白瀬夫妻の家へ(4)

文字数 1,615文字

 それにしても、僕だって、そんなに弱くはない心算だ。なのに、女の子のシラヌイちゃんを相手にするのに、態々耀子先輩が助太刀に出て来たりするのだろうか? それとも、女の子が相手だから、女同士で闘うと云うことなのだろうか? ただ、耀子先輩は僕より遥かに強いのだが……。
「先生は勘違いされていますよ。闘うと言っても、リングの上でボクシングやレスリングをする訳ではないのです」
 どう云うことなんだ?
「バトルゲームで闘うのですよ。火山とか、森林とかのシチュエーションで、お互い人間以外のキャラクターになって、仮想のバトルをするのです」
 はぁ、バトルゲームだって?!
「先生、格ゲー得意じゃないでしょう? 沼藺は強いですよ。狐火使ったり、電撃攻撃してきたり……。私だって、変身したり空飛んだりして闘いますから……」
 いや、それは、ゲームの世界じゃなくても、先輩なら普通にするでしょう……。

「さ、耀子さんは、奥の部屋に入らしてくださいましな……」
 姫神様が、耀子先輩に奥の部屋に行く様に促す。もしかして、シラヌイちゃんは奥の部屋に来ているのか?
「先生、世間には、オンラインゲームってのもあるんですよ」
 成程、こんな藁葺き屋根の古民家だから勘違いしていたが、ここは資産家、白瀬夫妻の家なんだ。電気は勿論、インターネットだって常時接続されていても、何も不思議なことないじゃないか。

 だが、まだ下のお兄さんは不服そうだ。
「耀公主が、本気で闘ってくれる保証などないではありませんか!」
 それには姫神様ではなく、耀子先輩が笑みを浮かべて答える。
「安心なさい、私、負けるのが大嫌いなの。それに、沼藺と闘えるのよ。手を抜く訳がないじゃない。前に闘った時は、(とど)めを刺す寸前に兄に邪魔されちゃったから、今度はキッチリと殺してあげるわ」
 母親に会わせられなくなるから、殺しちゃ駄目でしょう……。あ、良いのか……。ゲームの世界なんだもんな……。
「でも……」
「あら、貴方で沼藺に勝てるとでも言うのかしら……? それとも、橿原先生に闘わせる? 私が態と負けるリスクを差し引いても、私が勝つ方に賭けるのが一番割りがいいと思いますけどね……」
 なんか、そんな先輩の台詞で、下のお兄さんは完全に黙り込んでしまう。それを横目に、耀子先輩は薄ら笑いを浮かべながら、白瀬夫妻の背中側の襖を開け、奥の部屋へと入って行った。

 部屋に残されたのは、白瀬夫妻にシラヌイちゃんの2人のお兄さん、それと風花ちゃんと僕の6人。その誰もが暫くの間動かず、そして何も喋らなかった。
 この為、主人の間全体には、暫く重苦しい不思議な沈黙が広がっている。
 そんな、沈黙の世界を壊したのは、意外にも一番喋りそうもない馬神様だった。
「こうしていても仕方ない。折角だから、2人の闘いを私らも見せて貰おうじゃないか」
 馬神様はそう言って姫神様に視線を向ける。すると、姫神様も頷いて立ち上がり、僕たちの右側にある障子を開いた。
 なんと、そこには壁に備え付けの大画面テレビがあるじゃないか……。
 そして、モニターの電源が入り、まだ固まりきっていない溶岩大地に立つ2人の戦士が映し出されて来る。

 背中の大きく開いたドレスに、レギンスを組み合わせたスタイルは耀子先輩。立ち烏帽子に白の水干、緋の袴と云う、姫神様と同じ白拍子姿はシラヌイちゃん。2人とも、キャラクターの顔は本人その物だ!
「耀子ちゃん……、兄の言うことなんか聞かないって言っていたのに、どうして?」
「成り行きかしら……」
 わっ、2人の声までマイクで拾ってる様に鮮明に聞こえて来る。
「分かったわ……。でも、こうなった以上は、耀子ちゃんでも手加減しないわよ」
「手加減……? 忘れたの? 私は沼藺に1度も負けたことがないのよ。これまで、全て私が勝っている……」
「たった1度しか闘ってないでしょう!」
 シラヌイちゃんは、そう叫びながら、耀子先輩に向かって飛び出して行った。
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

甘樫夫妻


橿原邸に住み込みで家を管理する老夫妻。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

加藤亨


耀子と幸四郎が在席した医療系大学の教授で、同大学病院の外科部長。実はミステリー愛好会の創設者にして、唯一無二の部長だった。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

シラヌイちゃんのお兄さんたち


狐や狼を思わせる容貌を持った兄弟。シラヌイちゃんを母親に会わせようと画策する。

橘風雅(犬里風花)


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女(?)。

白瀬夫妻


シラヌイちゃんの両親。オシラサマと呼ばれている。また、それぞれ馬神様、姫神様とも呼ばれている。

紺野正信(狐正信)


藤沢耀子と白瀬沼藺の高校生時代を知る老人。自称、狐忠信の子孫。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

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