第41話 心理カウンセリング失敗

文字数 1,509文字

 八月二十一日 八時四八分 妻からのメール
 おはようございます
 カウンセリングどこか見つかりましたか?

 八月二十一日 十六時〇〇分 私から妻への返信
 まだです。ひとまず相談をして、いろいろ検討した上で適切な施設を紹介してもらうということで、担当者からの連絡待ちです。

 八月二十一日 十七時三七分 妻からのメール
 そうですか、わかりました。また教えてください。
 自分でも努力しますし、家族みんなと楽しく仲良く暮らしていきますので、どうかよろしくお願いします。実家とは相談しませんので、勝手かもしれませんが、何かあった時は義父さん義母さんはじめ、相談させてください。どうぞよろしくお願いします。

 九月に入ってすぐ、私は私立大学附属心理臨床センターを訪ねた。
 こういう施設があることを知った時、唯一の救済法が見つかった気がして、正直、嬉しかった。以前、契約で働いた会社にいたサボリー岡田君もここへ通えば、社会に適応できるようになるだろうと考えたし、彼の家族にここを紹介する方法がないことを少し残念に思ったくらいだ。
 新設で偏差値も低い地方の無名私大で、今まで全然関心がなかったけど、心の問題を解決できるなんて、すばらしい施設だと本気で信じ込んでいた。
 だから、受付の学生バイトらしい女の子の声が小さくて陰気な雰囲気だったことも、少し気になった程度で、その時はスルーできた。あとで失敗だと気づいた時、カウンセリングが必要な人間がカウンセリングを学んでいるだけじゃないかと心の中で毒づいたくらい、若い学生の表情も新しい建物の雰囲気も全体的に暗いものだった。
 精神保健福祉センターの担当者が、「ベテランのYさん」と話していた人は、この大学の大学院を出た、まだ三十代の臨床心理士で、私の担当カウンセラーだった。
 妻のほうには、妻の嘘に騙されないベテランの女性カウンセラーがつくと説明を受けた。
「奥さんは精神的に未熟な部分を残しているように思います」
 その説明さえも、一条の光明のように感じていた。

 今思えば、やっぱり人って第一印象は大事だと思う。
 頼りないと感じる人は、やはり実際に頼りないのだ。
 直感って大事だと今は思うが、この時は、これから勢いよく下っていく悪夢のジェットコースターに乗ったとは、露ほども気づいていなかった。

 私の説明を受けて、学内の会議を経て、九月末に妻の初回のカウンセリングが行われることになる。心理カウンセリングのシステムを知らず、どういう事情か分からないが、妻と並行して、私もこの若いカウンセラーにお世話になることになった。
 カウンセリングで話したことが相手に伝わっていると思われると、担当のカウンセラーを信じられなくなり、本人がカウンセリングを放棄する可能性がある。そのため、お互いの内容が伝えられることはなく、妻の状態の進み具合が知らされることはない。
 そう説明を受けた。
 妻の状態が分からないって、何のためのカウンセリングだと思うが、それでも治るなら安心だと考えたが、実際は悪化させただけだった。妻と私とそれぞれ週一回のカウンセリングを受けていくことになった。私は話すたびに臨床心理士の頼りなさを実感していった。
 妻は初回カウンセリングから一か月も持たずに、自分の正しさを確信できたようだ。おかげで、店の中でも屋外でも人の目を気にせず怒鳴り散らすことができるほど、本来の自分の姿をありのままに表現できる人間となっていった。
 これが心理カウンセリングの効果なら、劇薬の効き目だと思う。本来の目的から成功か失敗かを問えば、確実に「失敗」だった。
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