第132話 故郷へ帰ることを決断した日

文字数 844文字

 神様にさよならを告げ、娘と二人、故郷へ帰る決断をした日。
 偶然なのか、神様の計らいか、娘に厳しかった京都の布教所の娘さんと話す機会があった。
 学校から帰ったあと、娘が疲れて寝ているあいだに、一人で学生棟と宿泊者棟のゴミを集めに回っていた時のことだ。
「持ちますよ」
 廊下で会った布教所の娘さんが、私に声をかけてきた。
 ゴミ集積所まで運び、部屋へ戻った。
 娘が眠る部屋の前で、二人で話し合った。

 娘さんの希望は、幼児連れであっても関係なく、夜遅くの食堂の掃除にもしっかり参加してほしいとのことだった。
 私を除けば、宿舎に泊まる同期は男女二名。次に入学予定だった末期のガン患者はドクターストップで不参加が決定していた。世話係は中尾一人。
 娘の世話で抜けてしまうと、三人での掃除に無理があったのだろう。
 しかし、ここへの入学が少ないということは、この町へ神様を頼ってくる信者が少なくなっているということだ。本当は、布教所や教会の人間が努力しなければいけない。
 せっかく、神様を頼って来た父娘に厳しく対応し、ボランティアを強要し、幼児を泣かせた人間が信じる宗教を誰が信じるだろう。少なくとも、私たち親子は途中で離脱することを決めた。
「申し訳ないですけど、もう無理ですね。
 四歳の娘を連れて来ているんです。娘を放って泣かせておいて、ボランティアへは参加できません。」
 目を覚ました娘が、部屋の中で泣いた。
「すみません」
 頭を下げて、部屋に入った。

 踊りや歌の練習を強要し、娘が泣くと、邪魔者扱いして、容赦なく怒る。
 それが私たち親子にとって、つらく苦しい経験だったことを話しても、この宿舎の人たちには理解してもらえないだろう。踊りや楽器の練習が最優先事項なのだから。
 とりあえず、無理なものは無理と伝えた。なぜ無理なのかは、理解できないだろう。幼児連れの大変さは、ここの人たちに分かるはずもない。
 帰ることは、一切話さなかった。別れを告げるつもりもない。
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