第110話 はじめてのユニバーサル・スタジオ・ジャパン

文字数 1,608文字

 平成二十六年六月十五日日曜日、娘を連れてUSJに出かけた。娘だけじゃなく、私にとってもUSJは、はじめての経験だった。
 異常な女性と結婚して、一方的な裁判でドンドン追い込まれ、何度も強制執行をかけられ、行き場を失い流れ着いた信仰の町。
「おとうさんといっしょにいたい」という娘の思いを叶えるためだけの逃避行の旅で、不自由な思いをさせて申し訳ない気持ちから、気晴らしに娘を思いきり遊ばせてやろうと思った。
 電車を何回も乗り換え、大阪の街を目指す。

 この日の手帳に、家計簿代わりに、ガチャ二百円、ジュース三百十円と書いてある。神様の町の駅のコンビニで、アナと雪の女王のガチャをしたのだろう。ホームの果肉入りオレンジジュースがおいしかった記憶がある。

 USJでは、キティちゃんと並んで写真を撮り、帰りにはウッドペッカーと一緒に写真を撮った。
 一日たっぷり遊んだ。
 スパイダーマン・ザ・ライドは恐くて、ずっとうつむいたままだった。出口での記念写真は、私の横で顔をふせた娘の姿が映っていたけど、迷わず購入。
 もうすぐ、母親に奪われる娘。
 父親として、母親の代わりにミルクをあげ、オムツを替えて、体を洗い、服を着せ、睡眠時間を削って世話をした娘は、育児の事実を踏みにじる家庭裁判所の非道によって、まもなく私のもとから引き離される。
 どんな写真だって、すべて記念で、すべてすばらしい思い出になるだろう。

 長い滑り台の下で、娘が降りてくるのを待つ。
 階段を上って行った娘の姿が、なかなか現れない。

 急に不安に襲われた。
 もし、妻が興信所を雇って尾行し、ここにいることを知ったなら…。
 一緒に滑り台を滑り降り、今度は私が下で待ち、滑ってくる娘を撮影しようと考えて、一人で登っていく後ろ姿を見送ったけど、もし、母親がここに紛れ込んでいて、娘に声をかけたなら…。

 あわてて、探し回る。
「メイちゃん!」
 滑り台の下から、娘の名を呼んだ。

 気づかないうちに滑り終えたのか。
 後ろを振り向き、あちこちに目を向ける。どこだ!

 もう連れ去られたのか?
 さよならも言えずに、奪い取られるのはイヤだ!

 相手も必死かもしれない。娘の世話を嫌がり、育児は手を抜いたくせに、裁判には金をかけ続けた。
 子供が欲しいという思いは本物だろう。

 階段を駆け上がる。
 梅雨の晴れ間、快晴の大阪は暑かった。額に汗が流れた。

 山の後ろに回り込んだ。
 列の前のほう。
 ピンク色のTシャツ。
 娘がいた。

 私に気づいて、手を振る。
「ケガしないように、気をつけて!」
 そう言い残して、撮影のために、階段を駆け下りた。

 大勢の人込みの中で、ふいに、執行官の姿を思い出した。遊園地に似つかわしくないスーツ姿の中年は見当たらなかった。

 スパンコールのドレスを着たキティちゃんのぬいぐるみを買い、扇風機のついたキティちゃんの水鉄砲も買った。
 USJでハンバーガーを食べて、夕食を済ませて、宿泊所に向かう。たくさんの娘のおもちゃを手に持ち、背中には疲れて眠る娘をおんぶして、電車に乗った。

 汗だくの父親の背中を嫌がらないことさえ、ありがたいと感じる。
 一人の人間のために、最大限に苦労をできることに感謝する。

 たった四年間だけど、良い父親ができただろうか。
 娘を育てるために、できる限りのことはしてきたつもりだけど、一人の家庭破壊者と国家的な家庭破壊組織の前では、なすすべもなく、我が家は簡単に崩壊した。
 家を守れなくて、ごめんな。

 娘との時間は、あとどれだけ残されているだろう。
 執行官の次の襲撃は、いつだろう。
 どこまで、娘を守り続けられるだろうか。
 それまでに、せいいっぱい、父と娘の思い出を作ってやりたいと思う。
 父親の記憶を、少しでも残してやりたいと願う。
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