須佐皇と奇し姫(2)
文字数 2,681文字
思わず僕は、耀子先輩の言葉を鸚鵡返しに繰り返していた。
「この事件の絡繰り?」
「そうよ。私は酷く納得いかなかった……。どうして倉に拉致された女性は、全員が全員、従順に死の運命を受け入れていたのかってことに……」
「それは八魔多の封印を護る為でしょう? そうして、身を捨てて、この地を護っていたんじゃないのですか?」
「橿原先生、先生は本当にそんな話を信じているんですか?」
「信じるのですかって??」
「誰もがみんな、あんな話に絆されて、死を受け入れて来たなんて、可笑しいとは思いませんか? そりゃ中には、そう云う娘もいたかも知れないですよ。でもね、私みたいに『どうして人の為に死ななきゃいけないの?』って考える娘だって絶対いた筈です。あるいは『そんな話、嘘に決まってる!』って端 から話を信じない娘だっていたでしょう……。それなのに、どうして、こんな馬鹿げた風習が今日 まで残っていると思うのですか? そんなの、あり得ないでしょう?」
それには青年が反論する。
「現に僕と母は倉で暮していたんです。嘘じゃありません。現実に仕来たりは護られています。これをどう説明するんですか?!」
「それはね、この風習を作った人自身が、この風習を護っているからなのよ……」
「え?! 何が言いたいんですか……?」
「貴方のお母さん、人間じゃあないわね。危し姫と云う名の恐ろしい魔物に憑依されている……。ま、文字通りの化け物ね!」
「失礼にも程があります! 僕の母は、女手一つで僕を育ててくれた立派な母です!!」
青年は、耀子先輩に殴り掛からんばかりの勢いだ。だが、耀子先輩はその言葉の拳を軽々と肩透かしで躱していく。
「貴方の先祖が新婦と交合すると同時に、危し姫はその結婚相手に憑依し直して、無限の時間を生きながらえていったのよ。そして、抜け殻となった母親の方は、生かしておく訳にも行かないので、憑依を解除する寸前に、自殺させて殺していったんだと思うわ」
「そんな馬鹿な……」
「貴方の治癒力、随分と強かったわね。そんな何代も何代も人間と交配して行ったら、二代目は偶然初代より能力が増すことがあるかも知れないけど、普通、徐々に初代の能力は失われていくものなのよ。貴方は、寧ろ悪魔の血が濃くなっている感じだったわ。その理由が、ここに来て、私にもやっと分かった。スサオウと結婚した女性は、皆 、危し姫だったのよ!」
「そ、そんな……」
「そして、貴方自身にも……」
「な、何を言っているんですか……」
「生まれてからの三年間、乳児は夭逝することも多いので、その間は単なる人間のままとし。子供が三歳になった時、父親は無限の命を得る為、琰と云う水晶玉を使って息子へと憑依し直す。憑依された息子はそうとも知らず一人の人間として育つ。そして、これは想像だけど、子供は新しい危し姫と結婚した時に、覚醒して再び須佐皇となる。
そして、その循環をコントロールしているのが、もう一人の時空の漂流者であった危し姫……。彼女は息子の結婚相手として憑代を探させてきては、それに憑依して子供を産み、次の須佐皇の憑代を準備してきた……」
「ぼ、僕は、須佐皇なんかじゃない!!」
「ええ、貴方は人間よ。今はね。でも、須佐皇の意識が覚醒し、貴方の肉体を乗っ取ったら、貴方は人間から須佐皇へと変わってしまうのよ」
僕は耀子先輩へと、これまで溜めていた疑問をぶつけてみた。
「耀子先輩、危し姫は八魔多の生け贄、この日本に土着の古代人だったんじゃないのですか? それが何で、魔力を持って憑依なんか出来たりするんです?」
「それはね、危し姫が生け贄だったって話は、彼女の作り話……、全部嘘だからよ。恐らく村人にも、そうやって、ずっと説明してきたのだと思うけどね……」
「……」
「この村に八魔多が封印されて、スサオウ様が封印を護っているって言うのも嘘っぱち。全ては、須佐皇と奇し姫が永遠の命を永らえる為、結婚して子供が三歳を迎えるまでの蜜月期間を永遠に繰り返す為の、奇し姫の偽りだったのよ!!」
「そんな……」
耀子先輩は青年の隣の席から、やおら立ち上がると、ゆっくりと僕の方へと歩いて来る。そして、奇し姫と名指しされた青年の母親の脇をすり抜ける際に、彼女にひとつの問いを投げ掛けた。
「そう言えば、生き残った八魔多って奴の名前を聞いてなかったわよね……。お義母様、その方、何てお名前だったのかしら?」
耀子先輩の話している間、ずっと沈黙を守っていた青年の母は、それを聞いて再び口に手を当てて笑い出した。
「人間にしておくのが、ほんに惜しい女子よのう。そうじゃ。生き残った八魔多こそが須佐皇! 須佐皇と私は仲間を裏切り、この地に隠れ住むことにしたのじゃ」
青年の母はその正体を現した。彼女は別時空から来た恐ろしい魔物だったのだ。そして、それを耀子先輩は既に見破っていた!
