美肌の湯(4)

文字数 1,953文字

 取り敢えず、耀子先輩は配偶者候補の一人として、翌日の朝、ここの妹さんと一緒に倉に運ばれることとなった。妹さんはその前に薬を飲むと言う。それが仕来たりらしく、条件を等しくする為、村の娘さんたちも薬を飲み、混沌とした状態になって配偶者選びに挑むらしい。
 条件を同じにすると言う点では、衣服に関しても、香を焚いた白の裳一枚だけと決められているのだそうだ。で、裳に関しては、既に用意されており、耀子先輩の分は、妹さんの分の予備を使わせて貰うことにした。

 翌朝、耀子先輩は半分眠ったままの状態で、目は覚ましているのだが、ぐったりして動く気力が萎えている様に見える。
 そして、僕たちが休ませて貰った客間に、克哉さんの父親が、儀礼服の白い裳を持ってやって来た。
「衣服も揃えるなんて、随分と念の入ったことですね……」
「そうです。これは、倭国に住む者の義務なのですが、選ばれた家にとっては名誉でもあるのです。ですから、貧富に関わらず、肉体としての優劣だけで選ばれる様に、極力条件は揃えられるのです。ま、選んで欲しくないと云うのが、送り出す家族の本音だとは思いますが……」
 克哉さんの父親は、耀子先輩の床の脇にキチンと畳まれた白い裳を置き、僕に耀子先輩の服を着替えさせるように要求した。
「さ、お嬢さんは動けないでしょう。先生が彼女の着替えを手伝ってあげてください」
「あの……、どうすれば?」
「今着ている衣服を下履きも含め、全て取り去った後、この裳一枚のみをその素肌に纏わせるのです……」
 何てことだ……。彼女は着替えもせず寝てしまっていたから、普通に全部剥ぎ取らなくてはならないじゃないか……。
「手伝いましょうか?」
「お願いします……」
 僕は克哉さんの父親の申し出を、有り難く受け入れた。それにしても何と言う図だ。薬で抵抗出来なくなった女性を、中年の男二人が全裸に剥いているのだ。こんな動画がネットに流れ、世間に拡散してしまったら、僕の人生はほぼ終わってしまう。
 くそっ。それに、耀子先輩は薬が効いている振りをしているだけで、恐らく意識はしっかりしているのだ。そうして、僕たちにこんなことをしているのを見て、密かに北叟笑んでいるのに違いない。
 腹立たしいので、僕は手が滑った振りをして、耀子先輩の敏感な処に指を突っ込んでやった……。それで先輩は「あん」と言って、寝返りを打つように右膝を閉じる。

「白い裳一枚には、スサオウ様が配偶者を選ぶ時、娘たちの服を脱がすのに苦労しない様にとの配慮もあるそうです」
「配偶者選びに、候補者全員の女性の裸を確認するのですか?」
「さあ、私も見てきた訳ではありませんから、噂に過ぎないかも知れませんけどね」
 克哉さんの父親も、僕の流儀に慣れてきたようで、僕がするであろう「見て来られたのですか?」と云う質問の答えを、先回りして教えてくれる。
 だが、確かに、あり得ないことではない。
 青年は、配偶者を選ぶのに、性格、言葉使い、教養、趣味……。それらの情報は、妹さんの様な村娘でない限り、殆ど与えれないのだ。ならば、判断は相手の肉体に頼るしかない。となると、運動が好きか嫌いか? 家事が得意か苦手か? 処女か非処女か? 遊び慣れているか慣れていないか? そんなことも全て、観察から推測するしかないのだ。
 ならば、候補者全員を全裸にし、全身を隅なく観察……。例えば、手や指の荒れ具合、体の筋肉の付き具合、そして筋肉の固さなどを触って試してみたとしても、おかしな話ではないだろう。
 そう考えると、薬を飲ませたのは、そうした行為を、抵抗なく青年にさせる為のものだと云うことが理解出来る。
「これも噂なんですけどね……。配偶者選びは、母親のクシナダ様も同席され、お二人で判断されるとも言われてるんですよ」
 これまた、おかしな図になった。
 僕のイメージでは、青年がひとりで、マグロの様に並べられた全裸の女性を、一人一人観察した上で、指し棒か何かで状態を確認して回ると言うものだった。それが、母親と二人、そうやって相談しながら決めていく。
 なんか、本当にマグロのセリ市場で、仲買人がマグロの品質を確かめている様な感じがしてきた……。

 僕は、やっと耀子先輩の着替えを終えると、彼女を抱き抱えて、克哉さんの父親の車の後部座席に運び込んだ。
 妹さんは既に着替え終えていて、自分で車に乗り込んでから、車の中で薬を飲んで昏睡状態になっている。
 僕は、妹さんの着替えもするものと思っていたのだが、考えてみれば妹さんの場合はその覚悟も出来ているのだ。僕らが無理して裸にさせる必要などはない。
(残念だったわね~。彼女の服を全部剥ぎ取り、全裸にすることが出来なくて……)
 時々、僕の心の中で別人格が喋りだす。本当に困ったものだ……。
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

甘樫夫妻


橿原邸に住み込みで家を管理する老夫妻。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

加藤亨


耀子と幸四郎が在席した医療系大学の教授で、同大学病院の外科部長。実はミステリー愛好会の創設者にして、唯一無二の部長だった。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

シラヌイちゃんのお兄さんたち


狐や狼を思わせる容貌を持った兄弟。シラヌイちゃんを母親に会わせようと画策する。

橘風雅(犬里風花)


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女(?)。

白瀬夫妻


シラヌイちゃんの両親。オシラサマと呼ばれている。また、それぞれ馬神様、姫神様とも呼ばれている。

紺野正信(狐正信)


藤沢耀子と白瀬沼藺の高校生時代を知る老人。自称、狐忠信の子孫。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

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