将を射んとするならば(3)

文字数 1,672文字

 僕と耀子先輩は3人掛けの窓際ふたつに、シラヌイちゃんのお兄さんたちは通路向こうの2人掛けの座席に座っている。それは僕たちが意図したものではなく、発車ギリギリで、その席しか指定席が空いていなかったからだ。
 だが、これで僕は、彼らにも聞かれず、内密に耀子先輩と話をすることが出来る。僕はこの偶然に少なからず感謝した。
「耀子先輩、来てくれたんですね!」
「『来てくれたんですね……』じゃないわよ! 先生、分かってらっしゃるの? オシラサマは神格なのよ。下級妖怪や人間なんかが、軽々しく会いに行って良い相手じゃないのよ!!」
 いや、僕が会いに行くのは、シラヌイちゃんの養父母である白瀬夫妻。渾名がオシラサマでも相手は人間だ。耀子先輩に文句を言われる筋合いではない。
 まぁ、それでも……、僕には耀子先輩がいてくれるのは心強く頼もしい。
「心配して来てくれたんですね?」
「心配なんか……してないわよ。最後に、邪魔してやろうと……思ってるだけ……」
 耀子先輩は柄にもなく照れて、その顔を真っ赤にした。そんな先輩を僕は愛おしく思い、何時もの様に彼女の手をそっと握る。彼女はそのまま何も言わず、窓の外へと目をやった。窓の外は、まだ都会の名残を残した町並みが続いている。別段、どうと云う景色でもない。
 だから僕は、窓の外の景色ではなく、窓に映った耀子先輩の半透明な表情をずっと眺めていた。手は握ったままだ。そうして僕は、何時しか幸福な夢の世界に誘われていったのである。

 僕は古川の手前辺りで起こされ、耀子先輩が東京駅で買っておいてくれた玉子サンドをご馳走になった。 向こうの二人にも、耀子先輩はちゃんとそれを買っておいてくれる。そう言う気遣いが、耀子先輩の素晴らしい処なのだ。
「で、貴方たち、遠野に着いたら、どうする心算だったの?」
 耀子先輩が向こうの2人に声を掛ける。
 電車は仙台を過ぎた辺りから空席が目立ち、近くには怪しい話を聞かれる様な人間は、もう1人もいなかった。
「いや、何も……。そちらの先生が、全て手筈を整えてくれるものと……」
 老けた方の兄がそう答える。
「あっきれた!! 旧家の住人は人間でも、オシラサマは神様よ。オシラサマの連絡先を人間が知っている訳ないし、抑々、人間層なんかに暮らしてる訳ないじゃない!」
「ええっ……?! じゃ、これは無駄骨?」
「あったり前じゃない……」
 通路側に座っていた見た目の若い兄が、立ち上がって来て、僕の首を掴み前後に振る。
「先生、あんまりじゃないですか? 交通費とか、そんなこと言ってんじゃない。私たちは、あんたを信じ、藁にでも縋る心算であんたについて来たのに……」
 耀子先輩は僕の用心棒の筈なのに、僕を助けようとはしない。ま、仕方ないか……。
 僕は彼の両手首を掴み、僕の首から引き離した。僕にだって、この程度のことは出来るのだ。
 数秒後、彼は落ち着きを取り戻し項垂れた。そして、僕が手を放すと後退りするように席に戻る。すると、そのタイミングで向こうの奥に座っていた年嵩の兄が、耀子先輩に懇願の声を絞り出した。
「耀公主、どうかお慈悲です。せめて、オシラサマへのお取り次ぎだけでも……。もし、それが叶いましたら、私たち2人、耀公主様の眷族として、この身を、あなた様にお捧げ致します」
「そうね……。毎晩ベッドで、私を楽しませてくれると言うのなら、ちょっと考えてあげてもいいかな~」
 おいおい、何を言い出すんだ?
「冗談よ……」
 そこで、この冗談を言うか~?
「眷族の件はお断りします!」
 兄2人に落胆の表情が浮かぶ。
「でも……、橿原先生が無責任なことを言ったのは確かね……。いいわ。私も直接は知らないけど、オシラサマとコンタクト出来る人なら知っている。その人に話をしてあげるから、遠野に着いたら、その人を説得してみたらいいわ」
 耀子先輩はそれだけ言うと、また窓の外を見つめて強引に会話を終わりにした。
 シラヌイちゃんの2人の兄は、感謝の表情で耀子先輩を見つめている。窓に映る耀子先輩の口許には、半透明な笑みが微かに浮かんでいた。
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

甘樫夫妻


橿原邸に住み込みで家を管理する老夫妻。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

加藤亨


耀子と幸四郎が在席した医療系大学の教授で、同大学病院の外科部長。実はミステリー愛好会の創設者にして、唯一無二の部長だった。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

シラヌイちゃんのお兄さんたち


狐や狼を思わせる容貌を持った兄弟。シラヌイちゃんを母親に会わせようと画策する。

橘風雅(犬里風花)


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女(?)。

白瀬夫妻


シラヌイちゃんの両親。オシラサマと呼ばれている。また、それぞれ馬神様、姫神様とも呼ばれている。

紺野正信(狐正信)


藤沢耀子と白瀬沼藺の高校生時代を知る老人。自称、狐忠信の子孫。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

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