将を射んとするならば(4)
文字数 1,939文字
僕たちは、殺風景な感のある遠野駅のホームに降り立ち、改札を抜け、遠野の駅舎から外へと出ていった。すると、正面と右へと続く小綺麗な道路がL字に走っていて、その右へと向かう道路を渡った場所に、遠野の観光案内所がある。
正面に向かう道は、真っ直ぐにずっと続いている様だが、観光案内所を越えた辺りで左右へ進む道と交差しており、右へと向かう道も左折して、結局、その左右へ続く道に交差する仕組みになっているようだった。どうやら、これらの道が観光案内所を囲むように駅前ロータリーを形成しているらしい。
そして、正面へ延びる道の左側を歩くと、直ぐそこに小さな池を囲む公園があった。河童の像のある河童池のある公園だ。
僕たちは、その公園で一旦休憩を取ることにした。そこで待っていれば、耀子先輩の友人がやって来てくれるとのことだった……。
僕たちが無言のまま、暫くそこで待っていると、一人の少女が現れた。
確かに彼女なら、白瀬夫妻のお宅を知っているのは間違いない。だが、しかし、彼女が少女である筈はないのだ。
風花ちゃん……。
だが、僕が彼女に会ったのは30年も昔、それなのに、彼女の姿はあの時と全く変わらない。シラヌイちゃんも異常だが、この妹も尋常ではない。もう、竜宮城に行っていた浦島太郎にでも会った気分だ。
「耀子さん、これはどう言うこと?」
「どう言うことって……、馬鹿な連中を止められなかったから、オシラサマに失礼なことをしない様にと、監督してるのよ」
馬鹿な連中とか……、それにしても随分な言い回しじゃないか……。
「姉 様の味方じゃなかったの?!」
「敵ではない心算だけどね……」
「だったら何で?」
「仕方ないじゃない……。ここまできたら、オシラサマにこの連中を納得させて貰った方が早いと思うのよ……」
風花ちゃんは、両手を開いて通せんぼをする。力ずくで僕たちを止める心算らしい。だが、耀子先輩はそれを見て、残忍そうな笑みを浮かべた。
「やる気? いいわよ……。でも、折角だから、少しお伽話でもしてあげようかしら」
「お伽話……?」
「ええ。昔、妖怪の世界に、自信過剰な風狸の風花って云う小動物がいてね、身の程知らずにも2代目耀公主に挑んだのよ……。ほんと、愚かよね……。で、その小動物、どうなったと思う?」
「……」
「結果、指パッチンで額に赤い痕をつけただけで、全身ボコボコに殴られて、腎臓とか肝臓とか破裂、粉々に折れたあばら骨が肺に刺さっちゃって、ボロボロになって負けちゃたの。でね、耀公主はその風狸の首を吊して、見せしめに曝したんだって……。可哀想な話よね……」
妖怪の世界って、先輩の良く言う妖怪層のことだろうか? だとすると、これは現実にあった話なのか? でも、だとしたら、風花ちゃんが風狸だってのも可笑しいし、ここに生きた風花ちゃんが居るのも、辻褄が合いはしないのだが……。
しかし、風花ちゃんは耀子先輩の話にビビって、無意識なのかも知れないが、じわりじわりと後退りしていた。
その時、駅の方、つまり僕たちの後ろから年嵩の男の声が聞こえてくる。
「耀子ちゃん、子供を苛めちゃ駄目だよ」
僕たちがその声に振り返ると、そこには僕と同じくらいか少し年上の、矢鱈姿勢の良い初老の男が立っていた。
「紺野さん、お久し振りね」
耀子先輩は、その初老の男に向かって親しげに声を掛ける。
それにしても、この人は誰なんだろう?
