの前でカッコつけたかったから、適当に作ったんだ」
「えええええええっ!?」

 シオンはつい飛び上がってしまった。

「あんなに長い詠唱文を即席で!?」
「ああ、あれぐらい容易い容易い。それにな、あの詠唱文は魔法としてはちゃんと意味があるんだけど、あれは体の周りに風を起こさせる為だけのものなんだ」

 トウラの説明を聞き、開いた口が塞がらないシオン。それを見たシュートが、再びトウラの後ろから口を開いた。

「お前、嘘も大概にしろ。あのなシオン。あの詠唱文の魔法は、自分の周りに起こした竜巻で、自身を飛翔させ、遠くへ飛ばす魔法なんだ。本来ならもっと大量の魔素を注入させて発動させるんだが、こいつはカッコつける為のエフェクト代わりに使いやがったんだよ」
「だからお前やめろって! 俺が説明すんの!」

 トウラはシュートに、まるでダダをこねる子供のように怒っている。シオンはあ然とするしかなかった。

「それじゃあ、トウラさんの念力ってどういう……」
「――ならちょっと見せるか」

 そう言うとトウラは懐から貨幣を取り出した。
 そして、両手の平を上に広げ、右手の平に貨幣を乗せる。

「いいか。このコインをよく見てろ」

 言われるがまま、シオンはコインを注視する。

「1《ワン》……2《ツー》……3《スリー》っ!」

 トウラが数字を言い終えた瞬間だった。
 トウラの右手から、コインが消え、瞬時に右手の平に移動したのだ。

「……今、コインが瞬間移動した!?」
「へへっ。これが俺の念力――つまり“異能”さ。魔法とは違う」
「凄いですトウラさん! こんなことが出来るんですね!」
「おう、ありがとうな。あとは、こんな事も出来るぜ」

 瞬間。トウラの姿が消えた。
 シオンが目の前の状況を飲み込めないでいると、誰かが彼の肩を叩いてくる。
 振り返ると、そこにはトウラがいたのだ。

「こういう風に、物体だけじゃなく、自分も転移させることが出来るんだ」
「へええええ! 凄い凄い!」

 シオンが手を叩いて喜ぶ。そんなトウラとシオンを見ているだけのシュートは、ため息をつくばかりだ。

「こんな事も出来る」

 トウラはシオンに手をかざした。その刹那。

「なっ!?」

 シオンの視界が転換した。

 目の前には夜空が広がり、足元にはバラックの――家、と言えるのだろうか? 風雨を凌げるかも分からない――建物が小さく並んでいる。
 町の時計塔に転移させられたと理解したのは数秒経った時だった。

「どうだ? 凄いだろ」

 背中から追いついてきたトウラが声をかける。

「凄いです! 手を触れなくても人を転移させられるんですね!」
「そういうこと」

 トウラが再び、シオンに手をかざした刹那、二人は元いた宿屋の前に戻って来た。

「こんな具合で、俺は人や物を何処へでも瞬間移動させられるんだ」
「本当に凄いです! この世界の魔法も凄いと思ったけど、トウラさんの“念力”は群を抜いて凄いです!」 
「ただな、シオン。こいつの異能を使うには条件がある、ってことを忘れるなよ?」
「おいぃシュートぉ」
「あ、そうでした。確か――」
「こいつが転移させられるのは、こいつが知り得るものだけ。つまり、転移する人、物、場所は、一度こいつが直接触れ、見て、行き、知る必要がある」

 シュートの説明が終わると、トウラはがっくりと肩を落とした。

「はああぁ。お前は本当に肝心な所を全部持っていきやがって。――そうなんだ。俺が転移出来るのは、俺が知り得るものだけ。それが、この異能の唯一の“欠点”なんだ」

 ――確かにそれは欠点だ。これから冒険するとして、新しい場所に行きたい際には、この力は使えない。
 だが……。

「でも、一度知ってさえいればとても便利な力ですよね? 僕はやっぱり、トウラさんの異能は凄いと思います!」
「そうか? あぁ、そうかぁ、そうだよなぁ――!」

 シオンに絶賛されたトウラの顔に、だんだんと活気が戻ってきた。それに対して、シュートの顔はやや強張ってきている。
 そんな二人の顔を気に留めることなく、シオンが話を続けていく。

「そんな凄い能力なのに、どうしてシェロの前であんなにまどろっこしい事をしたんです?」
「だって、この転移、確かに便利だけど――シオン君も見ただろ? 本当に一瞬なんだよ。なんか味気無くってさ」
「そうですか? 僕は十分派手だと思いますが」
「そうか!? いやぁそうかなぁ!!」

 トウラは無造作な黒髪を掻き、満悦な表情だ。
 それを見たシュートが、ついに2人の間に割って入って来た。

「おいシオン、これ以上は言うな。こいつはおだてればどこまでも調子に乗るぞ」
「そんな事ねぇよ! つーか、お前だってシェロの前でデレデレしてただろ、気持ち悪ぃ! 色男のつもりか?」
「なんだとぉ、この爆発頭!」
「お? やんのかぁ、デレデレ野郎!」

 突然、喧嘩が始まった。喧嘩を止めるようシオンが声をかけるも、互いが互いを罵る声でかき消され、2人の耳へ届きそうにない。
 シオンが慌てふためくしかなくなったその時だった。

「はいそこまで!」
「痛て!」
「あたっ!」

 喧嘩する2人の頭に鈍い痛みが走る。見れば、シェロが2人の間に立っていた。

「こんな人目のつく所で喧嘩? 冗談はやめてよね」

 シェロが、拳に握った拳銃をしまいながら言う――拳銃の把による殴打が、鈍い痛みの根源といえそうだ。

「あんた達、仮にも賞金首なんでしょ? 喫茶店での事があったにも関わらず、更に問題を増やすつもり?」

 その言葉に2人は我に返った様子で、彼女に頭を下げた。
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