沈む蓬莱島と共に(3)

文字数 1,764文字

 海妖樹に寄生された人は、そのまま死んでしまうのか、あるいは脳手術を受けて治癒されるだろう……。
 寄生している人が死んでしまった海妖樹の苗は、人間ごと火葬されてしまうので生き残れはしない。また、脳手術で取り除かれた幼樹が殺処分されない訳がない。こうして海妖樹は、人間のエゴによって、結局、地球上から抹殺されてしまうのだ。

 一方僕はと云うと、東京に帰るなり、翌日から職場へと復帰した。
 烏丸クリニックの他の先生方には、これまで随分と迷惑を掛けてきた。用事が済んだら、早々に眼科医業に復帰して、溜まった予約を少しでも(こな)して行かねばならない。
 土日は本来、休みの予定なのだが、少しでも仕事をしないと流石に済まな過ぎる。
 と言うより、仕事に行かないで家に居ると、僕は別の、良くないことを考えてしまいそうだったのだ……。

 北海道旅行からの復帰初日の仕事を終え、僕は午後6時に帰路についた。都電の停留所までの道すがら、僕はいつもの習慣で、サイトの状況やメールの有無を確認する。
 別に不思議探偵の仕事がしたかった訳ではない。どちらかと言うと、もう不思議探偵は止めようかと思っている。だから、これはあくまで習慣からきた、条件反射的な行動に過ぎない。
 僕がスマホに集中していると、前からそれを注意する声が聞こえてきた。
「橿原先生、歩きスマホは危険ですよ」
 僕がその声に驚き、顔を上げると、そこには僕が今、一番会いたかった女性の姿があった。
「耀子……先輩……」
 そう、それは蓬莱島で消息を断った、あの藤沢耀子先輩だった……。
「どうしてたんですか……? 僕、心配してたんですよ……」
 僕は年甲斐もなく涙ぐんでしまっていた。いや、年を取るほど、涙脆くなるのかも知れない。
「なに心配してるの……?」
 耀子先輩は最初そう言ったのだが、直ぐに台詞を改めた。
「ご免ね、幸四郎。あの島を海中からも攻撃するので、幸四郎たちには先に島から脱出して貰いたかったの……」
「でも……、良かった……」
 耀子先輩は僕の隣に移動して僕の肩を抱いてくれる。そして、そのまま、僕たちは停車場までの道を並んで歩いて行った。

 耀子先輩は砂地に引き摺り込まれた後、逆に海中まで移動して、魚を操って海妖樹の根鉢に攻撃を加えていたらしい。そして、僕たちが脱出したのを確認すると、海中からマジックミサイルを発射して、陸地に生えている海妖樹の葉や枝を焼き尽くしたのだそうだ。
 どうやら、僕が見た光の筋は、耀子先輩の言うマジックミサイルの軌跡だった様だ。
 そして『どうやって、あんなに長い間、水中にいられたのか?』と僕が問うと、『自分は水中で呼吸が出来る能力を持っているのだ』などと嘯いている。
 こうなると、先輩は本当のことを決して言いはしない。僕はそう云うことにして、そのことを問うのは止めた。

 都電を降り、先輩との帰路が別れるところで僕は先輩にひとつの提案をした。
「それにしても、一つ目鴉や染ノ助君も心配していたんですよ。彼らにも先輩が無事なことを知らせないと……」
「そんなの、橿原先生がやっておいてくださいな」
 冗談じゃない。僕が言ったって、そんなのふたりが信じる訳がない。「悪い冗談だ」と、ふたりは酷く怒るに決まっている。
「困りましたわ……」
 そう云うのは、死んだ振りをする前に、前もって考えておいてくださいよ……。
 とは言っても、先輩に任せたら、このまま有耶無耶にされそうだし、何とかしなければならないだろう。
「どうです、今晩、染ノ助君と加藤部長を呼びますから、耀子先輩も一緒に僕の家に来ませんか? そこで先輩の顔を見れば、みんなも先輩が生きていることを納得しますよ」
「仕方ないわね……。分かったわ。一旦帰ってから、8時ごろ、お邪魔するわね」
 耀子先輩は、僕の提案を承諾し帰っていった。そして、僕は、加藤部長と染ノ助君にメールを入れ、耀子先輩が生きていたことと、彼女が僕の家に来ることを伝え、ふたりを家に誘った。
 彼らも決して暇では無かったと思うのだが、無理してくれたのか、直ぐに来てくれるとの返事が返って来た。正直、嬉しい。
 あと、甘樫さんの奥さんにも、この由を電話で伝え、夕食はご馳走を7人分用意することをお願いした。
 それと……、え~と。奮発して、シャンパンでも買って帰ろうか……。
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

甘樫夫妻


橿原邸に住み込みで家を管理する老夫妻。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

加藤亨


耀子と幸四郎が在席した医療系大学の教授で、同大学病院の外科部長。実はミステリー愛好会の創設者にして、唯一無二の部長だった。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

シラヌイちゃんのお兄さんたち


狐や狼を思わせる容貌を持った兄弟。シラヌイちゃんを母親に会わせようと画策する。

橘風雅(犬里風花)


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女(?)。

白瀬夫妻


シラヌイちゃんの両親。オシラサマと呼ばれている。また、それぞれ馬神様、姫神様とも呼ばれている。

紺野正信(狐正信)


藤沢耀子と白瀬沼藺の高校生時代を知る老人。自称、狐忠信の子孫。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

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