「紹介するわ。こちら、紺野正信さん。今回、オシラサマの処へ案内してくれる方で、通称狐正信。自称狐忠信の子孫だそうよ」
「自称じゃないぞ!」
「そりゃそうでしょうね。だって、親戚の友だちの、隣に住んでいたひとの会社の上司みたいなもんでしょう? 源頼朝の弟の、家来だった佐藤忠信に化けた狐だなんて……。結局、有名人でもない、只の化け狐ってことじゃない。誰が態々、その子孫だなんて騙るってのよ……」
紺野正信が下を向いて嘆息を吐いている。まぁ、仕方のないことか……。
彼がその子孫であることは、どうにも信じ難いことではあるが、狐忠信が有名人(狐)であることだけは疑うべくもない。但し、狐忠信は架空の人物(狐)ではあるが……。
狐忠信とは、歌舞伎の演目『義経千本桜』の『四の切』に出てくる化け狐で、そのあらすじは大体こんな感じだ……。
『親の生き皮で作られた『初音の鼓』の側に居たいあまり、狐忠信は義経の家来である佐藤忠信に化け、そうとは知らぬ義経に命じられ静御前の護衛の任をまかされてしまう。そして、この段で本物の忠信が現れ正体がばれると、彼の境遇に同情した義経より『初音の鼓』を静御前護衛の褒美として賜るのだった……』
ま、偉そうに説明したが、実は僕も染ノ助君に最近聞いて覚えたばかりなのだ……。
正面に向かう道は、真っ直ぐにずっと続いている様だが、観光案内所を越えた辺りで左右へ進む道と交差しており、右へと向かう道も左折して、結局、その左右へ続く道に交差する仕組みになっているようだった。どうやら、これらの道が観光案内所を囲むように駅前ロータリーを形成しているらしい。
そして、正面へ延びる道の左側を歩くと、直ぐそこに小さな池を囲む公園があった。河童の像のある河童池のある公園だ。
僕たちは、その公園で一旦休憩を取ることにした。そこで待っていれば、耀子先輩の友人がやって来てくれるとのことだった……。
僕たちが無言のまま、暫くそこで待っていると、一人の少女が現れた。
確かに彼女なら、白瀬夫妻のお宅を知っているのは間違いない。だが、しかし、彼女が少女である筈はないのだ。
風花ちゃん……。
だが、僕が彼女に会ったのは30年も昔、それなのに、彼女の姿はあの時と全く変わらない。シラヌイちゃんも異常だが、この妹も尋常ではない。もう、竜宮城に行っていた浦島太郎にでも会った気分だ。
「耀子さん、これはどう言うこと?」
「どう言うことって……、馬鹿な連中を止められなかったから、オシラサマに失礼なことをしない様にと、監督してるのよ」
馬鹿な連中とか……、それにしても随分な言い回しじゃないか……。
「
「敵ではない心算だけどね……」
「だったら何で?」
「仕方ないじゃない……。ここまできたら、オシラサマにこの連中を納得させて貰った方が早いと思うのよ……」
風花ちゃんは、両手を開いて通せんぼをする。力ずくで僕たちを止める心算らしい。だが、耀子先輩はそれを見て、残忍そうな笑みを浮かべた。
「やる気? いいわよ……。でも、折角だから、少しお伽話でもしてあげようかしら」
「お伽話……?」
「ええ。昔、妖怪の世界に、自信過剰な風狸の風花って云う小動物がいてね、身の程知らずにも2代目耀公主に挑んだのよ……。ほんと、愚かよね……。で、その小動物、どうなったと思う?」
「……」
「結果、指パッチンで額に赤い痕をつけただけで、全身ボコボコに殴られて、腎臓とか肝臓とか破裂、粉々に折れたあばら骨が肺に刺さっちゃって、ボロボロになって負けちゃたの。でね、耀公主はその風狸の首を吊して、見せしめに曝したんだって……。可哀想な話よね……」
妖怪の世界って、先輩の良く言う妖怪層のことだろうか? だとすると、これは現実にあった話なのか? でも、だとしたら、風花ちゃんが風狸だってのも可笑しいし、ここに生きた風花ちゃんが居るのも、辻褄が合いはしないのだが……。
しかし、風花ちゃんは耀子先輩の話にビビって、無意識なのかも知れないが、じわりじわりと後退りしていた。
その時、駅の方、つまり僕たちの後ろから年嵩の男の声が聞こえてくる。
「耀子ちゃん、子供を苛めちゃ駄目だよ」
僕たちがその声に振り返ると、そこには僕と同じくらいか少し年上の、矢鱈姿勢の良い初老の男が立っていた。
「紺野さん、お久し振りね」
耀子先輩は、その初老の男に向かって親しげに声を掛ける。
それにしても、この人は誰なんだろう?
「紹介するわ。こちら、紺野正信さん。今回、オシラサマの処へ案内してくれる方で、通称狐正信。自称狐忠信の子孫だそうよ」
「自称じゃないぞ!」
「そりゃそうでしょうね。だって、親戚の友だちの、隣に住んでいたひとの会社の上司みたいなもんでしょう? 源頼朝の弟の、家来だった佐藤忠信に化けた狐だなんて……。結局、有名人でもない、只の化け狐ってことじゃない。誰が態々、その子孫だなんて騙るってのよ……」
紺野正信が下を向いて嘆息を吐いている。まぁ、仕方のないことか……。
彼がその子孫であることは、どうにも信じ難いことではあるが、狐忠信が有名人(狐)であることだけは疑うべくもない。但し、狐忠信は架空の人物(狐)ではあるが……。
狐忠信とは、歌舞伎の演目『義経千本桜』の『四の切』に出てくる化け狐で、そのあらすじは大体こんな感じだ……。
『親の生き皮で作られた『初音の鼓』の側に居たいあまり、狐忠信は義経の家来である佐藤忠信に化け、そうとは知らぬ義経に命じられ静御前の護衛の任をまかされてしまう。そして、この段で本物の忠信が現れ正体がばれると、彼の境遇に同情した義経より『初音の鼓』を静御前護衛の褒美として賜るのだった……』
ま、偉そうに説明したが、実は僕も染ノ助君に最近聞いて覚えたばかりなのだ……。