第42話 反省のフリは即終了

文字数 1,067文字

 私が心理臨床センターを訪ねた数日後、私の仕事終わりを狙って、不意に妻が訪ねてきた。
 盆過ぎに謝罪したことを、もうすっかり忘れたようだった。
 前回同様、近くのドーナツ屋で話した。
 娘と会えるようにきちんと段取りができていないと、妻は強い口調で非難する。娘は実家にいるから、今からでもに会いに来るように勧めた。
「急に行って、嫌な顔されるのは嫌だから行かない」
 不機嫌に応える。いつでも実家に会いに来るように伝えて、私は席を立った。
 家に着くとすぐ携帯電話に連絡が入った。
「喧嘩をするために行ったのではなく、実家を出て一人暮らしをしようと思って、不動産屋でいろいろ調べていて、その話をするつもりだった」
 その意図が理解できなかった。
「もし実家を出て、親から離れたら、信用してもらえるか」
 それが信用の根拠になる理由も分からない。
 なぜ、部屋を借りるのだろう。カウンセリングを受けて、家に戻るという約束だったのに。
「今のままよりはましなのかもしれないが、わからない」
「一人暮らしをしたら、部屋でメイちゃんと一日遊ばせてほしい」
 要望に恐怖を感じた。娘だけが部屋に入り、鍵が掛けられるかもしれない。私も一緒に入ったところで、包丁を突き付けられるかもしれない。
 もしかしたら、密室でのDVを捏造されて、また一一〇番通報されるかもしれない。
 何が目的なのか想像がつかず、返事できなかった。
「実際に家を出るまでは、分からないよね」
 そう返す妻の意図が分からない。
 たぶん、実家を出るには、他に現実的な理由があったように思う。たとえ、「出戻り通り」ではあっても、小さい町では周りの目が気になったのかもしれない。
 一番の恐怖は、実際にアパートの一室で娘を連れて立てこもることだが、結局、娘と遊ぶ目的で使われることはなかった。
 実際に妻は実家を出て、アパート暮らしを始めた。娘や私のために、家に戻ることは二度となかった。
 謝罪は、私や両親、妹までも騙して、また娘を連れ去るための伏線だったのだろう。この伏線は役に立たなかったが、心理カウンセリングだけは劇的な効果を示した。狂気丸出しの人間が屋外で周りの目を気にせず、大声で怒鳴り散らし、嘘まみれの申立書で監護権の裁判に突入していく。
 密室の家事審判では、嘘は問題とならない。結果は最初から決まっている。裁判官の意向に従い、調査官さえも調査報告書に嘘を書く。一度乗ったら地獄往き。司直の手により理不尽に子が奪われる、恐怖の家事審判ジェットコースターが発車する。
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