白瀬夫妻の家へ(1)
文字数 1,978文字
狐正信と名乗った老人は、子供を諭す様に風花ちゃんに言葉を掛ける。
「橘風雅……様、に名前変えられたんですよね……。大丈夫ですよ、オシラサマなら何とかしてくださいます。オシラサマにお任せしてはいかがですか?」
だが、風花ちゃんは、まだ納得してくれないようだった。
「でも!」
「風雅様は、沼藺様の為なら死んでも良いと思われてるかも知れませんが、それはあなたの独り善がりです。もし、あなたが傷付いたら、どうなると思いますか? 沼藺様は例え旧友であろうとも、耀子ちゃんと一戦交えずにはいられませんよ…」
「そんな……」
耀子先輩が、口を挟む。
「ふふふ、面白いわ。初めて沼藺と闘った時は、沼藺を殺す寸前でテツに邪魔されたんだったわね。今度こそ沼藺を、黒い狐の襟巻にしてあげられそうだわ……」
正信老人は、冗談は止めろとばかりに咳払いをし、話の続きを始める。
「闘いは、2人の殺し合いだけでは済まないのです。沼藺様を慕う者は沼藺様に加勢するでしょうし、耀子ちゃんのご家族は耀子ちゃんの味方となるでしょう。そうなれば、悪魔と妖狐との戦 になります。鉄男君や大全などは決して闘いたいなどとは思っていないでしょうが、結局は各々の陣営で戦うことになるのではないでしょうか……? 恐ろしいのは耀子ちゃんのご主人、藤沢修平氏が参戦することです。そうなったら、政木の大刀自も黙っていられないでしょうから、太三郎狸と政木狐の大戦争になりますよ……」
「姉 様は戦 がお嫌いです。そんなことで戦 を始める訳がない!」
耀子先輩は、それを否定した。
「沼藺ならやるわね。これはテツの住む時空の沼藺の話だけど、私が『妹を助けて欲しければ、靴の底の狸の糞を舐めろ』って言ったら、あの娘、本気で舐めようとしたのよ。あのプライドの高い妖狐の姫様が……。沼藺って、愛する者のことになると、結構、良識とか理性とかを失くすのよね……」
そう言えば、以前、僕が「沼藺ちゃんって、若いのに落ち着いてるって言うか、クールですよね」って言うと、耀子先輩はそんなことないって言ってから、「沼藺を怒らせるなんて簡単よ。テツのケツを後ろから蹴飛ばすと、鬼の様に怒るわよ。じゃなければ、小さな子供を虐待する母親を見せればイッパツだもん」とか言っていた。彼女にとって、そこは触れてはいけない所なんだろう。
耀子先輩は、少し真面目な顔になって風花ちゃんに語り掛ける。
「風雅、あなたの判断は正しい。私もこの連中と沼藺を会わせたくないし、以前、沼藺が、『兄たちには二度と会いたくない』って言っていたのも覚えている。でも、彼らにだって言い分があるでしょう? だから、判断はオシラサマにお任せしたいの。勿論、私がするのはここまでよ。オシラサマが『帰れ』と言ったら、有無を言わせず、この連中を連れて東京に帰るわ。それで、妥協してくれないかな?」
風花ちゃんは少し悩んでから、小さく頷いてくれた。これで僕たちは一歩前進した。だが、それと同時に、耀子先輩は決して僕たちに味方してくれている訳じゃないことも明らかになった。
耀子先輩は、改めて正信老人に白瀬夫妻の家への案内を依頼する。
「と言う訳なの。紺野さん、済みませんけど、お願いしますわ」
「ええ、構いませんよ。勿論、その心算で来てますからね。私の車でご案内しましょう」
耀子先輩は正信老人に軽く会釈した。
「でもね……。そうですね、橿原先生には、車の中にいる間は、目隠ししてて貰いましょうかねぇ」
正信老人はそう言って僕の顔を覗き込む。僕はそれで異存ないのだが、格好付け、仕方がないと云った表情を作って頷いた。
しかし……、いくら白瀬夫妻が王侯の様な暮らしをしているからと言って、そこまで個人情報を守らなければならないとはね……。
僕たちは風花ちゃんも含め、ぞろぞろと正信老人の車を停めてある場所へと歩いていった。なんと、彼の車はプジョーではないか?
