配偶者選び(2)

文字数 1,964文字

 青年は克哉さんの妹さんから離れ、一人一人品定めをする様に、椅子に座らされ眠らされている女性の前に立って見比べていった。
「恵美子でなければ、誰でもいいか……」
 青年が一人の女性の前に立った時、その女性が突然喋りだす。
「ならば、私を選びなさい!」
 そして、驚く青年の面前で、女性はカッと目を見開いた。
 その女性とは当然、耀子先輩……。ここにいる女性たちの中で、正常に意識を保っているのは彼女だけだ。
 だが、青年は先輩に気付かない。無理もない。彼は先輩に一度しか会っていないし、今の彼女は特殊メークで二十歳(はたち)の姿に変わっているのだ。
「薬を飲まなかった様だね……。では、悪いのだけど、今から薬を飲んでくれないかな。ここでのことは秘密なんだ。意識があることがバレると、君は殺されてしまう……」
「無駄よ。幾ら飲んでも、私にあんなものは効かないもの……」
「困ったな……」
「私を選べば良いのよ。そうすれば、何も問題ないわ」
「確かに、そうかも知れないが……」
 青年は困惑しているようだ。彼にしてみれば当然だろう。だが、耀子先輩は結構気が短い。決断がつかない彼に、脅迫じみた追い打ちを掛けてくる。
「じゃ、選択肢を減らしてあげる……」
 耀子先輩がそう言うと、女性の座った椅子がひとつ、横向きにバタンと倒れる。当然、座らされていた女性も一緒だ。
 青年は驚いて倒れた女性に駆け寄り、彼女を抱き起こして心音を確かめた。
「死んでる……」
「死んでいないわよ。心臓が細かく痙攣しているだけ……。でも、このままじゃ、本当に死んじゃうかもね……」
「お前、何をした!」
 青年は女性を抱き抱えたまま、耀子先輩の方に顔を向けて彼女を睨みつけた。だが、それに対し、耀子先輩は口笛でも吹きそうな表情で空惚けている。
「貴方も見てたでしょう……? 私は何もしてないわよ~」
 だが、その台詞が終ると同時に、別の女性の椅子が倒れる。しかし、青年はそれには駆け寄りはしなかった。
「あらあら、薬の影響かしらね……? 次あたり、恵美子さんかもよ……」
 青年は、怒りに顔を硬直させている。だが、彼はその感情を抑制し、震える声ながらも静かに耀子先輩に交渉を持ちかけた。
「先ず二人を助けろ! 何が望みだ? 要求は必ず飲む!!」
「だ・か・ら、私を選びなさいって!」
「分かった……。二人を助けろ……」
 青年は、絞り出す様にその台詞を吐いた。だが、耀子先輩は勝ち誇ったように笑い、何もしようとはしなかった。
「おい! 早くしろ!」
「最初の娘はもう治ってるわよ。胸に耳を当てて聴いてご覧なさいな。心臓を一旦止めれば、直ぐに正しい拍動に戻るものなの……。それから、二人目は、最初から何も問題なかったのよ。気付かなかった?」
 青年は、抱き抱えていた女性の心音を確かめると、安心したのか、それとも呆れたのか、大きな嘆息をひとつ吐いた。
「それにしても、恐ろしい女だな……」
「約束は守りなさいよ!」
「分かったよ……」
「分かればいいわ……。何てね!」
 耀子先輩は、顔だけを元に戻した。僕には驚く程のこともないが、青年には衝撃的な出来事の様で、顔の血の気も引いて、呆然と青ざめてしまっている。
「お、オニバ……、あれ? あんた、見たことがあるぞ……。誰だったかな?」
「あと一文字言っていたら、半殺しにしていたわよ。忘れたの? 烏丸眼科クリニックで会ってるでしょう? 看護師の藤沢耀子よ」
「あ、藤沢さんか……! すると……」
「ええ、橿原先生も、ちゃんとこの村に来てますよ。安心なさい!」
 僕は思うのだが、最初からそれを言えば良かったんじゃないのか? 女性二人の椅子を倒したのに、実際、何の意味があったんだ?

「いい? 他の女の子に何かあるといけないから、貴方のお母様と先生、そして貴方の四人で話がしたいの。その為に私を選んでおいて欲しいのよ……」
「そう云うことでしたら、分かりました。でも、実際の選択は母の同意が必要となります。母が、女性としての機能に不足がないかの判定を行うのです」
「面倒臭いわね……。貴方も同席して、私が選ばれる様に、お母様を誘導してくださらないかしら?」
「でも……、ですね。ちょっと……、男の僕が同席するのは……、色々と……」
「何か問題でも?」
「母は候補者を裸にして、身体に瑕疵が無いかを確認するのです……」
 青年は候補者の裸を見るのが恥ずかしいのか、モジモジと照れながら困惑している。
「はぁ? 何を情けないこと言っているのよ。これから結婚相手を選ぼうって人が、女性の裸を見ることにビビってどうするの? 橿原先生なんて、恵美子さんと一緒にお風呂入って、彼女のツルツルのあそこをずっと眺めていたわよ!」
 こら! 人を変態みたいに言うな!
 そりゃ、見ていないとは言わないが、ずっと眺めていた訳じゃあないぞ!!
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

甘樫夫妻


橿原邸に住み込みで家を管理する老夫妻。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

加藤亨


耀子と幸四郎が在席した医療系大学の教授で、同大学病院の外科部長。実はミステリー愛好会の創設者にして、唯一無二の部長だった。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

シラヌイちゃんのお兄さんたち


狐や狼を思わせる容貌を持った兄弟。シラヌイちゃんを母親に会わせようと画策する。

橘風雅(犬里風花)


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女(?)。

白瀬夫妻


シラヌイちゃんの両親。オシラサマと呼ばれている。また、それぞれ馬神様、姫神様とも呼ばれている。

紺野正信(狐正信)


藤沢耀子と白瀬沼藺の高校生時代を知る老人。自称、狐忠信の子孫。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

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