第101話 神さんに会えるでぇ

文字数 810文字

 人身保護の裁判の一か月前。
 娘を連れて、雅楽会の会長の家を訪ねた。ある宗教の教会であり、私自身はこの宗教の信者ではないが、かつて趣味で雅楽を習った場所だった。
 裁判の状況を話し、修行がしたいと伝えた。父と相談して決めたことだ。
 人身保護が決まれば、再度、強制執行が始まる。
 あと少し、あと少しの時間でいいから。娘が私から精神的に自立できるまで。もう少しこのまま。娘と二人の時間を保持するための窮余の策だった。
 昔、雅楽の合宿で行った町。今度は娘を連れて、二人旅になる。

「神さんに会えるでぇ」
 会長さんは、笑顔で話す。
「それは、神様がいると感じられるということですか」
 比喩というか、擬人法か、それとも誇張法。
「ちがう、ちがう。ほんまに会える。
 神代さんなら会えるわ」
「そや、笛の授業もあったはずやから、龍笛の準備しといてや」

 その晩、自分の部屋をくまなく探した。全然、所在が分からない。もう何年も触っていない。どこにあるのか皆目見当がつかない。
 自分の部屋の押し入れの奥はもちろん、天袋まで探したが、どこにもない。
 仕舞った場所の記憶さえない。なんとなく、本棚に置いた気がしていたのに。
「どこやろ」
 ふと、会長さんが「会える」と言った神様に、龍笛の場所を聞いてみたくなった。
 静かに目を閉じた。
「龍笛はどこにありますか」
 隣の妹の部屋の段ボール箱が、思い浮かんだ。妹が嫁いでから何年も経つが、そこに自分の荷物があるとは思えなかった。
 確かに、段ボール箱が積んである。妹が置いていったCDなどが入っていた。
 その箱の一つ。
 黄色い布袋に入った龍笛が見つかった。私は入れていないし、そこに置いた覚えもない。

「神さんに会えるでぇ」
 すでに異常な結婚生活や理不尽な裁判を経験していた私は、その不思議さを素直に受け入れた。
 こうして、娘と二人、神様探しの旅が始まった。
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