旧知との再会(4)

文字数 2,142文字

 加藤部長の話は、実は僕たちには然程(さほど)不思議な話ではなかった。僕と耀子先輩は、彼の中にいる別の人格が誰であるか、薄々勘づいていたのである。
「どういうことですか?」
 耀子先輩が部長に尋ねる。
「この病気に関しては、殆ど彼が主導権を握っている。通常、彼は余程の事がない限り表に出てこないんだが、今回は特別と云うことらしい。その彼が、君たち2人に依頼したいと言っているんだ……」
「詳しい話を聞かせてくれませんか?」
 加藤部長は、先ず僕たちに染ノ助君の真の病名を語りだした。
「松野さんの病気は、実は脳腫瘍ではなく、脳内に植物が寄生し発芽したことで起こった症状なんだ。そして、これは彼だけではなく、これ迄何十件という患者が、これが原因で頭痛、てんかんなどの症状を訴えている。彼の場合は早期に発見出来たので、開頭し植物を除去することで治癒できたが、手遅れで既に何人もの人間が死亡しているんだ……」
 癌ではなく、寄生生物? それも、植物だって? そんなことがあるのだろうか?
「部長、僕には疑問があります。それが事実だとしたら、どうして部長は病名(それ)を染ノ助君に知らせ……、いや、学会に発表されなかったのですか?」
「この事実を知っているのは僕だけではないんだよ。多くの脳外科医が連日治療にあたっているし、政府関係者にはもう既知の事実なんだ……。そして、この事実は政府からのお達しで、箝口令が敷かれてる……」
「そ、そんな物が、私の頭の中にあったって言うんですか?!」
 僕たち3人が、声のした側に目をやると、そこに居たのは、数十分前に帰った筈の松野染ノ助君だった。
「染ノ助君、君は帰ったんじゃ……」
「帰る心算でした……。ですが、門を出る時、彼に呼び止められたんです。『このまま帰っていいのか? お前の病気のことを知りたくないのか?』ってね。それで、彼に鍵を開けて貰って橿原先生の家に忍び込み、そこで、ずっと盗み聞きをしていたんです……」
 彼の肩には一つ目鴉が止まっている。奴が染ノ助君を焚き付けたに違いない。
「仕方ないわねぇ……」
 耀子先輩が白々しく呟く。絶対知っていた癖に……。
 そして彼女は、自分の言いたいことを僕に言わせようとする。ほんと、「仕方ない」って言いたいのはこっちだ……。
「部長、染ノ助君は聞いてしまったんだから仕方ないでしょう。話を続けてください」
「あ、ああ。分かった……。それにしても、その鴉は……」
「気にしないで下さい。鴉と思うから不思議な感じがするけど、あいつは妖怪みたいなもんですから……」
 それにしても、夜中にふらふら飛んでると、梟にでも狙われるぞ! まったく……。

 染ノ助君を含めた僕たち4人と一つ目鴉は、リビングのソファに座り直し、改めて加藤部長の話を聞くことにした。
「それにしても植物が寄生したって、何て植物なんですか? そして、どうしてそんな物が寄生したんですか?」
「相変わらずだね……。そんなに一編に聞いたって、普通は答えられないだろう?」
「済みません……」
「だが、今回は答えられそうだ……。大陸方向から種子が季節風に乗って来た。それが人体に寄生したんだ」
「季節風で種子が……?」
「ああ。マイクロサイズの種子がね……。その植物は海妖樹と云うのだそうだ」
「海妖樹?」
「ああ……、蓬莱島と云う島に生えている樹木で、その島の住人が種子を風に乗せて飛ばしたらしい……」
「なぜ、そんなことを?」
「報復だ。その時、蓬莱島は、渤海国と日本の間にあったらしいのだが、それが半島からのミサイル攻撃を受けたらしい。その報復として、海妖樹の種子を風に乗せて飛ばして来たのだそうだ……」
 おいおい、ミサイルを撃ったのは、日本じゃないぞ。なんで日本が攻撃されるんだ?
 この僕の感想には、耀子先輩が理由を説明してくれる。
「先生、彼らから見れば、半島からだろうとなんだろうと、人間から攻撃を受けたことに変わりがないんです。ですから、手っ取り早く、風下にある列島へと攻撃をしかけたんだと思います」
「酷い話ですね……。で、日本政府は箝口令を敷いて、どうする心算なんですか?」
「蓬莱島の住人と交渉して、穏便に済ます計画だったんだ。だが、彼らとのコミュニケーションが取れないんだよ。そこで、仕方なく、蓬莱島に乗り込んで、海妖樹の伐採を今は計画している……」
「無茶だわ……。海妖樹は蓬莱島のシンボルツリー、それを伐採するってことは、相手の首都に爆撃する様なものだもの……」
 耀子先輩は蓬莱島について、何か知識があるようだった。だが、そうは言っても……。
「でも、耀子先輩。交渉できないんじゃ、それしかないじゃないですか? それとも、爆撃でもして、島ごと焼き尽くせって言うんですか?」
 耀子先輩は僕の問いには答えず、それを、そのまま部長に確認した。
「それで、蓬莱島への対応を、不思議探偵の橿原幸四郎に判断して欲しいって仰有るのですね。で、具体的に私たちは何をすれば良いのでしょうか?」
「ああ……。詳しくは、もう1人の僕に聞いてくれないか? 彼が説明したがって、ウズウズしているんだ……」
 耀子さんは少し笑って頷いている。
「いいですよ……。私も彼に再会したいですからね。きっと、橿原先生も、ご挨拶したいでしょうから……」
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

甘樫夫妻


橿原邸に住み込みで家を管理する老夫妻。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

加藤亨


耀子と幸四郎が在席した医療系大学の教授で、同大学病院の外科部長。実はミステリー愛好会の創設者にして、唯一無二の部長だった。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

シラヌイちゃんのお兄さんたち


狐や狼を思わせる容貌を持った兄弟。シラヌイちゃんを母親に会わせようと画策する。

橘風雅(犬里風花)


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女(?)。

白瀬夫妻


シラヌイちゃんの両親。オシラサマと呼ばれている。また、それぞれ馬神様、姫神様とも呼ばれている。

紺野正信(狐正信)


藤沢耀子と白瀬沼藺の高校生時代を知る老人。自称、狐忠信の子孫。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

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