白砂の戦い(4)

文字数 1,765文字

 僕がもう助からないと諦めかけたその瞬間、僕に近い数名の骸骨が何かに砕かれ、一気に倒された。
 そう、それは耀子先輩の右手たち。それが貫手の形で飛行し、一帯にいる骸骨の身体を次々と突き破っている。そして、その遥か向うには、耀子先輩が指示を出して、次々とゾンビどもを、右手ファン◯ルで倒す勇姿が見えた。
「耀子先輩……」
「あら、どうしたの? 感動的な映画でも見ていたのかしら?」
 相変わらずだなぁ……。
「違いますよ。見ていたのはホラー映画です。でも、もう直ぐ大団円ですかね……」
 耀子先輩はスカート姿では闘い難いのか、右手ファン◯ルを駆使して敵を倒していく。

 そうしていると、ロープを咥えた一つ目鴉が僕の方にやって来た。
「おい、早くしろ。ボートにロープを括り付け、全員がボートに乗り込むんだ。乗り込んだら、この発煙筒を燃やせ。その合図で、巡視船が島から離れながら、ウインチでロープを巻き取る……。そう、あの女自衛官が言っていた!」
 僕は一つ目鴉からロープを受け取り、奴の足に括り付けられている発煙筒を手に取った。そして、ゴムボート目掛けてダッシュする。だが、僕は途中で横倒しに転がってしまった。足が(もつ)れたのではない。海岸が横へと大きく傾いたのだ。
「大丈夫ですか?!」
 染ノ助君が僕に近づいて起してくれる。良かった、彼も生きていた様だ。
「ああ、大丈夫だよ。染ノ助君、ゴムボートで脱出する。乗って来たゴムボートにロープを結んで、巡視船に曳航して貰うんだ!」
「分かりました。私がここにゴムボートを運んで来ます」
 彼はそう言うと、傾いた島の浜辺を走り、時に這いずりながらゴムボートを運んできた。その間、僕も染ノ助君も、耀子先輩の右手ファン◯ルに、間一髪、幾度も助けられている。
 そして僕がロープをゴムボートに結んでいると、耀子先輩もやって来て、既に乗っている染ノ助君の隣へと座った。僕もゴムボートに飛び乗り、発煙筒を燃やす。
 だが、直ぐには動き出さない。巡視船も準備がいるのだろう。5つの右手ファン◯ルに守られているとは言え、どんどん湧いて出てくるゾンビ軍団に、流石に僕も冷や汗が止まらない。
 まだか……?!

 その時、また大きく揺れて、砂浜が一層傾く。これは砂浜が傾いたと言うよりは、島全体が傾いているみたいだ。
「何なんですか?」
「この島はもう直ぐ沈むわ。今、海妖樹の根鉢が崩されている……」
 海妖樹ったって、そんなのこの島の頂上付近に一本生えているだけじゃないか。そいつの根鉢を崩すって、土竜でも雇ったのか? それに、抑々(そもそも)、どうして海妖樹の根鉢を崩すと、この島が傾くんだ?
「幸四郎。この島の仙人の正体は海妖樹だったのよ。ここからだと、頂上付近にある小さな木にしか見えないけれど、実は森もマングローブも全て一本の海妖樹で、奴の根はこの島全体を覆っているの……。
 海妖樹の根は、海水に触れている部分が枯れ、目の細かい籠の様になっているわ。これが、言わば、海妖樹自身の植木鉢であり、同時に、この蓬莱島を支えている(いかだ)にもなっているのよ。だから……」
「この根の籠を破いて根鉢を崩すと、土台を失った海妖樹は、安定を失って倒れてしまうと云うことですね……」
 染ノ助君が、耀子先輩の後を引き継いだ。
「そうよ。そして、海水に放り出された海妖樹はダメージを受け、枯れて腐っていくでしょう。そして、万が一、それでも海妖樹が滅びない様であれば……」
「滅びなければ?」
「私が確実に葬り去る……」
「そんな……」
 その可能性に関して、僕は全く心配などはしていない。
 だが、例え意志を持たない植物であったとしても、自分たち人間の都合だけで、海妖樹を絶滅させて良いものだろうか?
「幸四郎……。これは戦いなのよ。どっちが正しいとか悪いとかではないわ。私は共存の可能性が無いかを問いに来た。海妖樹はそれを拒否し、私たちとの戦闘を選んだ……。相手が話し合いに応じる知性がないと云うのは理由にならないわ。そんな相手との平和交渉など、最初から出来はしないもの……」
 耀子先輩は、寂しそうに僕にそう答えた。

 そうしていると、ロープが突如、音を立てて張り、僕たちはボートの外に放り出されるのではないかと慌てた程の勢いで、ボートは一気に海へと引っ張られた。
 さあ、僕たちは蓬莱島を脱出する!!
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

甘樫夫妻


橿原邸に住み込みで家を管理する老夫妻。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

加藤亨


耀子と幸四郎が在席した医療系大学の教授で、同大学病院の外科部長。実はミステリー愛好会の創設者にして、唯一無二の部長だった。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

シラヌイちゃんのお兄さんたち


狐や狼を思わせる容貌を持った兄弟。シラヌイちゃんを母親に会わせようと画策する。

橘風雅(犬里風花)


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女(?)。

白瀬夫妻


シラヌイちゃんの両親。オシラサマと呼ばれている。また、それぞれ馬神様、姫神様とも呼ばれている。

紺野正信(狐正信)


藤沢耀子と白瀬沼藺の高校生時代を知る老人。自称、狐忠信の子孫。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

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