青年の村(3)
文字数 1,786文字
日本の村は物の怪に満ちている。失礼な表現だが、昆虫なんかと一緒だ。
探せばどこかに必ずいるし、当たり前の様に道端に佇んでいたりもする。いると考えてしまえば怖いものでもないし、大概の物の怪は悪さをしない。偶に悪質なのもいないではないが、それは獣でも一緒で、熊にでも出くわそうものなら、妖怪に出くわすよりも危機的な状況に追い込まれてしまう。
妖怪とは、いないモノの気配がするから、不思議だし怖いのだ。最初からいると分かってしまえば、鬱陶しくはあっても、別段怖いモノではない。
だが、この村の状況は、それより遥かに恐ろしいものだ……。想像して欲しい。里山に行ったのだが、虫が一匹もいないと云う状況を……。そして、考えて欲しい。そのような村の環境を……。
「最近、村で、物の怪用の殺虫剤でも散布したんでしょうかね……?」
「あら、やだわ……。私にも害があったら、どうしましょう……?」
耀子先輩は僕の引きつった冗談に、軽口で返す。ただ、いつものキレは望めない様だ。
「それにしても、これは一体……」
「多分、弱い物の怪が怖れる、何かがいるからだと思いますわ」
「そんな強い妖怪が?」
「あるいは、妖怪の天敵の様なもの……」
僕は耀子先輩の「妖怪の天敵」と云う意味が良く分からなかった。ここには、妖怪祓い師でも住んでいると云うのだろうか?
まぁ、それはどうでもいい。ただ、ここは既に、敵地の中だと認識しておく必要だけはありそうだ。
「耀子先輩、これから、どうしますか?」
「そうですね……。村人に倉のことを訊いたとしても、教えてくれるとは限らないでしょうねぇ……。だったら、友人だって彼が言っていた、克哉と云う青年に会ってみてはどうかしら? その人の家なら、きっと村の人も、警戒せずに私たちに教えてくれるんじゃないかと思いますよ」
僕は、耀子先輩の言葉に従うことにした。
僕と耀子先輩は、暫く村の一本道を進んで行った。すると、農家のお嫁さんらしき女性に出会す。僕はその女性に克哉と云う人物の居所を訪ねた。
「すみません、この村に、克哉さんと仰有る方、いらっしゃいませんか?」
女性は愛想良く笑い、僕のお辞儀と同じくらい低く頭を下げてから、僕の問いに答えてくれた。
「克哉さんなら、この先の水車小屋の次の家に住んどりますよ。それにしても、別嬪さんだねぇ。あんたの娘さんかね?」
そうか……。普通に考えると、僕たちの姿は親子連れに見えるのか……。
「ええ。そんなところです……」
僕はそう言ってから、馬鹿な返事をしたものだと気が付いた。そんなとこって、どんなとこだ? それじゃ親子ではなく、年の離れた別の関係ってことじゃないか?!
「成程ねぇ。スサオウ様のお目に停まると良いねぇ……。ま、駄目でも御祝儀が出るだろうから、楽しみにしてらっしゃい」
女性はそう言うと、ニヤニヤと笑いながら、僕たちが今来た方へと歩いて行ってしまう。どうやら、耀子先輩は、青年の嫁候補と思われた様だ。
「ええ。それで、橿原先生は私を売り付けにきた奴隷商人ってところかしらね?」
「奴隷商人は酷いですね……」
「でも、そうやって、女性が集められているってことの様よ……」
耀子先輩は、そう僕にこの状況を説明した。正直、僕にはとても信じられない。そんな野蛮な風習が、現代日本にまだ残っているなんて……。
「でも、私たちの関係を、予め決めておく必要はありそうね。そうね……、奴隷商人は『許可証を見せろ』とか言われそうだから、表向きは、克哉君の知り合いで、彼に会いに来て、山歩きの途中、山道に迷った親子なんて所でどうかしら……?」
「それで、上手く行きますかねぇ?」
「どうかしらね……。この村はどうも、用のない人間は、決してやって来ることが無い村みたいですものね……」
「そうですね……」
女性が話してくれた家は、直ぐに見つかった。僕は失礼ながら、水車小屋に毛の生えた様な小さな家を想像していたのだが、なんと、それは烏丸眼科のビルと駐車場を合わせた広さの敷地を、腰ほどの高さの石垣が囲い、石垣の上をイヌツゲが目隠しの為にぐるりと植えられていると云った、いかにも豪農と云う風情のお屋敷であった。
「ここが克哉さんのお宅らしいわね……」
そう判断した耀子先輩と僕は、生垣の切れ目を探し、その屋敷の入口らしい門から、その家の敷地内へと歩を進めていったのである。
