幽霊医者の依頼(2)

文字数 1,711文字

 僕に代って、一つ目鴉が幽霊の華佗にそれを問い質す。うん、偉いぞ鴉!
「おい、お前は公主様たちに、どうやって島まで行かせる心算だ?!」
「そんなのは、耀公主に一任じゃ。決まっておろう……」
 僕と一つ目鴉は、唖然(あぜん)として華佗の台詞を聞いていた。しかし、耀子先輩は当然と言った表情で笑みを湛えている。
「では、仕方ありませんね。松野さんには申し訳ありませんが、お言葉に甘えさせて下さい。その代わり、松野さんを危険な目には、絶対会わせたりしませんから……」
 ま、まあ、確かに仕方ないか……。
「それでは……。橿原先生は、明後日からなら3日位はお休み出来ますよね。松野さんは何日からなら宜しいですか?」
「私なら何日だって構いやしませんよ」
 今回は土日限定活動なんて言っていられないだろう。明後日からなら、手術の予定も今の処ないし診察も休める筈だ。部長が明後日からでオーケーなら、出発は明後日だな!
「じゃあ、部長次第ですかね。加藤部長は何時(いつ)からなら大丈夫ですか?」
 だが華佗は、僕の問いに予想外の答えを口にする。
「何を言っとる。儂は行かんぞ」
「はぁ?!」
 僕だけでなく、染ノ助君や一つ目鴉も、彼の言葉が理解できず、暫しの間、茫然と口を開けてしまった。
「加藤は海妖樹の除去手術が溜まっておるのじゃ。休める訳が無かろう。だからこそ、この役目をお主らに頼むのではないか!」
 そう言われれば、確かにそうなのかも知れない……が、何となく、無責任じゃないのか? それって……。
 耀子先輩はそんなこと気にもせず、淡々と段取りを決めていく。
「では、明後日……。松野さんの方で船の手配をお願い出来ますか? 松野さんと先生の稚内空港までの航空券は、私の方で何とかします。主発時刻が分かりましたら、お電話致しますわ」
「耀子先輩はどうするんです?」
「私は先行して移動します。この子も連れて行かねばなりませんしね……。当日、最終の世文島行きのフェリーで合流しましょう」
 耀子先輩はそう言うと、一つ目鴉の頭をそっと撫でたのだった。

 明後日、僕は朝一番の便で羽田を発った。隣の席には、松野染ノ助君。耀子先輩は僕たちに同じ便を用意してくれていたのだ。
「お父様、不思議に思いませんでしたか? 何日も舞台を空けてしまって……」
「いいえ。不思議探偵の手伝いをするって言ったら、『おう、頑張ってこい!』って背中を押されちゃいましたよ。『お前には、良い経験になるだろうぜ』なんて言われて……」
 なんか、変な世界だなぁ……。
「変なことに巻き込んでしまいましたね」
 僕の言葉に、染ノ助君は何でもないとばかりに笑って首を横に振る。
「いえ寧ろ、不思議探偵の仕事に加われるのが私には楽しいし、とても光栄なんですよ。私は妖怪変化とかが大好きなんです。舞台では色んな(あやかし)の役があり、そいつらに扮することもあるんですよ。ですからね、なんか身近な感じがしましてねぇ……。大きな声じゃぁ言えませんが、役者仲間には(あやかし)と付き合いのある奴だって、いる位ですからね」
 成程、これでひとつ謎が解けた。僕は染ノ助君の一つ目鴉を見た時の反応があまりに薄かったので、「この人、何者なんだ?」と訝っていたのだ。
 大体、このパタンで、正体は耀子先輩の姪御さんだったりとか、古い友だちだったなんてオチが、これまでにも何度かあった……。
 耀子先輩には妖怪の友人が結構いるので、時々そんな連中が、お忍びで調査に協力してくれてたりもする。今回もそうではないかと僕は密かに疑っていたのだ。
「それで一つ目鴉を見ても、染ノ助君は少しも驚かなかったんですね」
「私だって驚きましたよ。『流石、不思議探偵橿原幸四郎だな』って。本当、羨ましかったです。喋る鴉を飼っているなんて……」
「飼ってるんじゃないですよ。あいつは勝手に居着いたんです。それに、僕よりも甘樫さんや耀子先輩の方に懐いていますしね」
「はははは」
 一つ目鴉がいなければ、耀子先輩もこの飛行機に乗ったのだろうが、あいつじゃ手荷物にもならんし、狭い鳥籠で運ばれるなんて、絶対納得しないだろうしな……。
 となると、先輩の(タイカン)で移動かな?
 だが、そうまでして奴を連れていく意味、あるのだろうか?
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

甘樫夫妻


橿原邸に住み込みで家を管理する老夫妻。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

加藤亨


耀子と幸四郎が在席した医療系大学の教授で、同大学病院の外科部長。実はミステリー愛好会の創設者にして、唯一無二の部長だった。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

シラヌイちゃんのお兄さんたち


狐や狼を思わせる容貌を持った兄弟。シラヌイちゃんを母親に会わせようと画策する。

橘風雅(犬里風花)


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女(?)。

白瀬夫妻


シラヌイちゃんの両親。オシラサマと呼ばれている。また、それぞれ馬神様、姫神様とも呼ばれている。

紺野正信(狐正信)


藤沢耀子と白瀬沼藺の高校生時代を知る老人。自称、狐忠信の子孫。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

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