第91話 間接強制その後

文字数 1,419文字

 裁判官から「子供を引き渡すまで、一日三万円を払え」と言われても、父親の育児で父親に懐いた娘を三歳で無理やり引き離したら、それこそ、仕事が忙しいという理由で、他人に預けられた母親と同じになってしまいかねない。というのは、あれから数年が経ち、心理学を学んだ現在の私の視点で、当時は、寝かしつけのための夜のドライブで「踏切に突っ込めばよかったな」と言い、眠れずに泣く娘の耳元で大音量で音楽を鳴らす異常な母親のもとへ引き渡すなんて、到底考えられなかった。
 それでも大丈夫なんて言えるのは、娘の将来に責任を負わない能天気な裁判官ぐらいなものだろう。
 もちろん、一日三万円などという現実の収入を超える金額を払うことはできない。
「親子ともども飢え死にすればいい」と裁判官は言いたいのか。
 それとも、「サラ金で借りて支払え」なのか、もしかして「内臓を売って支払え」ということなのか。家事審判を経験すると、あの理不尽さの根拠が一般常識からは到底理解できないレベルなので、もしかして、そんな非合法で恐ろしい裏の意図があるんじゃないかと勝手に勘ぐってしまう。
 父親として娘の命の保証がない以上、引き渡しもできないし、そんな収入がない以上、一日三万円は払えない。
 高裁へ抗告したけれど、基本的に家裁の判断に従っただけの返事だった。一日三万円は庶民には莫大な金額だが、高給取りの裁判官にとっては大した金額ではないからだろうか。

 平成二十五年九月二十七日

 主文
 本件抗告を棄却する。
 
 当裁判所の判断
 抗告人は、未成年者の引渡債務の履行を怠った日一日につき抗告人が支払うべき金銭の額を三万円と定めた点について、過大な金額で、抗告人に奴隷的な拘束を強いるものであり、不合理である旨主張する。
 しかし、抗告人が命じられた債務の内容は抗告人の意思のみにより容易に履行され得るものであることに加え、抗告人が未成年者の引渡しに応じない姿勢を明確にしていることなどを考慮すると、未成年者の引渡債務の履行を怠った日一日につき抗告人が支払うべき金銭の額を三万円と定めた原審の判断は相当であって、違法な点があると認めることはできず、抗告人の上記主張は理由がない。

 監護権だけじゃなく、間接強制の金額についても、裁判所の判断あるいは思想はどこも同じだった。「抗告人の意思のみにより容易に履行され得るもの」という考えには、娘の意思は一切含まれていない。父親である私の意思一つで、娘の思いを踏みにじることができると考えるようだ。

 日本国憲法第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。
 司法にとって、幼児の基本的人権は存在しない。親の意思「のみ」でどうにでもなると思っているのだろう。

 日本国憲法第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。
「すべて」はどこへ消えたのだろうか。裁判所にとって、幼児は個人ではない。子は親の持ち物なのだろう。

 日本国憲法は、こうも語りかける。
 第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。
 憲法が幼児にも保障する自由及び権利は、親の不断の努力によって保持されなければならないものなのだろう。裁判所が幼児の自由と権利に対して判断を誤っているなら、親が我が子に代わり「裁判所は間違っている」と不断の努力で言い続けなければならない。
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