第5話 着火ウーマン

文字数 1,232文字

「結婚したら、私への要望ってある?」と聞かれて、素直に「着火しないでほしい」と頼んだ。
 交際時、彼女が突然怒りだすことに対して、「着火する」という表現を使っていた。冗談ぽい表現をすることで、彼女に配慮したつもりだったが、「なんで、そんなふざけたことを言うの!」と怒り出し、また二時間あまりの苦行が続くこととなった。
 翌日、彼女が泣いて謝ってきた。「許してください。今度から、こんなことがあったら、私を叱ってください」と泣きながら詫びるので、「いいよ、大丈夫だよ」と許した。
 当時は、これが互いの愛情の姿なのだと思っていた。すべて縁だと信じ切っていたからだ。
 今になって思うと、破談にならないための必死の演技に騙されたのだと思う。

 妻との新婚生活のために、半年余りのあいだに、土地を探し、家を建てた。
 小学校から近く、安全に子供が通学できそうな場所を求めて、不動産屋を回り、あちこちの土地や建売住宅を見て回った。土地探しに父を伴い、意見を求めた。両親とともに何軒か建売を見に行った。時には、彼女も連れて行った。
 勉強のために、中古も見に行った。建ててまだ二年の新築なのに、転職のために新婚夫婦が県外に移ったという話を、ご主人の両親から聞かされた。
 こだわりに満ちた注文住宅だったが、照明のリモコンが設置されず未使用のままの部屋もあった。
「本当かな」
 彼女は、その夫婦の離婚を疑っていた。不吉な話だった。
 
 建築会社はできるだけ安いところを探した。二十五年ローンの月々の負担を減らしたかった。
 外壁は白と黒のはっきりした城のような雰囲気が私の希望だったが、彼女の意見を聞いているうちに、ぼんやりとした茶色い家になった。
 百パーセントの満足はなくても、私には初めての城だった。
 私たち夫婦の夢の城だった。

 結婚後も彼女の様子は変わらなかった。
 週に一、二度は不機嫌になり、夜二時間以上、「どうして、あんなことを言ったのか」と同じ言葉を繰り返し、こちらの謝罪も説明も一切受け付けない。
 最終的に妻の叱責が終わるのは、夜中一時頃。翌日、妻も私も仕事で、妻自身がそろそろ眠りたいために、ようやく切り上げてくれるだけで、不機嫌なのは翌朝も変わらなかった。

 ある朝、出勤前に見ていたテレビで、「あなたの家庭は、亭主関白か、かかあ天下か」という街頭インタビューをやっていた。「うちは、かかあ天下だね」という一言で妻の機嫌が悪くなったが、妻が怒り出す時間もないままに、お互い仕事に出かけた。
 仕事中、マナーモードになった携帯電話を見ると、妻から頻繁に着信があった。伝言メモを聞くと、「離婚する」と何度もメッセージが何件も残されていた。
 朝、腹を立てたまま出勤し、私の携帯電話に何度も妻が怒りの伝言を残すということが、その後も度々あった。
 人間の性格なんて、本人に変わろうとする意志がなかったら、そう簡単に変えられるものではないと思う。
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