配偶者選び(4)
文字数 2,040文字
青年は倉の口から頭を出して、母親が間違いなく立ち去っていることを確認した。そして、素早く耀子先輩の所に戻ると、時間が惜しいとばかりに早口で彼女に声を掛ける。
「どうもすみません、あの……、こんなことになっちゃて……」
青年は、耀子先輩が他人に全裸を曝していることについて、酷く気にしている様で、彼女に謝罪した。そんなこと、先輩には大したことではないのだが……。
耀子先輩も小さく片目を開き、小声で返事を返す。
「少し恥ずかしいですけど、大丈夫ですよ。気になさらないでくださいね、貴方のせいではありませんから……。あの先生と仕事をしていると、ほんと、こういうことは珍しくないのよ」
おい!
青年は、目の遣り場に困るといった風情で、目を逸らしながら会話を続ける。
「で、これから、どうするお心算ですか?」
「先ず、この儀式の予定を教えてください」
「母の指示で婦人会の方々が白打掛けと綿帽子を持ってここに現れます。そして、あなたは花嫁衣装に着替えさせられ、式場へと運ばれるのです。そこで、時間になったら僕とあなたの結婚式が始まります……」
「あら? 神前、それとも仏式? まさか白無垢で教会ってことはないわよね……。でも、まだ、友だちに結婚式の案内状を出してないのよ。困ったわね……」
「冗談ではないです……。式と言っても神棚の前で、僕が藤沢さんを抱くだけです。僕は朦朧として隣に座らされている藤沢さんの白無垢を古式に乗っ取って全て剥ぎ取り、自らも全裸になって交合います。それで、あなたの体内に僕が射精すれば、式は終りとなるのです……」
「あら、なんかロマンチックね……」
耀子先輩は、青年の「冗談も大概にしろ」と言う無言の圧力を感じ取ったらしく、まともな話をすることにしたようだ。
「で、式は何時に始まるの」
「暮四つ、大体の夜の十時です。式が始まる直前に儀式の銅鐸が鳴らされる筈です」
「場所は?」
「隣の倉です。そこも、ここと同じ板張りの部屋で、五十畳ほどの広さがあります」
「橿原先生にそこに来て貰いましょう。そこで事件の決着をつければ良いでしょうね」
「先生にどうやって伝えましょうか?」
「大丈夫です。先生エッチだから、配偶者選びを、ちゃんと最初から最後まで全部見てる筈ですよ……」
確かに見てましたよ! でも、どっちがエッチなんですか?!
ほら、彼も呆れて言葉を失っている。
「そう言えば、ここにいる女性たちはどうなるのですか? 出来れば、式の間は別の場所に移してくださると助かるのですけど……」
「それなら大丈夫です。藤沢さんが控えの間に移動した後、二つ銅鐸が鳴らされます。それを合図に、候補者を運びこんだ者は、再びここに来て候補者の女性を迎えに来ることになっています。その時、候補者の膝の上には御祝儀が置かれていて、配偶者選びに参加した労が労われることになるのです。勿論、そんなもので、足りるとは僕も思っておりませんが……」
「ま、あれだけ女体を玩具にされちゃ、無料 って訳には行かないわよね……」
「申し訳ないことです。村の方は僕たちの為に、多大な犠牲を払ってくれています。僕たちのことを英雄か何かだと信じて……」
「ま、それはいいわ……。そうして、式が始まる前には、候補者は全員返されていると云う訳ね」
「はい。暮六つまでには迎えに来ることになっています。それで、迎えに行っても倉にいなかった候補者が、配偶者に選ばれた者だと分かるのです。それが家族の一員だった場合、家族はその娘を死んだものとします。医師も死亡診断書を書いてくれますし、埋葬許可書も発行されます」
「もし、誰も迎えに来ない女性がいたら?」
「暮六つになっても、誰も迎えに来ないのは、人ではなく、山に住む物の怪が化けて出た者です。ですから、人が化かされない様に、そのまま山に帰されます……」
「帰される?」
「はい。山に穴を掘って、生きたまま埋められるのです……」
要するに、身寄りの無い女は、生き埋めにして殺されるってことか……。
「ところで、貴方の名前、スサオウ君でいいのかしら?」
「はい、戸籍が無いのですけど、その名前で皆さん呼んでくれます」
「お母様は?」
「クシナダと呼ばれています……」
「クシナダ? それ、お名前? 旧姓は?」
「僕たちに名字はありません。母は、父と結婚した時から、名字も名前も捨ててクシナダとなりました。僕も三歳までは名前が無く、父が死んだ後、父の名前であるスサオウを名乗っているのです。
もし、このまま僕と結婚なされれば、藤沢さんが次のクシナダになります」
「ふ~ん……。スサオウとクシナダねぇ」
そして、式の始まる暮四つ……。
僕は耀子先輩共々、この事件の決着をつけるべく、徒歩で屋敷へと向かい、婚礼の儀の行われる隣の倉へと正面から入っていくことにした。鍵は掛かっていない。青年か耀子先輩が開けておいてくれたのだろう。
そして、式の始まりを告げる銅鐸の音が響く。それを合図に、僕は倉の扉を勢いよく開き、倉の中へと飛び込んだ。
「どうもすみません、あの……、こんなことになっちゃて……」
青年は、耀子先輩が他人に全裸を曝していることについて、酷く気にしている様で、彼女に謝罪した。そんなこと、先輩には大したことではないのだが……。
耀子先輩も小さく片目を開き、小声で返事を返す。
「少し恥ずかしいですけど、大丈夫ですよ。気になさらないでくださいね、貴方のせいではありませんから……。あの先生と仕事をしていると、ほんと、こういうことは珍しくないのよ」
おい!
