幽霊医者の依頼(1)

文字数 1,723文字

 突然、加藤部長がガックリと頭を垂れ、気絶したように意識を失ってしまう。
 僕も耀子先輩も、想定していたことで驚きもしなかったのだが、染ノ助君は部長に何かあったのかと慌て、立ち上がって救急車を呼ぼうとした程だ。だが、直ぐに部長が顔を上げたので、彼もほっとして席に戻った。
「お久し振りです。まだ加藤さんに取り憑かれていたなんて、正直、驚きですわ」
「耀公主も、幸四郎君も、元気そうで何よりじゃな。儂の方も、耀公主がまだ生きていたとは流石に驚いたぞ」
「あら、耀公主の月宮盈なら、とっくに死んでますわよ。私の姪っ子ちゃんが『極光乱舞』で、ちゃんと殺してますから……」
「ファファファ……」

 染ノ助君が訳が分からないらしく、困惑の表情を浮かべている。説明できるかどうか分からないが、取り敢えず、僕は経緯だけは彼にして置くことにした。
「加藤先生には、華佗って云う医者の幽霊が取り憑いていてね、昔、彼と耀子先輩の活躍で謎を解いたと云うことがあったんだよ」
 そう、あれは『鳥憑き』事件だった……。
 小笠原諸島の婿入島でクルージングをしていた僕たちは、爆弾低気圧に遭遇し、『鳥憑き』と云う恐ろしい病気が蔓延(はびこ)る、電話も郵便局もない不思議な無人島に漂流したのだ。
『鳥憑き』とは、ドードーに似た悪魔鳥に祟られた者が罹る病で、発症すると自ら飛び込み石から飛び降りて、悪魔鳥どもの餌になってしまうと云う恐ろしい風土病だった。
 結局、原住民が悪魔鳥を焼却処分していることをヒントに、加藤部長に取り憑いていた華佗が、ビー玉顕微鏡を使って病原体の卵を見つけ出し、『鳥憑き』の正体が、人間を中間宿主、悪魔鳥を終宿主とする寄生虫症であることを突き止めた……。
 そう、あれから、もう30年の年月が経っている。大学生だった加藤部長、中田女史、耀子先輩、そして僕……、みんな随分と良い歳になってしまった。

「で、どうして欲しいんです?」
 耀子先輩は華佗に尋ねた。
「なに、説明は難しくない。政府がやろうとしていることを、耀公主にやって貰うだけじゃよ。蓬莱島からの攻撃を止めるよう交渉し、相手が納得しないようなら……」
「しないようなら?」
「しないようなら、蓬莱島を破壊して、海へと沈めて欲しいのじゃ」
 海に沈めるとは、随分過激だなあ……。
「あら、何の前触れもなく、報復に生物兵器を使用してくるような相手なのよ。こちらだって、即時報復攻撃したとしても悪くはなかったんじゃないかしら?」
 さっきは、政府が海妖樹を伐採するのを無茶だと言った癖に……。全く耀子先輩は気紛れなんだから……。
 染ノ助君はと云うと、流石に話についていけないようだった。
「あの~、その蓬莱島はどこにあるんですか? 政府の使節団として行くんですか?」
「うむ、蓬莱島は今、世文島の西約50キロの辺りにある」
 今、世文島の西約50キロの辺り? 今とはどういう意味なんだ?
「勿論、政府公認の使節ではない。大学教授が、学術的な調査なら兎も角、破壊も視野に入れた使節の派遣など指示できる訳もないからな。それに、仮に工作部隊に潜り込ませても、そのような組織の中では、ふたりには戦い難いじゃろうしな」
「世文島ですか……。それならどうでしょう、私を一緒に連れて行っちゃぁくれませんか? 世文島なら、父の贔屓筋の方がそこに居り、以前、その方のクルーザーをお借りしたことがあるんですよ。私なら船舶免許も持っておりますし、一石二鳥じゃぁないでしょうか?」
「それは危険だわ」
 染ノ助君の提案には耀子先輩が反対する。しかし、僕たちは危険ではないのだろうか?
「じゃあ、どうされるってんですか?」
「それは部長が、大友善次郎さんに頼んでくれるんですよね……」
 彼の問いには僕が答えた。
 尚、大友善次郎さんと云うのは、婿入島で民宿を営んでいる加藤部長の知り合いだ。彼の釣り船に乗っていた時、僕たちは『鳥憑き』事件に巻き込まれたのだ。
「馬鹿を言うな。大友善次郎は当時何歳だったと思っておるのじゃ。生きておる訳が無かろう……。それに、婿入島は小笠原諸島、言わば南の果てじゃよ。世文島は北海道、余りに遠すぎるわい!」
 おいおい、じゃあ、あんたはどうさせる心算だったんだよ?!
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

甘樫夫妻


橿原邸に住み込みで家を管理する老夫妻。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

加藤亨


耀子と幸四郎が在席した医療系大学の教授で、同大学病院の外科部長。実はミステリー愛好会の創設者にして、唯一無二の部長だった。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

シラヌイちゃんのお兄さんたち


狐や狼を思わせる容貌を持った兄弟。シラヌイちゃんを母親に会わせようと画策する。

橘風雅(犬里風花)


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女(?)。

白瀬夫妻


シラヌイちゃんの両親。オシラサマと呼ばれている。また、それぞれ馬神様、姫神様とも呼ばれている。

紺野正信(狐正信)


藤沢耀子と白瀬沼藺の高校生時代を知る老人。自称、狐忠信の子孫。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み