第105話 神さまのバカっ!

文字数 878文字

 平成二十六年六月五日未明、うちで飼っていた犬のクーが亡くなった。
 冬の雨の中さまよい歩いていた子犬を拾い、十六年間うちにいた。迷い犬だったため、警戒心が強く、家の者以外には懐かず、誰か来ると大声で吠え立てた。
 真っ白で片目の周りだけ茶色く、ぬいぐるみのようなかわいい顔のメスだったが、プライドが高いのか、エサをもらう時以外はお手もお座りも完全に拒否した。
 結婚前、彼女が実家を訪ねた時も、クーは必死の形相で吠えた。
 父は「家族になれば吠えなくなるよ」と冗談を言ったが、その後もクーは必死に吠えた。乾燥した魚を彼女からもらっても、警戒しながら無理やり首だけを伸ばして、魚を受け取るのがやっとだった。エサでは釣られず、やっぱり彼女には懐かず、クーは吠え続けた。
 妻が異常行動の末、娘を連れ去って、家を出たあと、父は言った。
「クーは、あの子に最後まで懐かんかった。畜生は、野生の勘で、狂った人間を見抜くのかもしれん。クーにとっては、最後まで家族に思えんかったんやろうな」
 クーは娘には懐いた。小さい者には警戒心が低いのかもしれないし、無垢な者には心を許せるのかもしれない。
 娘はクーの散歩に毎日一緒に行ったし、クーの友達だった。
 幼児を強引に連れ去ろうとする裁判所、元妻、住居侵入弁護士コヤブは、娘の敵であり、家族の敵であり、クーの敵だった。強制執行のたびに、クーは娘を守るため、何度も襲い来る執行官に大声で必死に吠え続けた。
 クーが亡くなったのは、人身保護請求の裁判のすぐあと。いつまた強制執行が入るか分からない危険な状態だった。
 執行官警報器の役目を務めたクーは、もういない。娘自身、いつ裁判所に連れ去られるか分からない状態を察していたのかもしれない。
 クーのお葬式から帰った娘は、涙を流しながら、天へ向かって、大声を上げた。
「神さまのバカっ!
 なんでクーを連れてっちゃうの!
 クーもわたしも、ずっとこのうちにいたいのに!」
 四歳の娘は大空に向かって、力いっぱい、神さまに怒った。
 平成二十六年六月五日夕方の出来事だった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み