第121話 ピッとした心とグニャッとした心

文字数 728文字

 平成二十六年八月の朝、神様の学校へ向かう途中。
 託児所の先生から、ベビーカーではなく歩いてくるように言われた娘は、宿泊所のみんなと歩き出した。疲れたらベビーカーに乗せて私が早歩きすれば、学校に遅刻はしない。
 私たち親子と同じ七月に入学したのは、二十代の女性一人と三十代の男性一人、世話係は中尾。そのほかの六十過ぎの男女八名は滋賀の教会からのグループで、私たちよりひと月前の参加、世話係は西山。同じ宿泊所のメンバーがご詠歌を歌いながら、商店街を歩いていく。
 各宿泊所から、他県のグループが商店街へ姿を見せ、次々に数が増えていく。

「おとうさん、はしって!」
 娘は、同じ宿泊所の一団から抜けて、走り出した。
「おとうさん、競走! もっと早く、早く!」
 中尾や西山、お姉ちゃん、お兄ちゃんが後方へ遠ざかっていく。
 彼らの姿が小さくなった。百メートル近く離れたかもしれない。
「つかれた。ベビーカーに乗る」
 娘が安心したように、私に声をかけた。
「おとうさんやおじいちゃんは心がピッとしてるけど、中尾先生は心がグニャッとしてるから、きらい」
 わずか四歳児が話す言葉だろうか。
 幼児の純粋な心は、よく人の心を見抜いていた。
 踊りや楽器の練習で自分を邪魔者扱いした大人たちと一緒に朝食を食べることができず、食事中に立って歩いた娘に対して、「もう我慢できん」とつぶやいた西山、娘を抱えて食堂の外へ連れ出し、お漏らしをさせた中尾。
 幼児に、人間としての底の浅さを見抜かれている彼らは、大人として恥ずかしくないのだろうか。
 それでも、宗教家として胸を張れるのだろうか。

 この宗教都市から、私たち親子が尻をまくって、故郷へ帰る日が近づいていた。
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