白砂の戦い(2)

文字数 1,685文字

 一瞬の間を於いて、自分を取り戻した染ノ助君が、尻餅を搗いたまま耀子先輩に礼を言う。
「あ、ありがとうございます……」
「間一髪だったわね。無事で何よりだわ」
「これで全て解決ですか? それにしても、あの少女が、本当に蓬莱島の仙人だったのでしょうか?」
 染ノ助君の質問に、耀子先輩は皆に予想された答えを返す。
「あれは仙人ではないわ。心が読めなかったから、たぶん骸骨と同じ……。最近、蓬莱島で死んだ人間を捕獲し、素性が分からない様に全裸にして、この島の代表者であるかの様に偽装したものじゃないかしら?」
「な、なんて非道な……」
 その時、耀子先輩の胸ポケットで、スマホの着信メロディーが響く。
「一寸待ってね……」
 耀子先輩は相手を確認すると、音量をあげて、僕たちにもその会話を聞かせてくれた。
「は~い。耀子ママさんで~すか?」
「サーラちゃん、どうしたの?」
「あれの調査、報告しま~す。あれ、とても不思議な生き物で~す」
 どうやら、耀子先輩は知り合いの研究者に、何かの調査を依頼していたらしい。
「あれ、植物なので~すが、ひどく動物的な特徴を有していま~す。あれ、動物の様に動くこと出来ま~す」
「植物に筋肉は無いわよ」
「動かすの、筋肉、限りませ~ん。蝿捕り草やおじぎ草、筋肉無くても動きま~す。あれ、細胞内の水分を出し入れし、動物と同じように動かすこと出来ま~す」
「でも、蝿捕り草やおじぎ草は、接触刺激に対する反射でしょう?」
「あれ、本能と意識の中間の様なもの、持っていま~す。発芽すると、宿主の脳を目指して体内を移動しま~す」
 耀子先輩が依頼していたのは、どうやら染ノ助君に寄生していた海妖樹と言う植物の様だった。耀子先輩は、加藤部長か、あるいは政府関係者から、患者さんに寄生していた植物体の一部を入手し、その調査を依頼していたのだろう。
「でも、それなら動きを制御する脳があるって言うの? 海妖樹には……」
「人間の脳とはかなり違いま~す。人間は頭にある脳で、殆どの制御を行う中央集権的な構造で~すが、これは根にある細い筋が行動を制御していま~す。それらが神経ネットワークの様に、お互いに影響し合いながら、ひとつの意志を決定してると思われま~す」
「分かったわ……。ありがとう……」
「待ってくださ~い。まだ、知らせることありま~す」
「何かしら?」
「あれ、もうひとつ、動物的な特徴持っていま~す。それも、鳥類や哺乳類の様な、進化した動物に見られる特徴で~す」
「進化した動物に見られる特徴?!」
「はい。あれ、細胞内で化学反応を起し、体温を発生させること出来ま~す。あれ、言うなれば、恒温植物なので~す」
 こ、恒温植物? そんな生き物、存在するのか? い、いや。動物だって、体温調節は進化の結果得られた能力だ。植物がそう云った機能を獲得したからと言って、信じられないとばかりは言えないのじゃないか……。
 そして、これが染ノ助君の持っていた疑問の真の答えだ! マングローブが氷の海で枯れなかったのは、マングローブ自身の体温で、島全体を温めていたからだったのだ。
 と、言うことは……。あのマングローブを構成してる植物ってのは……。
「きゃあ!!」
 突然、耀子先輩の悲鳴が響く。
 彼女に眼を遣ると、耀子先輩の両足首が白砂に吸い込まれ、砂浜から生えてきた蔓の様な物体が先輩の身体に巻き付いて、砂浜の中に彼女を引き摺り込もうとしている。
「大丈夫ですか?!」
「ボトムがパンツだから大丈夫よ。スカートだったら、引き摺り込まれる時に、スカートが(めく)れちゃったけどね」
 何を馬鹿なことを言っているんです!
「そんな事より、周りを見て!!」
 耀子先輩の声に従って僕が周りを見回すと、再び森と湾の中から死人兵士が湧き出してきた。今度のやつらは、半分腐ったようなゾンビ状の死体と、殆ど欠損のない、迷彩服を着た比較的新しい死体だ。
 恐らく、森から出てきた迷彩服は、僕たちの前に蓬莱島の調査に向かった、自衛隊員の死体に違いないだろう。
 だが……、こいつらは骸骨より厄介だ。なんせ、手にライフルと云う武器を持っているからな……。
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

甘樫夫妻


橿原邸に住み込みで家を管理する老夫妻。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

加藤亨


耀子と幸四郎が在席した医療系大学の教授で、同大学病院の外科部長。実はミステリー愛好会の創設者にして、唯一無二の部長だった。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

シラヌイちゃんのお兄さんたち


狐や狼を思わせる容貌を持った兄弟。シラヌイちゃんを母親に会わせようと画策する。

橘風雅(犬里風花)


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女(?)。

白瀬夫妻


シラヌイちゃんの両親。オシラサマと呼ばれている。また、それぞれ馬神様、姫神様とも呼ばれている。

紺野正信(狐正信)


藤沢耀子と白瀬沼藺の高校生時代を知る老人。自称、狐忠信の子孫。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

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