第52話 メイちゃん、二歳の思い出

文字数 2,852文字

 最悪な家庭裁判所の家事審判に進む前に、かわいい娘の思い出を少し書いておこうと思います。
 いつか娘が大きくなった時に読んでくれたらいいなぁ。

 二歳までは、お母さんと一緒の恐い生活だった。お父さんは、もう二度と戻りたくない。
 この文章を書き終えたら、あの人のことは忘れると思う。もちろん、メイちゃんとの思い出は絶対に忘れない。
 アンパンマンをバンパンと呼んでたことも、コンビニで買った小さなおみやげを握りしめて、「バンパーン」て嬉し泣きしていたことも、おもちゃ屋さんの前でアンパンマンピアノを演奏し続けたことも。
 それから、じいちゃんの東京出張のおみやげ、ワンワンとウータンをもらったすぐあとんNHKを見ながら、わざわざテレビの前まで行って「いっしょ、いっしょ」って言ってたことも。
 恐怖八割の地獄の結婚生活だったけど、メイちゃんと一緒に過ごした時間は忘れられない大事な思い出。
 片言しか話せないのに、三人で行ったカフェで、お父さんがメイちゃん用の絵本を見てたら、しっかりと席を確保して「おとうさ~ん、こっちこっち!」って呼ぶから、よそのおじいさんとおばあさんが笑っていたね。

 二歳と一か月の頃。
 二人でお城がある山に登った。最初、少し歩いただけで、あとは抱っことおんぶ。
 階段はきつかったけど、まだこの頃は軽かったな。それでも、頂上までずっとだからきつかったけど。途中の滑り台で一緒に滑ったり。他の子も滑ってて、順番に。
 途中でお菓子食べて休んで、お城の手前の門のところに、町のキャラクターが二人、テレビ撮影していたね。あとで、山の下のお店でぬいぐるみ買ったよね。
 おやつ食べてた時か、いつの間にか虫に刺されていて、翌日、顔が腫れて、ひどいことになった。ごめん。虫よけスプレー忘れてた。
 この日から、半年以上、お城の近くを通るたびに、「メイちゃんとおとうさんのお城」っていつも言ってたよね。これ、忘れられない大事な思い出。
 あれから、あのお城は、メイちゃんとおとうさんのお城です。

 二歳と二か月。
 じいちゃん、ばあちゃんも一緒に、生まれて初めて動物園に行った。
三輪車に乗って、入口でもらったパンフレットをしっかり握りしめて、オリの前に来ると、パンフレットに同じ動物がいるか全部確認してたよね。勉強家だね。賢い子だなぁって感心したよ。
 最後に、お猿さんがガラスに体当たりしてきて、ビックリして泣いたね。

 二歳の夏は、「うみな」の歌。一生、忘れない。

 二歳と七か月。
 七五三。生まれた時にじいちゃんに買ってもらった着物を着て、写真スタジオで撮影。
 母親がいないことが心残りだったけど、あとになって思えば、あんな人いなくて、よかった。一緒に写っていたら、もう二度と記念のアルバムを見る気になれない。
 撮影の時にもらった光るゴムボール。五歳の面会で渡したら、おとうさんは忘れてたけど、メイちゃんは憶えていたよね。神社でキティちゃんのおうちをもらった。これ面会で渡したっけ? 渡してたら、もう邪魔になって母親に隠されたかもしれないね。ごめんね。大事に、おとうさんが取っておけばよかった。
 七五三の翌週。
 実家の床の間に飾ってある五円玉で作った五重塔。おとうさんのじいちゃんが作ったんだよ。
「ほらー、おとうさんが好きなお金あるよ。お金なくなったら、これ使えばいいよ」
 あれには、ビックリしたよ。おとうさんがお金好きそうな姿を見せたことはないけど、そんなしっかりしたことが言えるなんて。
 しかも、同じようなことを、死んだじいちゃんも言ってたから、余計にビックリだった。
 でもね、おとうさんは知ってるけど、あれをバラバラにしても、実は五千円くらい。それなら、お言葉に甘えず、お父さんは自力でがんばるよ。

 十二月一日。
 母親がメイちゃんの口をつかんでアンパンマンチーズを出させようとしたあと、実家に帰ってから、メイちゃんはずっと保育園に行くのを嫌がってた。
 おとうさんが通った保育園の前を通った時、
「ほら、ここ、おとうさんが行った保育園。メイちゃんもここへ行くか」
 って聞いたら
「行かない」
「なんで」
 って聞いたら
「メイちゃん小さいから怒られる」

 十二月十九日。
 ずっと気になってたから、もう一度聞いたら、
「先生から、『メイちゃんは行儀悪いから保育園に来なくていいよ』って言われたから、保育園には行きたくないの」
 おとうさん、悔しくて泣きたくなったよ。
 おとうさんと家の近くの公園にお散歩に行く途中、保育園のお姉ちゃんが『神代メイちゃん!』ってフルネームで呼んで、車の窓から手を振ってくれてたから、けっこう人気者なんだと思ってた。
 たった一歳なのに、保育園でイヤな思いをしてたんだね。
 お母さんがあんなんじゃなければ一歳未満で入園させることなんてなかったし、じいちゃんも反対してた。でも、家に二人でいたら、あの母親はメイちゃんにヒドイことをするかも分からないくらいに壊れてたんだ。
 これを聞いたら、あの母親はどう思うだろう。保育園からグッタリして帰ってくるってうちの両親が心配してたけど、あの人は「先生はプロなんやから、任せておけば大丈夫や!」と偉そうに言ってた結果が、これか。幼児にこんなヒドイことを言うのがプロか?
 それとも、自分の娘が嘘をついてるとでも言うのか。それとも、大声を出して、保育園に乗り込むのか。それはないな。人前では、良い人間の演技をしたいんだよね。

 たしか、この冬のことだった。
 二人で土曜日に児童館に行って、他の子たちと、ボール投げて走り回って遊んだ。
 同じ年くらいの女の子がいたけど、恥ずかしそうにしていて、一緒に遊べなかった。あの子もメイちゃんて同じ名前で、一人っ子で、一緒に遊びたいけど、恥ずかしくて遊べないんだって。
 帰りに焼き芋をもらったね。
 次の土曜に行ったら、焼き芋をくれた先生にすぐに報告。
「あの焼き芋、黒くて汚いから、メイちゃん食べれなかった」
 お母さんと違って、正直すぎて、おとうさん恥ずかしくて「私が食べました」ってフォローしたけど、先生笑ってた。

 この時期に写した写真は、ほとんどないんだ。どうなるか分からない状況で、どこへもドライブに行かず怯えて暮らしてたからかな。
 でも逆に、三歳の一年は、おとうさんと一緒に出かけまくったね。毎週土日、あちこちドライブした。
 すぐに裁判に負けて、いつ裁判所に連れていかれるか分からない状況で、どうせなら一生分、二人で思いっきり遊んで、いっぱい思い出を作ろうと決めたんだ。
 だから、SDカードに残ったデータは千二百枚を超えたし、プリントした写真は二百四十枚入るアルバムが三冊になった。
 おとうさんとメイちゃんの大事な思い出。一生の記念。
 絶対に無くならないように、おとうさんが大切に持っているからね。
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