旧知との再会(2)

文字数 2,104文字

 その夜、藤沢さんとの夕食を終えて直ぐのこと。松野染ノ助君は9時丁度に、僕の家へとやって来た。
「いらっしゃい。どうぞお入りください」
 僕が玄関まで出て彼を迎えると、ドアを開いて入って来たのは、何故か2人……。染ノ助君ともう1人、スーツ姿の別の男……。それについて、僕が何かを問う前に染ノ助君がその男を紹介した。
「こちら、私の手術を担当された、脳神経外科医の加藤亨先生です。橿原先生に脳外科の診察を勧められたと云う話をしたら、是非会いたいと仰有るので、お連れしました……」

 僕はこの半白髪をオールバックに固めた、白いちょび髭の加藤教授に面識がある。彼は僕が在学した某医療系大学の教授で、この大学病院の外科部長なのだ。
「お久し振りです」
「橿原君、何年振りだろうね……。今日はどうしても君と話がしたくて、彼に無理を言って連れて来て貰ったのだ。構わないかい?」
「勿論ですよ!」
「あれ? お知り合いだったのですか?」
 染ノ助君は聞いていなかったのか、僕らが旧知の間柄だったことに驚いている。それを言わないなんて、本当に困った人だ。
 僕が玄関で加藤教授と立ち話をしていると、奥から藤沢さんの声が聞こえてきた。
「先生、そんなところで立ち話なんかしていないで、上がって貰っては如何(いかが)です?」
 藤沢さんの勧めに従い、僕は2人をリビングに招き入れた。

 僕はリビングで水割りを用意し、染ノ助君の話を聴くことにした。但し、染ノ助君は未だアルコールが駄目らしく。ジュースを飲むと言う。まぁ、頭に医療用帽子を被った人間に、水割りを勧める医者と云うのもどうかと言われたら、確かに仰有る通りだ。
「で、どうでしたか?」
「橿原先生のお見立て通りでした……」
 染ノ助の話を加藤教授が補足する。
「頭頂部の膠芽腫(グリオーマ)だったよ。比較的良性であったことと、早期に発見できたので、大事には至らなかった」
「それは良かった。中田副部長の調査報告も役に立った訳ですね……」
「ハハハハ……、確かにな」
 僕と加藤教授の話を聞いて、染ノ助君は不思議そうにしている。そうだな。彼には少し説明しておく必要があるだろう……。
「実は、この加藤教授こそが例のミステリー愛好会の産みの親。愛好会、唯一無二の部長なんですよ」
「へぇ~。不思議なご縁ですねぇ」
 染ノ助君は驚いているようだが、加藤教授はニヤニヤと笑っている。部長、黙っていて染ノ助君を驚かそうとしていたな……。
「いや、ドッペルゲンガーの話だったんで、直ぐに彼のCTを取ったよ。早めに脳外科を紹介してくれて、本当に助かった……」
「妖怪の話から、病気だと思い付くなんて、お2人とも凄いんですねぇ」
「妖怪の話って馬鹿にしますけど、病気が潜んでいることは結構少なくないんですよ。前に真っ黒クロスケが見えるって人がいましてね。誰も真剣に聞かなかったらしいんですが、実は飛蚊症で、硝子体に血の塊があって、それが見えていたんです。その人、網膜剥離も併発していて、危うく失明する処でした……」
「ふむ、そう言う意味では、不思議探偵にもっと活躍して貰って、そんな患者さんの話を拾い上げて欲しいものだね……。ハハハハ」
 僕は照れ臭く、恥ずかしくもあったので、少し話題を変えることにした。
「そういえば、中田先輩は、どうしてるんでしょうね……」
「ああ、あれなら

に居るよ」
「ああ、大学の薬学科ですか?」
「いや、僕と結婚して、家で僕の研究を手伝っているんだよ。ははは……」
 加藤教授はそう言って、照れて顔の汗を脱ぐった。それにしても……、中田女史が加藤教授の奥方になっていたとは……。

 暫く僕たち3人は談笑していたのだが、染ノ助君が自分は帰ると言い、加藤教授を残し帰っていった。そして、それを確かめた後、僕だけでなく、加藤教授も突然に難しい顔に変わる。
「加藤教授、幻視症状まで出ている原発性の膠芽腫(グリオーマ)が、外科手術だけで、抗がん剤や放射線治療もなしに治る訳がないでしょう? 彼は手遅れで、もう助からないと言うことなのですか?」
 僕は加藤教授に尋ねた。
「いや、良性の腫瘍だと思うよ。ただ、実は、これまであった膠芽腫とは全く違うんだよ……。ところで、先程の声は奥さんかい? 折角だから紹介してくれないか?」
「違いますよ……。今、彼女は僕の働いている病院の看護師です……」
 今さら何を言っているんだ? 彼女のことは既に知っているだろう……。
「烏丸眼科クリニックの看護師をしている藤沢です……」
 藤沢さんは、台所からリビングにやって来て加藤教授に挨拶する。そして、序でに余分な自己紹介を付け加えた。
「『看護師が、なんで医師の自宅にいるのだろうか?』ってお思いでしょう? 私、副業で、橿原先生の内縁の妻と言うか、愛人もやっているんですよ……」
 加藤教授は納得した様に頷く。
 おい。もう夫婦関係は無いと言っても、耀子先輩は未だ修平氏と籍を入れたままだろう?! 不適切な発言をするんじゃない!!
「実は僕は、橿原君とその奥さんに会いにきたんだ。君が独身だと言うなら、橿原君の奥さんとは藤沢さんのことなんだろうね……」
 藤沢さんは、加藤教授の言葉を耳にして、小さく微笑んだ。
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

甘樫夫妻


橿原邸に住み込みで家を管理する老夫妻。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

加藤亨


耀子と幸四郎が在席した医療系大学の教授で、同大学病院の外科部長。実はミステリー愛好会の創設者にして、唯一無二の部長だった。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

シラヌイちゃんのお兄さんたち


狐や狼を思わせる容貌を持った兄弟。シラヌイちゃんを母親に会わせようと画策する。

橘風雅(犬里風花)


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女(?)。

白瀬夫妻


シラヌイちゃんの両親。オシラサマと呼ばれている。また、それぞれ馬神様、姫神様とも呼ばれている。

紺野正信(狐正信)


藤沢耀子と白瀬沼藺の高校生時代を知る老人。自称、狐忠信の子孫。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

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