「耀子先輩! 後は、この奇し姫を倒して、村に平和を齎すだけですね!!」
「何言ってるの? 橿原先生……。もう依頼は済んだから帰りますよ」
「へ?」
「忘れたんですか? 依頼内容を……」
青年の依頼内容は……。確か……。
だが、その答えは、僕が思い出す前に、耀子先輩が自分で口にする。
「何故、子孫を残さなくちゃいけないのか?
何故、両親が死ななければならないのか?
確か、この二つの謎を解き明かすことが依頼内容だったと思いますけどねぇ。ならば、もう目的は充分達したと思いますよ。どうです? スサオウ君……」
耀子先輩は僕に説明した上で、最後に青年にも確認を取った。
「ええ。でも……」
「そうですよ! 村人は危し姫に騙されているんですよ。それに、罪も無い女性が彼らの餌食になっているんです。放っておける訳がないでしょう?!」
だが、耀子先輩は、全く興味がないとばかりに溜息を吐いた。
「橿原先生、村人が騙されているとは言え、本人たちも日本を救う英雄気分で楽しんでいるじゃないですか? 確かに、生け贄となった女性に関しては可哀想ですけど、精々一世代……、約二十年に一人程度でしょう? 他の花嫁候補は記憶を失くして帰されているだけみたいだし、それくらい、別にいいじゃないですか?
人身売買とか性虐待とか、もっと酷いことが世界では幾らでも行われているんですよ。そんなことまで、私たちは面倒見切れませんよね? なら、なんで人間の犯人は見逃して、この二人は許せないんですか?
抑々、倉に拉致された彼の母親を助けるにしても、彼女が望んでしていることですから、助けようがないじゃないですか?」
た、確かに、それは、そうなのだが……。
「この事件の絡繰り?」
「そうよ。私は酷く納得いかなかった……。どうして倉に拉致された女性は、全員が全員、従順に死の運命を受け入れていたのかってことに……」
「それは八魔多の封印を護る為でしょう? そうして、身を捨てて、この地を護っていたんじゃないのですか?」
「橿原先生、先生は本当にそんな話を信じているんですか?」
「信じるのですかって??」
「誰もがみんな、あんな話に絆されて、死を受け入れて来たなんて、可笑しいとは思いませんか? そりゃ中には、そう云う娘もいたかも知れないですよ。でもね、私みたいに『どうして人の為に死ななきゃいけないの?』って考える娘だって絶対いた筈です。あるいは『そんな話、嘘に決まってる!』って
それには青年が反論する。
「現に僕と母は倉で暮していたんです。嘘じゃありません。現実に仕来たりは護られています。これをどう説明するんですか?!」
「それはね、この風習を作った人自身が、この風習を護っているからなのよ……」
「え?! 何が言いたいんですか……?」
「貴方のお母さん、人間じゃあないわね。危し姫と云う名の恐ろしい魔物に憑依されている……。ま、文字通りの化け物ね!」
「失礼にも程があります! 僕の母は、女手一つで僕を育ててくれた立派な母です!!」
青年は、耀子先輩に殴り掛からんばかりの勢いだ。だが、耀子先輩はその言葉の拳を軽々と肩透かしで躱していく。
「貴方の先祖が新婦と交合すると同時に、危し姫はその結婚相手に憑依し直して、無限の時間を生きながらえていったのよ。そして、抜け殻となった母親の方は、生かしておく訳にも行かないので、憑依を解除する寸前に、自殺させて殺していったんだと思うわ」
「そんな馬鹿な……」
「貴方の治癒力、随分と強かったわね。そんな何代も何代も人間と交配して行ったら、二代目は偶然初代より能力が増すことがあるかも知れないけど、普通、徐々に初代の能力は失われていくものなのよ。貴方は、寧ろ悪魔の血が濃くなっている感じだったわ。その理由が、ここに来て、私にもやっと分かった。スサオウと結婚した女性は、
「そ、そんな……」
「そして、貴方自身にも……」
「な、何を言っているんですか……」