耀子先輩が小さく微笑んだ。
「紺野さん、この車……」
「懐かしいでしょう? 菅原君の愛車だった白のプジョーSUVです」
なんか、先輩と正信老人は特別な思い出に浸っているようだったが、シラヌイちゃんのお兄さんたちは一刻も早く白瀬夫妻の所に行きたいらしく、勝手にドアを開けて後部座席に乗り込んでいる。
耀子先輩は「仕方ないわね」と肩を竦めると、そのまま助手席に乗り込み、正信老人も運転席に回り込んでiコックピットに着いた。僕も置いていかれる訳にはいかないので、後部座席に潜り込んでいる。
「あれ? 風花ちゃんは?」
「こんな狭いの嫌だもん。私は後から1人で行くわ」
風花ちゃんは、僕の問いにそう答えると、自分の車のある方だろうか、更に駅から離れた先へと走り去った。
こうして、車に全員で乗り込んだ所で、僕とシラヌイちゃんの2人の兄には、目隠しが施されたのであった。
「橘風雅……様、に名前変えられたんですよね……。大丈夫ですよ、オシラサマなら何とかしてくださいます。オシラサマにお任せしてはいかがですか?」
だが、風花ちゃんは、まだ納得してくれないようだった。
「でも!」
「風雅様は、沼藺様の為なら死んでも良いと思われてるかも知れませんが、それはあなたの独り善がりです。もし、あなたが傷付いたら、どうなると思いますか? 沼藺様は例え旧友であろうとも、耀子ちゃんと一戦交えずにはいられませんよ…」
「そんな……」
耀子先輩が、口を挟む。
「ふふふ、面白いわ。初めて沼藺と闘った時は、沼藺を殺す寸前でテツに邪魔されたんだったわね。今度こそ沼藺を、黒い狐の襟巻にしてあげられそうだわ……」
正信老人は、冗談は止めろとばかりに咳払いをし、話の続きを始める。
「闘いは、2人の殺し合いだけでは済まないのです。沼藺様を慕う者は沼藺様に加勢するでしょうし、耀子ちゃんのご家族は耀子ちゃんの味方となるでしょう。そうなれば、悪魔と妖狐との
「
耀子先輩は、それを否定した。
「沼藺ならやるわね。これはテツの住む時空の沼藺の話だけど、私が『妹を助けて欲しければ、靴の底の狸の糞を舐めろ』って言ったら、あの娘、本気で舐めようとしたのよ。あのプライドの高い妖狐の姫様が……。沼藺って、愛する者のことになると、結構、良識とか理性とかを失くすのよね……」
そう言えば、以前、僕が「沼藺ちゃんって、若いのに落ち着いてるって言うか、クールですよね」って言うと、耀子先輩はそんなことないって言ってから、「沼藺を怒らせるなんて簡単よ。テツのケツを後ろから蹴飛ばすと、鬼の様に怒るわよ。じゃなければ、小さな子供を虐待する母親を見せればイッパツだもん」とか言っていた。彼女にとって、そこは触れてはいけない所なんだろう。
耀子先輩は、少し真面目な顔になって風花ちゃんに語り掛ける。
「風雅、あなたの判断は正しい。私もこの連中と沼藺を会わせたくないし、以前、沼藺が、『兄たちには二度と会いたくない』って言っていたのも覚えている。でも、彼らにだって言い分があるでしょう? だから、判断はオシラサマにお任せしたいの。勿論、私がするのはここまでよ。オシラサマが『帰れ』と言ったら、有無を言わせず、この連中を連れて東京に帰るわ。それで、妥協してくれないかな?」
風花ちゃんは少し悩んでから、小さく頷いてくれた。これで僕たちは一歩前進した。だが、それと同時に、耀子先輩は決して僕たちに味方してくれている訳じゃないことも明らかになった。
耀子先輩は、改めて正信老人に白瀬夫妻の家への案内を依頼する。
「と言う訳なの。紺野さん、済みませんけど、お願いしますわ」
「ええ、構いませんよ。勿論、その心算で来てますからね。私の車でご案内しましょう」
耀子先輩は正信老人に軽く会釈した。
「でもね……。そうですね、橿原先生には、車の中にいる間は、目隠ししてて貰いましょうかねぇ」
正信老人はそう言って僕の顔を覗き込む。僕はそれで異存ないのだが、格好付け、仕方がないと云った表情を作って頷いた。
しかし……、いくら白瀬夫妻が王侯の様な暮らしをしているからと言って、そこまで個人情報を守らなければならないとはね……。
僕たちは風花ちゃんも含め、ぞろぞろと正信老人の車を停めてある場所へと歩いていった。なんと、彼の車はプジョーではないか?
耀子先輩が小さく微笑んだ。
「紺野さん、この車……」
「懐かしいでしょう? 菅原君の愛車だった白のプジョーSUVです」
なんか、先輩と正信老人は特別な思い出に浸っているようだったが、シラヌイちゃんのお兄さんたちは一刻も早く白瀬夫妻の所に行きたいらしく、勝手にドアを開けて後部座席に乗り込んでいる。
耀子先輩は「仕方ないわね」と肩を竦めると、そのまま助手席に乗り込み、正信老人も運転席に回り込んでiコックピットに着いた。僕も置いていかれる訳にはいかないので、後部座席に潜り込んでいる。
「あれ? 風花ちゃんは?」
「こんな狭いの嫌だもん。私は後から1人で行くわ」
風花ちゃんは、僕の問いにそう答えると、自分の車のある方だろうか、更に駅から離れた先へと走り去った。
こうして、車に全員で乗り込んだ所で、僕とシラヌイちゃんの2人の兄には、目隠しが施されたのであった。