第11話 バンパン

文字数 959文字

 娘が一歳を過ぎ、私が契約社員として働いていた頃の記憶の中で、忘れられない思い出がある。
 あの頃は、車で外へ出る仕事だったため、ちょっと本屋に寄って、童話や月刊の幼児向けの学習絵本を何冊か買って、娘へのおみやげにしていた。少し紙が薄いと、すぐに破れてボロボロになっていたけど、気に入ったふろくは、お出かけの時も小さな手でしっかりつかんで出かけていた。
 保育園でも他のお友達と一緒にアンパンマンのテレビや絵本を見ていたのだろうか。家でアンパンマンのDVDを見ると、「バンパン!、バンパン!」と指さした。
 まだ「アンパンマン」とうまく言えなくて、いつも「バンパン」と呼んだ。
 ある日のおみやげは、コンビニで買ったアンパンマンの小さなおもちゃ。アンパンマンやドキンちゃんやバイキンマン、それぞれのキャラクターの顔と体の絵合わせをするゲーム。一歳の手にはちょっと大きくて、うまく遊べないものだったけど、箱を開けて中を見た時の娘は、突然「バンパーン、バンパーン!」と、大きな声で嬉し泣きをした。
 感極まって泣くほどのおもちゃじゃないのに、アンパンマンが大好きだったのだろう。ハイハイしていた頃に買った、走るアンパンマンのおもちゃからは、いつも逃げ回っていたのに。
 娘がおみやげを喜ぶ姿が見たくて、いつも仕事中も娘のことが頭から離れなくて、本屋やコンビニでおみやげを探していたけど、この日の娘の姿は一生忘れないだろう。保育園から帰ったあとのことで、「バンパン」と泣く孫の姿を、じいちゃんも一緒に見ていた。
 じいちゃんと言えば、東京出張のおみやげが、東京駅のキャラクターショップで買ったワンワンとウータンのぬいぐるみだった。ちょうどテレビが始まる時間にもらったから、娘はぬいぐるみを抱いてテレビの前まで行って、「いっしょ、いっしょ」とテレビを指さした。その姿を見たのも、僕と父だけだった。
 これも、忘れられない思い出。
 妻とのことを思うと、今も恐怖の感情が湧き出る。きっと妻への恐怖は妻の存在そのものの記憶とともに消えていくだろうけど、娘との日常のささいな出来事はきっと一生の宝物になる。
 ダイヤモンドのような輝かしいものじゃなくて、子供の時に遊んだ懐かしいビー玉のような、僕の記憶の中だけの大切な思い出になる。
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