プリンセスバトル再び(1)

文字数 1,918文字

「ヨーコ、スタンディングオベーション!」
 耀子先輩はそう言うと、両手を高く拍手を始めた。シラヌイちゃんも思わず足を止め、その奇怪な動きに困惑の表情を浮かべる。
「ビックウェーブ!!」
 そして、耀子先輩は、ヒンズースクワットの様に膝を曲げ伸ばし、それに合わせて両手も上下させだした。 
 何なのだ、これは……?
 大体、耀子先輩が名前を叫んでから出す技は、ウケ狙いのおふざけであることが多い。それにしても間抜けな格好だ……。
 あ、あれ?
 耀子先輩の姿が2人に見える。それが交互に身体を上下させているのだ。だが良く見ると2人ではない。3人、いや4人だ。よ、耀子先輩の数が、どんどん横に広がって増えていってる。そして増えるに従って、上下の動きがずれて波の様に見えてくるのだ!
 し、しかし、横1列ではビックウェーブと云う気がしない。もっと大人数でウェーブを創らないと……。
 僕がそう思ったせいだろうか? 耀子先輩の影が縦にも幾重に重なって見える。
 こうして僕が、その変化に驚嘆している間に、耀子先輩はシラヌイちゃんの周りをグルリと取り囲んでいた。
「これは何の冗談かしら?」
「沼藺が逃げないようにね」
「馬鹿々々しい……」
 シラヌイちゃんは、その場で右拳を高く差し上げ、瞬間に手を開いた。すると、テレビ画面全体が白く閃光に包まれる。
 目の前に、緑色の四角い残像が暫く残った。それ程の輝きである。正直、眼科医としては、この様な光を目にすることは、あまり奨められない。
「ふわっ、急なんだもん!」
 風花ちゃんも、目を擦りながらそう呟く。僕は何が起こったのか、この機会に彼女に尋ねてみた。すると……。
(あね)様、右手をストロボに化かしたのよ。それで耀子さんの幻を消したんだわ」
 成程、あれは幻だったのか……。

 それにしても強烈な光だ。眼が慣れるのに時間が掛かった……。と、もう、闘いは新たな局面に移っている。
 シラヌイちゃんの周りに蒼色、薄桃色、青紫と火の玉が纏わり付いている。なんだ、この技は?
紫陽花灯籠(あじさいどうろう)……」
 誰かが僕の疑問に答えてくれた。すると、これはシラヌイちゃんの技なのか……。
 火の玉は、シラヌイちゃんの合図で一斉に耀子先輩へと向かって飛んでいく。それを耀子先輩は、袖で打ち払う様に、まだ距離のある内から手を振って振り払う。
「気流操作で吹き飛ばそうと云うのかな?」
 狐正信老人の声だ。彼は何時の間にか部屋に入って来ている。どうやら、さっきの声は正信老人の声だったらしい。
「どうやら、気流に氷の粒を混ぜて、火の玉の炎を消そうってことらしいですねぇ。でも、それは上手く行きますかねぇ」
 あれ、少し歳上の女性の声がする。誰の声なんだ?

「おやおや、大刀自様、態々どうなさったんですか?」
 姫神様がそう尋ねた。
 僕が振り返ると、そこには狐正信老人がスマホを手に立っている。成程、彼はスマホのテレビ電話機能で、別の老女にも、この闘いを観戦させようと、部屋から離れて電話を掛けてきたらしい。
 画面に映る老女は、澄した顔立ちで、江戸小紋の粋な留袖を身に着けていた。
「折角の闘いですよ。一言くらい声を掛けて下さっても、良いじゃござんせんか? 沼藺は、私どもにとっても、大切な養女なんですからね……」
「これは失礼しました……。大刀自様なら、声を掛けずとも、観られているかと思いましたもので……」
 いやいや、仮にこの闘いがネットで公開されていたとしても、前もって予告してなければ、それに気付くなんて無理でしょう。

 闘いは、不思議な空中戦に移っていた。
 老女の指摘した通り、耀子先輩の『冷却気流』では『紫陽花灯籠』を防ぎきれず、先輩は、あの右手ファン◯ルを出して、迎撃にあたっている。それにしても、ゲームの世界にまであの玩具を持ち込むとは……。余程、気にいってるんだな……。
 ファン◯ルは、次々と貫手の形でシラヌイちゃんの玉を貫いていった。だが、『紫陽花灯籠』の火の玉は無限と思われる程、続々と発生してくる。速度もまちまちで、中には耀子先輩の足下から発生して、高速で撃ち上がる火の玉もあった。
「これでは何時か、やられてしまう……」
「そんなことありゃしませんよ。でも、耀子さんも、この遊びには少し飽きたみたいでござんすね。次の力比べに移るようですよ」
 僕の呟きには、今度はテレビ電話の老女が答えてくれる。それにしても、この老女、解説が出来るほど格ゲーに詳しいとは……。

 耀子先輩がにっこり笑うと、それまで隙有らば耀子先輩を襲おうとしていた火の玉が、全て溶岩大地の上に落ちていった。
「耀子さんは火の玉の質量を大きくしたみたいですねぇ。最初から、それをやっておけば良いのにねぇ……」
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

甘樫夫妻


橿原邸に住み込みで家を管理する老夫妻。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

加藤亨


耀子と幸四郎が在席した医療系大学の教授で、同大学病院の外科部長。実はミステリー愛好会の創設者にして、唯一無二の部長だった。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

シラヌイちゃんのお兄さんたち


狐や狼を思わせる容貌を持った兄弟。シラヌイちゃんを母親に会わせようと画策する。

橘風雅(犬里風花)


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女(?)。

白瀬夫妻


シラヌイちゃんの両親。オシラサマと呼ばれている。また、それぞれ馬神様、姫神様とも呼ばれている。

紺野正信(狐正信)


藤沢耀子と白瀬沼藺の高校生時代を知る老人。自称、狐忠信の子孫。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

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