探せばどこかに必ずいるし、当たり前の様に道端に佇んでいたりもする。いると考えてしまえば怖いものでもないし、大概の物の怪は悪さをしない。偶に悪質なのもいないではないが、それは獣でも一緒で、熊にでも出くわそうものなら、妖怪に出くわすよりも危機的な状況に追い込まれてしまう。
妖怪とは、いないモノの気配がするから、不思議だし怖いのだ。最初からいると分かってしまえば、鬱陶しくはあっても、別段怖いモノではない。
だが、この村の状況は、それより遥かに恐ろしいものだ……。想像して欲しい。里山に行ったのだが、虫が一匹もいないと云う状況を……。そして、考えて欲しい。そのような村の環境を……。
「最近、村で、物の怪用の殺虫剤でも散布したんでしょうかね……?」
「あら、やだわ……。私にも害があったら、どうしましょう……?」
耀子先輩は僕の引きつった冗談に、軽口で返す。ただ、いつものキレは望めない様だ。
「それにしても、これは一体……」
「多分、弱い物の怪が怖れる、何かがいるからだと思いますわ」
「そんな強い妖怪が?」
「あるいは、妖怪の天敵の様なもの……」
僕は耀子先輩の「妖怪の天敵」と云う意味が良く分からなかった。ここには、妖怪祓い師でも住んでいると云うのだろうか?
まぁ、それはどうでもいい。ただ、ここは既に、敵地の中だと認識しておく必要だけはありそうだ。
「耀子先輩、これから、どうしますか?」
「そうですね……。村人に倉のことを訊いたとしても、教えてくれるとは限らないでしょうねぇ……。だったら、友人だって彼が言っていた、克哉と云う青年に会ってみてはどうかしら? その人の家なら、きっと村の人も、警戒せずに私たちに教えてくれるんじゃないかと思いますよ」
僕は、耀子先輩の言葉に従うことにした。
僕と耀子先輩は、暫く村の一本道を進んで行った。すると、農家のお嫁さんらしき女性に出会す。僕はその女性に克哉と云う人物の居所を訪ねた。
「すみません、この村に、克哉さんと仰有る方、いらっしゃいませんか?」
女性は愛想良く笑い、僕のお辞儀と同じくらい低く頭を下げてから、僕の問いに答えてくれた。
「克哉さんなら、この先の水車小屋の次の家に住んどりますよ。それにしても、別嬪さんだねぇ。あんたの娘さんかね?」
そうか……。普通に考えると、僕たちの姿は親子連れに見えるのか……。
「ええ。そんなところです……」
僕はそう言ってから、馬鹿な返事をしたものだと気が付いた。そんなとこって、どんなとこだ? それじゃ親子ではなく、年の離れた別の関係ってことじゃないか?!
「成程ねぇ。スサオウ様のお目に停まると良いねぇ……。ま、駄目でも御祝儀が出るだろうから、楽しみにしてらっしゃい」
女性はそう言うと、ニヤニヤと笑いながら、僕たちが今来た方へと歩いて行ってしまう。どうやら、耀子先輩は、青年の嫁候補と思われた様だ。
「ええ。それで、橿原先生は私を売り付けにきた奴隷商人ってところかしらね?」
「奴隷商人は酷いですね……」
「でも、そうやって、女性が集められているってことの様よ……」
耀子先輩は、そう僕にこの状況を説明した。正直、僕にはとても信じられない。そんな野蛮な風習が、現代日本にまだ残っているなんて……。
「でも、私たちの関係を、予め決めておく必要はありそうね。そうね……、奴隷商人は『許可証を見せろ』とか言われそうだから、表向きは、克哉君の知り合いで、彼に会いに来て、山歩きの途中、山道に迷った親子なんて所でどうかしら……?」
「それで、上手く行きますかねぇ?」
「どうかしらね……。この村はどうも、用のない人間は、決してやって来ることが無い村みたいですものね……」
「そうですね……」
女性が話してくれた家は、直ぐに見つかった。僕は失礼ながら、水車小屋に毛の生えた様な小さな家を想像していたのだが、なんと、それは烏丸眼科のビルと駐車場を合わせた広さの敷地を、腰ほどの高さの石垣が囲い、石垣の上をイヌツゲが目隠しの為にぐるりと植えられていると云った、いかにも豪農と云う風情のお屋敷であった。
「ここが克哉さんのお宅らしいわね……」
そう判断した耀子先輩と僕は、生垣の切れ目を探し、その屋敷の入口らしい門から、その家の敷地内へと歩を進めていったのである。