一つ目鴉と自己像幻視(1)
文字数 2,199文字
ここ一週間、僕は眼科医の仕事も休んで、三鷹にある自分の家に引き込っている。
食事の世話などは、この家の管理人夫婦がしてくれているので、さしあたって不自由をすることはないのだが……。
僕の家と云うのは、大正時代に建てられた洋館で、元々亡くなった叔母の持ち家を、子供の無かった叔母が遺産として僕に遺してくれたものだ。
ただ、僕の持ち家と言っても、管理は住み込みの老夫婦に任せっきりで、僕は学生時代同様に、この家の一室を間借りしているだけに過ぎなかった。
この老夫婦と云うのは叔母の友人で、叔母は僕にこの家を譲る条件として、このご夫婦を管理人として住まわせること。そして、決して、この家を建て替えたり、売りに出さないことを僕に誓わせている。
僕としては、立派な家や広い庭などに全く興味がないにも関わらず、高い住民税を払わされていることに多少不満はあったが、その分、昔と変わらぬ下宿生活を送れること、彼らが無料で家の管理一切をしてくれていることなど、現在の生活に概ね満足している。
で、僕が引き込もりをしている理由だが、実に最低で馬鹿々々しいものだった……。
僕はあるローカルテレビ局に頼まれ、不思議探偵として東京隣県にある廃院になった救急病院を訪ねた。それも、小うるさい地下アイドル女子と一緒にだ。
そこは心霊スポットとして有名な場所で、病院で死んだ患者の幽霊が出ると言っては、暇な心霊マニアが夜な夜な探検すると云う曰 く付きの場所だった。
テレビ局の意向としては、僕に恐怖の心霊スポットを演出して欲しかったのだろうが、別段これと言った物の怪の気配もなく、幽霊の存在などは皆無に等しい。なのに、照明を下から翳したり、隠れたスタッフやらが態と物音を立てたりして、いかにも何かある様に振る舞うのだ。アイドルの方もその度に僕の腕にしがみつく。鬱陶しいにも程がある。
「ここには何もいませんよ。ほら……」
これ以上、静かに暮らしている物の怪や、過去を偲んでいる幽霊などに迷惑をかけたくなかったので、僕は隠れて幽霊の真似をしようとしていたADを暴き、その取材を放棄して、さっさと一人で帰ってしまった……。
恐らく、その報復だと思う。
翌週のゴシップ雑誌の吊り広告に、こんな記事の見出しが出ていた……。
「変態眼科医、少女に夜の特別診療」
その記事に依ると、東京巣鴨にあるK眼科クリニックの敏腕眼科医のK医師は、不思議探偵なるサイトを開設し、何も知らぬ心霊マニアの少女を誘き寄せては、夜な夜な少女たちに心霊治療と称し、ホテルに連れ込んでいた……と
おまけに、この前のアイドルにしがみつかれた僕の写真や、僕には覚えのない少女とホテルに入る中年男のグラビア写真が載せられていて、端に細かい字で「この写真はイメージで、記事とは関係ありません」とご丁寧にも書かれている。
この記事のお陰で、僕のサイトは炎上し、不思議探偵の看板を下ろさなくてはならなくなったし、眼科医の方も烏丸院長から「暫く休む様に」と登院停止処分を受けた。
烏丸院長は、別に僕を疑っている訳ではない様だったが、僕が居ることで病院に石を投げたり、訳の分からない抗議をしてくる奴が引っ切り無しに来る状況では、流石に僕を登院させる訳には行かなくなったらしい。
看護師どもなどは、他人事だと思って勝手なことを言いまくっている。藤沢さんまで「そう言えば、橿原先生、この前の週末、駅で見かけたんですけど、二十歳そこそこの女性と二人だけで旅行されてませんでした? その方と一緒に、温泉にでも浸かってたのですか?」などと言って馬鹿にするのだ。
確かに一緒に温泉に入りましたけどね。あの時、一緒した女性って、特殊メークした耀子先輩じゃないですか。全く……。本当に勘弁してくださいよ……。
尚、僕の自宅にも、車庫の車に石を投げ付けたり、庭にゴミを投げ込むと言った、酷いイタズラをする奴が何人か現れていた。だが、それについては一つ目鴉が僕の代わりにそいつらを撃退してくれてたので、今のところ、直接の被害は何とか免れている。
一つ目鴉と云うのは、最近、勝手に家 に住み着いたはぐれ鴉のことで、老夫婦が片付け忘れた食い物を、奴は日々の糧として暮らしていると云う居候だ。
野生生物を無許可で飼ったり、餌を与えるのは善いことではない。現に、猫に餌をやることで、鴉が集まり、町の迷惑になっていると云う話は僕も良く耳にする。
だが、老夫婦が食卓に食べ物を置き忘れるのだから仕方がないだろう。
それに、老夫婦に「鴉を追い払らえ」と命じるのは簡単だが、野生動物保護の観点から、棒などで追い払うのも好ましくない。だから、僕は「食べ物を置きっぱなしにしない様に」と彼らに注意するしかないのだ。
一つ目鴉も心得えたもので、決して仲間を呼んだりはせず、家の敷地より外に滅多に出ることもない。恐らく、ご近所さんは、一つ目鴉が僕の家に住み着いていることなど、知りもしないのじゃないかと思う。
また、彼はマナーも弁えていて、部屋の中で糞はせず、必ず庭の決められた場所で用を済ませている。食事も食べ散らかしたりせず、実に綺麗なものだ。
