旧知との再会(3)

文字数 1,611文字

 藤沢さんは、そのままリビングのソファに腰掛け、僕と加藤教授の話に加わってきた。
「宜しいですか……、加藤教授?」
「勿論ですよ。それにしても、橿原がこんな美人の愛人を囲っているとはね……。これなら、淫行眼科医という例の記事も、強ち出鱈目とばかりは思えないな……」
 勘弁して欲しいなぁ……。
「兎に角、あの女嫌いが、こんな美人と暮らしているとは、大学時代を知っている者には驚きでしかないよ……」
 いや、一緒に暮らしてはいない……。
「なら、橿原も、あいつと仲良く出来たんじゃないかな?」
「僕は、女嫌いなんかじゃありませんでしたよ。実はあの頃、僕には死ぬほど好きな女性がいて、その人に嫌われたくなかったから、他の誘いを断っていただけなんですよ」
「あらあら、橿原先生、飲み過ぎですよ」
 僕はそんなに飲んでいるとは思わなかったが、日頃の鬱憤が溜まっていたのだろう。確かに、いつもより饒舌になっているかも知れない。だが、そう言いながら、耀子先輩は、僕に水割りのお代わりを作って手渡す。
「誰だい? あの頃のマドンナってのは?」
「要耀子先輩ですよ。驚いたでしょう?」
 だが、加藤部長は特別驚いた様子もなく、薄ら笑いを浮かべている。
「やっぱりな。幸四郎の演技なんて見え見えだよ。みんな知っていたぞ。気付かなかったのは、是枝啓介と美枝(中田美枝副部長、加藤教授夫人と呼ぶべきか……)だけだぜ」
「じゃ、気付いていたのは部長と柳美海さんだけじゃないですか……。みんなってのは、言い過ぎですよ!」
「要も知っていたんじゃないか? だが、あいつだけは無理だな……。是枝も、なんだかんだ言って、要に惚れていたんだが、全然相手にされなかった。ミスアンタッチャブル。男どころか、女すらも近付けさせない、究極の人間嫌いだ……」
 いやいや、そのご本人が目の前にいるんですけどね……。
「あ、失礼。つい、学生時代に戻って馬鹿な話をしてしまいました。当時、美人だけど、氷の様に冷たい性格の女性が、ご主人のいた愛好会にいましてね。男って奴は、そんな謎めいた女性に憧れるもんなんですよ……。あ、勿論、奥さんの方がお綺麗ですよ」
「氷の様にですか……。でも、美人だと思われていたなんて、少し意外ですわ……」
 加藤部長が怪訝そうな表情を浮かべる。仕方ないので、僕は部長を小突き、小声で説明することにした。
「部長、本人ですよ……。藤沢耀子、旧姓要耀子……」
 部長は直ぐには理解出来なかったようで、鳩が豆鉄砲食った様な顔をしていたが、状況が分かると大声をあげた。
「か、要か?!」
「お久し振りです。加藤さん……」
 それにしても、耀子先輩は人が悪い。

「で、加藤さん……。私にも話って、どんなことでしょうか?」
 一呼吸置いて、加藤部長は動揺から立ち直ると、少し無理して真面目な顔に戻し、僕たちに来訪の主旨を話し出した。
「実は、僕には少し秘密があってね……。僕が行き詰まると、天啓が降りてくるんだよ。論文で悩んでいたりすると、想いもよらぬ発想が生まれたり、手術で手が震えてしまった時も、勝手に手が動いたり……。僕の今までの実績や名声は彼のお蔭なんだ」
「それは、僕にも分かります。どうしようもない時、僕の能力以上の何かが降りてきて、ピンチを救ってくれるんです」
 僕の言葉に、加藤部長は我が意を得たりと笑みを浮かべた。
「それは、加藤さんたちが色々と経験を積んだことで、無意識のうちに最適解を選んでいるからではないですか?」
「要、要は変わったなぁ~。ありがとう。だが、その天啓は気付かせると言うよりは、ことばで説明してくれるのだよ。今では、彼は明らかな人格を持って、僕は、完全な二重人格者になってしまっている……」
「ジキル博士とハイド氏の様にですか? それで、それを直せ……、もしくはハイド氏を倒せと?」
「いや、違う。彼が望んでいるんだよ。君たちふたりに、不思議探偵として仕事をしてくれないかと……」
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

甘樫夫妻


橿原邸に住み込みで家を管理する老夫妻。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

加藤亨


耀子と幸四郎が在席した医療系大学の教授で、同大学病院の外科部長。実はミステリー愛好会の創設者にして、唯一無二の部長だった。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

シラヌイちゃんのお兄さんたち


狐や狼を思わせる容貌を持った兄弟。シラヌイちゃんを母親に会わせようと画策する。

橘風雅(犬里風花)


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女(?)。

白瀬夫妻


シラヌイちゃんの両親。オシラサマと呼ばれている。また、それぞれ馬神様、姫神様とも呼ばれている。

紺野正信(狐正信)


藤沢耀子と白瀬沼藺の高校生時代を知る老人。自称、狐忠信の子孫。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

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