青年は、目の遣り場に困るといった風情で、目を逸らしながら会話を続ける。
「で、これから、どうするお心算ですか?」
「先ず、この儀式の予定を教えてください」
「母の指示で婦人会の方々が白打掛けと綿帽子を持ってここに現れます。そして、あなたは花嫁衣装に着替えさせられ、式場へと運ばれるのです。そこで、時間になったら僕とあなたの結婚式が始まります……」
「あら? 神前、それとも仏式? まさか白無垢で教会ってことはないわよね……。でも、まだ、友だちに結婚式の案内状を出してないのよ。困ったわね……」
「冗談ではないです……。式と言っても神棚の前で、僕が藤沢さんを抱くだけです。僕は朦朧として隣に座らされている藤沢さんの白無垢を古式に乗っ取って全て剥ぎ取り、自らも全裸になって交合います。それで、あなたの体内に僕が射精すれば、式は終りとなるのです……」
「あら、なんかロマンチックね……」
耀子先輩は、青年の「冗談も大概にしろ」と言う無言の圧力を感じ取ったらしく、まともな話をすることにしたようだ。
「で、式は何時に始まるの」
「暮四つ、大体の夜の十時です。式が始まる直前に儀式の銅鐸が鳴らされる筈です」
「場所は?」
「隣の倉です。そこも、ここと同じ板張りの部屋で、五十畳ほどの広さがあります」
「橿原先生にそこに来て貰いましょう。そこで事件の決着をつければ良いでしょうね」
「先生にどうやって伝えましょうか?」
「大丈夫です。先生エッチだから、配偶者選びを、ちゃんと最初から最後まで全部見てる筈ですよ……」
確かに見てましたよ! でも、どっちがエッチなんですか?!
ほら、彼も呆れて言葉を失っている。
「そう言えば、ここにいる女性たちはどうなるのですか? 出来れば、式の間は別の場所に移してくださると助かるのですけど……」
「それなら大丈夫です。藤沢さんが控えの間に移動した後、二つ銅鐸が鳴らされます。それを合図に、候補者を運びこんだ者は、再びここに来て候補者の女性を迎えに来ることになっています。その時、候補者の膝の上には御祝儀が置かれていて、配偶者選びに参加した労が労われることになるのです。勿論、そんなもので、足りるとは僕も思っておりませんが……」
「ま、あれだけ女体を玩具にされちゃ、
「申し訳ないことです。村の方は僕たちの為に、多大な犠牲を払ってくれています。僕たちのことを英雄か何かだと信じて……」
「ま、それはいいわ……。そうして、式が始まる前には、候補者は全員返されていると云う訳ね」
「はい。暮六つまでには迎えに来ることになっています。それで、迎えに行っても倉にいなかった候補者が、配偶者に選ばれた者だと分かるのです。それが家族の一員だった場合、家族はその娘を死んだものとします。医師も死亡診断書を書いてくれますし、埋葬許可書も発行されます」
「もし、誰も迎えに来ない女性がいたら?」
「暮六つになっても、誰も迎えに来ないのは、人ではなく、山に住む物の怪が化けて出た者です。ですから、人が化かされない様に、そのまま山に帰されます……」
「帰される?」
「はい。山に穴を掘って、生きたまま埋められるのです……」
要するに、身寄りの無い女は、生き埋めにして殺されるってことか……。
「ところで、貴方の名前、スサオウ君でいいのかしら?」
「はい、戸籍が無いのですけど、その名前で皆さん呼んでくれます」
「お母様は?」
「クシナダと呼ばれています……」
「クシナダ? それ、お名前? 旧姓は?」
「僕たちに名字はありません。母は、父と結婚した時から、名字も名前も捨ててクシナダとなりました。僕も三歳までは名前が無く、父が死んだ後、父の名前であるスサオウを名乗っているのです。
もし、このまま僕と結婚なされれば、藤沢さんが次のクシナダになります」
「ふ~ん……。スサオウとクシナダねぇ」
そして、式の始まる暮四つ……。
僕は耀子先輩共々、この事件の決着をつけるべく、徒歩で屋敷へと向かい、婚礼の儀の行われる隣の倉へと正面から入っていくことにした。鍵は掛かっていない。青年か耀子先輩が開けておいてくれたのだろう。
そして、式の始まりを告げる銅鐸の音が響く。それを合図に、僕は倉の扉を勢いよく開き、倉の中へと飛び込んだ。