この為、一つ目鴉が僕と同じ食卓に着くことも最近多くなってきた。そんな時、老夫婦は、一人分の食事を余分にテーブルに置き忘れているのだから、本当に困ったものだ。
食事の世話などは、この家の管理人夫婦がしてくれているので、さしあたって不自由をすることはないのだが……。
僕の家と云うのは、大正時代に建てられた洋館で、元々亡くなった叔母の持ち家を、子供の無かった叔母が遺産として僕に遺してくれたものだ。
ただ、僕の持ち家と言っても、管理は住み込みの老夫婦に任せっきりで、僕は学生時代同様に、この家の一室を間借りしているだけに過ぎなかった。
この老夫婦と云うのは叔母の友人で、叔母は僕にこの家を譲る条件として、このご夫婦を管理人として住まわせること。そして、決して、この家を建て替えたり、売りに出さないことを僕に誓わせている。
僕としては、立派な家や広い庭などに全く興味がないにも関わらず、高い住民税を払わされていることに多少不満はあったが、その分、昔と変わらぬ下宿生活を送れること、彼らが無料で家の管理一切をしてくれていることなど、現在の生活に概ね満足している。
で、僕が引き込もりをしている理由だが、実に最低で馬鹿々々しいものだった……。
僕はあるローカルテレビ局に頼まれ、不思議探偵として東京隣県にある廃院になった救急病院を訪ねた。それも、小うるさい地下アイドル女子と一緒にだ。
そこは心霊スポットとして有名な場所で、病院で死んだ患者の幽霊が出ると言っては、暇な心霊マニアが夜な夜な探検すると云う
テレビ局の意向としては、僕に恐怖の心霊スポットを演出して欲しかったのだろうが、別段これと言った物の怪の気配もなく、幽霊の存在などは皆無に等しい。なのに、照明を下から翳したり、隠れたスタッフやらが態と物音を立てたりして、いかにも何かある様に振る舞うのだ。アイドルの方もその度に僕の腕にしがみつく。鬱陶しいにも程がある。
「ここには何もいませんよ。ほら……」
これ以上、静かに暮らしている物の怪や、過去を偲んでいる幽霊などに迷惑をかけたくなかったので、僕は隠れて幽霊の真似をしようとしていたADを暴き、その取材を放棄して、さっさと一人で帰ってしまった……。
恐らく、その報復だと思う。
翌週のゴシップ雑誌の吊り広告に、こんな記事の見出しが出ていた……。
「変態眼科医、少女に夜の特別診療」
その記事に依ると、東京巣鴨にあるK眼科クリニックの敏腕眼科医のK医師は、不思議探偵なるサイトを開設し、何も知らぬ心霊マニアの少女を誘き寄せては、夜な夜な少女たちに心霊治療と称し、ホテルに連れ込んでいた……と
噂されている
のだそうだ。おまけに、この前のアイドルにしがみつかれた僕の写真や、僕には覚えのない少女とホテルに入る中年男のグラビア写真が載せられていて、端に細かい字で「この写真はイメージで、記事とは関係ありません」とご丁寧にも書かれている。
この記事のお陰で、僕のサイトは炎上し、不思議探偵の看板を下ろさなくてはならなくなったし、眼科医の方も烏丸院長から「暫く休む様に」と登院停止処分を受けた。
烏丸院長は、別に僕を疑っている訳ではない様だったが、僕が居ることで病院に石を投げたり、訳の分からない抗議をしてくる奴が引っ切り無しに来る状況では、流石に僕を登院させる訳には行かなくなったらしい。
看護師どもなどは、他人事だと思って勝手なことを言いまくっている。藤沢さんまで「そう言えば、橿原先生、この前の週末、駅で見かけたんですけど、二十歳そこそこの女性と二人だけで旅行されてませんでした? その方と一緒に、温泉にでも浸かってたのですか?」などと言って馬鹿にするのだ。
確かに一緒に温泉に入りましたけどね。あの時、一緒した女性って、特殊メークした耀子先輩じゃないですか。全く……。本当に勘弁してくださいよ……。
尚、僕の自宅にも、車庫の車に石を投げ付けたり、庭にゴミを投げ込むと言った、酷いイタズラをする奴が何人か現れていた。だが、それについては一つ目鴉が僕の代わりにそいつらを撃退してくれてたので、今のところ、直接の被害は何とか免れている。
一つ目鴉と云うのは、最近、勝手に
野生生物を無許可で飼ったり、餌を与えるのは善いことではない。現に、猫に餌をやることで、鴉が集まり、町の迷惑になっていると云う話は僕も良く耳にする。
だが、老夫婦が食卓に食べ物を置き忘れるのだから仕方がないだろう。
それに、老夫婦に「鴉を追い払らえ」と命じるのは簡単だが、野生動物保護の観点から、棒などで追い払うのも好ましくない。だから、僕は「食べ物を置きっぱなしにしない様に」と彼らに注意するしかないのだ。
一つ目鴉も心得えたもので、決して仲間を呼んだりはせず、家の敷地より外に滅多に出ることもない。恐らく、ご近所さんは、一つ目鴉が僕の家に住み着いていることなど、知りもしないのじゃないかと思う。
また、彼はマナーも弁えていて、部屋の中で糞はせず、必ず庭の決められた場所で用を済ませている。食事も食べ散らかしたりせず、実に綺麗なものだ。
この為、一つ目鴉が僕と同じ食卓に着くことも最近多くなってきた。そんな時、老夫婦は、一人分の食事を余分にテーブルに置き忘れているのだから、本当に困ったものだ。