彼女以上の怪物(1)

文字数 1,889文字

 突然にカウンセリングの予約がキャンセルされたりすると、忙中閑ありといった風で、つい皆も羽を伸ばしてしまう。
 今もそんな感じで、若い看護師たちが歳の割に軽薄な僕の周りに集まって、写真をネタに下らない雑談をしていた。
 僕はそんな時、煙たがられるのが嫌で、つい一緒になって雑談に加わってしまう。だが、藤沢さんはベテラン看護師らしく、僕の所にやって来ると、そんな若い子たちにちゃんと注意してくれる。
「手が空いたからって、勤務中はサボってばかりいては駄目よ。橿原先生も少しは注意してくださいね」
「あ、すみません……」
「で、何していたのです?」
 藤沢さんの問いに、若い看護師たちは許可されたものと思って、藤沢さんも井戸端会議に巻き込もうとする。
「橿原先生、不思議探偵なんてのをしてるんですよ。それで、私たちの持っている心霊写真を持ってきて、見て貰ってるんです」
 藤沢さんは呆れた様な顔をして、僕の机に散らばっている写真を手に取って眺める。
「先生が、いつまでも子供みたいなことをやってるからですよ……。はい、これは、指が写り込んだだけ……。これは、後ろの人が、こうやって手を回したんですね」
 藤沢さんはそう言って、僕の肩に後ろから手を回した。
「これは、陰の形が人の顔に見えているだけね。パレイドリアって言うんですよ。人の脳は、そう云う形を見ると顔など見知った物をイメージしてしまうものなのよ」
「夢が無いなぁ婦長は……」
 若い看護師の言葉を、藤沢さんは少し真面目な顔になって訂正する。
「私は婦長じゃありません。婦長は鵠沼さんです。鵠沼さんが気を悪くなさいますよ」
 その声を聞いて、向こうで片付けをしていた鵠沼婦長までがやって来る。
「別に気を悪くなんかしませんよ。藤沢婦長だって言っていたじゃありませんか? こんな小病院の婦長なんて、医療事務もやらされる雑用係りだって……」
「で、婦長となって、どうですか?」
「ほんと、雑用係りですね」
 鵠沼婦長の答えに、若い看護師たちが「ギャハハハハハハ」と大笑いする。おいおい、もう少し、ましな笑い方は出来ないのか?
 これだから、烏丸院長に「患者さんもいるんだ。静かにしなさい」などと怒られるのだ。実に正論だが、残念ながら僕には、その正論を言う正直さと度胸の持ち合わせが全くない。
 それで、僕の周りは若い看護師の溜まり場になってしまうのだ……。

 僕は、何気なく机に散らばっている写真のひとつに目を止めた。そして、驚きのあまり、その写真を手に取って藤沢さんにそれを見せる。
「あ、藤沢さん。見てください!」
「先生、それ不思議でしょう? 女の子、絶対尻尾、生えてますよね!」
 ひとりの看護師が僕に同意を求める。だが、それも藤沢さんに一蹴された。
「これは、朱の帯締めが、後ろで垂れ下がっただけです」
「でも……、先が二股になってます。きっと、この子、化け猫なんですよぉ!」
「釘にでも引っ掛けて、裂けたんでしょう」
 若い看護師はまだ不服そうだ。まぁ確かに、二股の尻尾が生えている様に見えないこともない。だが、これは猫の尻尾には見えない。どちらかと言うと狐の尻尾だ。
「驚いたってことは、先生も尻尾だって思ったんですよね?」
 彼女が再び僕に同意を求める。だが、僕が驚いたのは少女じゃなくて、その前に立っている女性の方だ。
 初詣だろうか? 黒くて艶のあるロングヘアーでプッツン前髪の若い女性が、鮮やかな赤い振り袖を着て境内で立っている……。僕はこの女性を知っている……。彼女は耀子先輩の友だちのシラヌイちゃんだ。
「藤沢さん、この女性(ひと)……?!」
「あら、沼藺(ぬい)ね」
「君たち、この写真、いつ撮ったんだ?」
「この前、初詣に行った時、近所のお稲荷さんで……」
 そんな馬鹿な……。シラヌイちゃんは耀子先輩の高校時代の同級生……。もう還暦に近い歳の筈だ。それなのに……。
「貴女たち、わたしのことを化け物みたいに言うけど……」
「だって、藤沢さん、母と同い年なんでしょう? 美魔女ですよね。もう千年位生きてるんじゃないですか?」
 ひとりの看護師がチャチャを入れる。
「私なんて、及びもしない化け物がいるのよ。この写真の女性、見てごらんなさいよ」
「わー。何、この美少女! このまま、美少女キャラバンで優勝しそう!」
「この女性、私と同い年。高校で一緒だった白瀬沼藺って子なのよ……。もう、完璧、化け物よね!!」
「え~、うっそぉ~」
 若い看護師だけでなく、鵠沼婦長までが大声をあげて驚く。
「嘘じゃないわよ。そう思うなら、橿原先生に聞いて見てよ」
 皆の視線が僕に集まる。僕はただ、頷くことしか出来なかった。
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

甘樫夫妻


橿原邸に住み込みで家を管理する老夫妻。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

加藤亨


耀子と幸四郎が在席した医療系大学の教授で、同大学病院の外科部長。実はミステリー愛好会の創設者にして、唯一無二の部長だった。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

シラヌイちゃんのお兄さんたち


狐や狼を思わせる容貌を持った兄弟。シラヌイちゃんを母親に会わせようと画策する。

橘風雅(犬里風花)


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女(?)。

白瀬夫妻


シラヌイちゃんの両親。オシラサマと呼ばれている。また、それぞれ馬神様、姫神様とも呼ばれている。

紺野正信(狐正信)


藤沢耀子と白瀬沼藺の高校生時代を知る老人。自称、狐忠信の子孫。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

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