第99話 そして、人身保護請求へ

文字数 2,258文字

 翌二十六年、コヤブ弁護士と妻は、誘拐の刑事告訴が功を奏さないと知り、人身保護請求を申し立てることになる。
 頭に血が上っている妻からすれば、こちらを追い詰めるべく、そして娘を奪うという目的を叶えるべく、次から次へ裁判を繰り広げていくことになるが、弁護士からすれば、ネギを背負った低能なカモが常にそばに居続けてくれるような感覚だったろう。
 チャリン!、はい!またチャリン!と金が入ってくる。話し合いより争いが好きなバカを一人捕まえれば、おいしい汁を吸い続けることができる。

 もう嫁さんでもないし、本性が分かった今となっては何の興味もないが、元妻のような人たちに言いたい。
 嘘をついて異常な裁判をして、子の奪い合いなんかしなくても、「離婚してほしい。子供は自分が育てたい」と言ってくれたら、くだらない裁判で無駄な金を使わなくても、あなたの夢は叶えられたはずです。父親に懐いた娘を少しずつ母親に懐くようにすればいい。急きょの連れ去りと引き離しなどしなければ、子供の心理に問題は起きない。
 そんなことは、少しぐらい心理学を勉強すれば、調査官も分かっているはずだけど、公務員になってしまうと、他人の子の精神状態より、我が身のほうが大事で、しかも家庭裁判所は母親による子の連れ去り擁護の立場だから、調査官が片親阻害症候群を知っていても、自分の心の正義など簡単に踏みにじって、調査報告書に母親に都合が良いように嘘も書いてしまう。他人の子の健全な成長に関して、公務員は一切責任を持つつもりはない。
 母親が子供を自分の物にしたいという一方的な主張を、事実を無視して認定しているだけで、その後の親子の未来については、自分らで勝手に何とかしろよ程度の認識だと思います。
 国策で余剰になった弁護士に仕事を与えて、裁判で無駄な金を使うより、子供の将来のために貯金して、きちんと誠実に話し合えば理解し合えるし、思い通りに離婚して、子の親権もすんなり手にできたはずです。少なくとも、私はそうします。
「嘘をついても、裁判所が認めれば、法律の正義」という弁護士の主張通り、嘘の申立書を書いて、急きょ娘から父親を奪う裁判を起こすから、こちらも必死に娘を守って戦うだけで、第三者を介してでも、きちんと話し合おうという姿勢があれば、それに応じます。誰もくだらない嘘の裁判に関わり合いたくないのです。
 でも、嘘で身を守るしかできない人間に育ってしまった妻には、そんな冷静な話し合いも不可能だったのでしょう。弁護士に湯水のように金を注ぎ込んで、自分の嘘を現実にしていくほうが、気持ちがよかったんだろうな。
 結果的に、コヤブ弁護士はいくつもの仕事を得て、さらに住居侵入で懲戒請求され、さらに刑事告訴されることで、司法試験だけを必死にがんばったバカな仲間たちからは、「依頼人のためによくやった」という高評価まで得た。「起訴されなければ犯罪じゃない」というのが、弁護士と弁護士会の発想なのだろう。
 冷静に結果だけ見れば、弁護士に騙されて、無駄な金を吸われただけでしかない。

 監護権で負けた時、「法律には抜け道があります。お子さんを抱え込んで、強制執行で連れて行かれないようにしてください」という弁護士の言葉を信じて、素直に従い、娘のために必死に戦い続けたが、今後のことを心配して、父と二人で事務所へ行き、弁護士に人身保護請求について尋ねたことがあった。
「今の時代、人身保護請求の申し立てが出されることはありません!」
 無知な弁護士は笑ったが、翌年には不安が現実のものになった。

 日本はハーグ条約に批准しているが、最高裁が日本国民である拉致親から子供が奪われないようにするために、強制執行の実行力を弱めた。
 そのために、人身保護請求という、現実の家庭の問題には不似合いな裁判が実行力を持つようになっている。ネットで少し調べれば、この異常な裁判が増えていることが分かるはずだ。
 だけど、当方弁護士は、あまりに不勉強過ぎた。彼の頭の中では、司法試験の勉強をした当時のまま、人身保護請求は、昔のままの解釈で止まっていたのだ。
「大丈夫かなぁ」、父と私は不安なまま納得させられたが、翌年には期待は裏切られた。
 今思えば、すぐに分かる。この弁護士は、田舎の役立たず弁護士だった。
 地方国立大卒で、何浪もしてやっと司法試験に合格した。そこで、勉強は止まった。資格と立場に胡坐をかいた。
 こんな人間を信用すべきじゃなかった。
「私は交渉のプロです!」
 二年の裁判のあと、二年続いた調停の最後の打ち合わせで、弁護士は胸を張った。交渉力が花開くことなく調停はさらに一年続く。
 何の交渉もできず、裁判所でまともに主張できない姿を五年も見続けさせられれば、交渉のプロではないことは明白だし、今更そんな自慢をされても、雇い主として惨めな思いがするだけだ。
 ただただ、何の方策もなく、追い込まれていった。
 調停でさえ三十代の後輩弁護士に言われっぱなしで、やられっぱなしで、負けっぱなしであることを電話で非難したら、弁護士からの反論の一言。
「負けっぱなしじゃありませんっ!」
 返す言葉を失い、黙って電話を切った。
 根拠は? どの裁判で勝てた? 私が勝った裁判って、一度でもあったの。教えてください、先生。
 意味不明な逆切れの反論は、あまりに情けなく、哀れになった。惨めすぎる反論に、百万余り払った私自身が哀れで悲しくなっただけだった。
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