「生まれてからの三年間、乳児は夭逝することも多いので、その間は単なる人間のままとし。子供が三歳になった時、父親は無限の命を得る為、琰と云う水晶玉を使って息子へと憑依し直す。憑依された息子はそうとも知らず一人の人間として育つ。そして、これは想像だけど、子供は新しい危し姫と結婚した時に、覚醒して再び須佐皇となる。
そして、その循環をコントロールしているのが、もう一人の時空の漂流者であった危し姫……。彼女は息子の結婚相手として憑代を探させてきては、それに憑依して子供を産み、次の須佐皇の憑代を準備してきた……」
「ぼ、僕は、須佐皇なんかじゃない!!」
「ええ、貴方は人間よ。今はね。でも、須佐皇の意識が覚醒し、貴方の肉体を乗っ取ったら、貴方は人間から須佐皇へと変わってしまうのよ」
僕は耀子先輩へと、これまで溜めていた疑問をぶつけてみた。
「耀子先輩、危し姫は八魔多の生け贄、この日本に土着の古代人だったんじゃないのですか? それが何で、魔力を持って憑依なんか出来たりするんです?」
「それはね、危し姫が生け贄だったって話は、彼女の作り話……、全部嘘だからよ。恐らく村人にも、そうやって、ずっと説明してきたのだと思うけどね……」
「……」
「この村に八魔多が封印されて、スサオウ様が封印を護っているって言うのも嘘っぱち。全ては、須佐皇と奇し姫が永遠の命を永らえる為、結婚して子供が三歳を迎えるまでの蜜月期間を永遠に繰り返す為の、奇し姫の偽りだったのよ!!」
「そんな……」
耀子先輩は青年の隣の席から、やおら立ち上がると、ゆっくりと僕の方へと歩いて来る。そして、奇し姫と名指しされた青年の母親の脇をすり抜ける際に、彼女にひとつの問いを投げ掛けた。
「そう言えば、生き残った八魔多って奴の名前を聞いてなかったわよね……。お義母様、その方、何てお名前だったのかしら?」
耀子先輩の話している間、ずっと沈黙を守っていた青年の母は、それを聞いて再び口に手を当てて笑い出した。
「人間にしておくのが、ほんに惜しい女子よのう。そうじゃ。生き残った八魔多こそが須佐皇! 須佐皇と私は仲間を裏切り、この地に隠れ住むことにしたのじゃ」
青年の母はその正体を現した。彼女は別時空から来た恐ろしい魔物だったのだ。そして、それを耀子先輩は既に見破っていた!
「耀子先輩! 後は、この奇し姫を倒して、村に平和を齎すだけですね!!」
「何言ってるの? 橿原先生……。もう依頼は済んだから帰りますよ」
「へ?」
「忘れたんですか? 依頼内容を……」
青年の依頼内容は……。確か……。
だが、その答えは、僕が思い出す前に、耀子先輩が自分で口にする。
「何故、子孫を残さなくちゃいけないのか?
何故、両親が死ななければならないのか?
確か、この二つの謎を解き明かすことが依頼内容だったと思いますけどねぇ。ならば、もう目的は充分達したと思いますよ。どうです? スサオウ君……」
耀子先輩は僕に説明した上で、最後に青年にも確認を取った。
「ええ。でも……」
「そうですよ! 村人は危し姫に騙されているんですよ。それに、罪も無い女性が彼らの餌食になっているんです。放っておける訳がないでしょう?!」
だが、耀子先輩は、全く興味がないとばかりに溜息を吐いた。
「橿原先生、村人が騙されているとは言え、本人たちも日本を救う英雄気分で楽しんでいるじゃないですか? 確かに、生け贄となった女性に関しては可哀想ですけど、精々一世代……、約二十年に一人程度でしょう? 他の花嫁候補は記憶を失くして帰されているだけみたいだし、それくらい、別にいいじゃないですか?
人身売買とか性虐待とか、もっと酷いことが世界では幾らでも行われているんですよ。そんなことまで、私たちは面倒見切れませんよね? なら、なんで人間の犯人は見逃して、この二人は許せないんですか?
抑々、倉に拉致された彼の母親を助けるにしても、彼女が望んでしていることですから、助けようがないじゃないですか?」
た、確かに、それは、そうなのだが……。