白瀬夫妻の家へ(2)
文字数 1,797文字
車はくるくると同じ道を巡回しているらしく、ずっと走っている様で、あまり遠くには進んでいない気がする。つまり、遠くまで行ったと見せかけて、実は、白瀬家は遠野駅から近い場所にあるのではなかろうか?
だが、残念ながら、昨日までの診察疲れの為か、僕は車の振動に促されぐっすりと寝てしまい正確な位置までは分からなかった。
僕が耀子先輩に起こされたのは、もう白瀬家の目の前に車が停まった後のことだった。
はて、ここは何処だろう?
小高い丘の上の様であり、なんか神社の境内の様に開けた場所だ。そして、白瀬家と云うのは、僕の想像していた豪邸とは大きく異なり、古民家の様な茅葺き屋根で平屋の古びた造りの家だった。
家に近づいてぐるりと玄関に廻ると、その不思議さが改めて際立ってくる。
家はL字形をしており、L字の長い部分が母屋、短い部分が馬屋になっている様だった。但し、今はもう馬を飼ってはないようで、だだ広い土間として残されているだけだ。玄関はL字の折れた部分にあるのだが、扉もなく、中に土間が続いている。この土間に突然、板張りの部屋があり、台に登る様な感じで部屋へと上がることが出来るらしい。
で、この板張りの部屋の奥に、畳の部屋が数部屋あるそうで、その主人の間に白瀬夫妻は居るとのことだ。
「随分と無用心な家ですね……」
僕の感想には、正信老人が答えてくれる。
「昔は、使用人が土間の奥で寝泊まりしていたからね。馬もいたし、何かあったら直ぐ分かったんじゃないかな? それに、台所は土間の奥にあって、火を絶やす訳にはいかないから、誰かしら起きていたんじゃないかな」
成程……。だが、現代では無用心であることは間違いないと思うのだが……。
「オシラサマの家に入る泥棒なんて、何処にもいないわよ」
耀子先輩が僕の心の中の感想に答えた。
「でも、資産家なんでしょう?」
「オシラサマは何も蓄えてないわよ」
「でも、シラヌイちゃんは、お姫様だって先輩は言ってましたよね……」
「それはね、政木家の娘だからよ。沼藺はオシラサマの養女であると同時に、政木家の姫としての地位も持っているの。そう言う意味では風雅ちゃんも同じね」
何だか良く分からないなぁ。まぁ、確かに特別養子で無ければ、養子は実父母と養父母の2組の親を持ってるもんだから、そんなものなんだろうな……。
板張りの部屋を進むと、襖があって、その中が主人の部屋と云うことらしい。その前にくると、正信老人が襖の前に座って深々と頭を下げ、中の人物、恐らく白瀬夫妻だろうが、その人にに入室のお伺いをたてる。
「紺野正信、参上つかまつりました」
「さ、さ、そんな畏まらないで、早くお入りなさい」
「ははー」
正信老人が再び深く頭を下げ、畏まって襖を開く。
中を覗くと、八畳くらいの大きさの普通の和室の様で、品の良さそうな桐箪笥などの調度が幾つかあり、奥にはまだ部屋があるのか、襖で閉ざされていた。
「態々、遠くからご苦労様ですね。早くお入りなさいましな」
そう言ったのは、白拍子姿の若くて美しい女性。隣には立派な体躯の顔の長い男性が座っている。これが姫神様と馬神様か……。成程、上手いことを言ったものだ。
僕たちは、この家の主に勧められるままに、この少し狭い主人の間に、全員でぞろぞろと入っていった。
「耀子さん、お久し振りね」
「姫神様も、お元気そうで何よりですわ」
この2人は矢張り知り合いらしい……。
それにしても、話をするのは姫神様ばかりで、馬神様って殆ど喋らない。この人、余程無口なんだろうな……。
すると、直ぐ後から風花ちゃんもやって来て、部屋の中に入り正座する。
「オシラサマにはご機嫌麗しゅう……」
「ご丁寧なご挨拶、痛み入ります。風花さんは橘風雅とご改名されたんですってね、おめでとうございます」
「ありがとうございます!」
あれ、風花ちゃんって、白瀬家の養女じゃなかったっけ? う~ん、ここの家族関係は複雑だなあ……。
にこやかな再会の場であったが、この2人には我慢がならない様子で、強引にオシラサマの前ににじり寄り、来訪の目的を告げようとする。
「オシラサマ、私ども、オシラサマにおねがいの儀がございます……」
それに姫神様は溜息を吐いてから、物憂い表情に変わって2人に返事を返した。
「皆を言わずとも分かっております。ですが、それに関しましては、良いお返事をする訳には参りません」
だが、残念ながら、昨日までの診察疲れの為か、僕は車の振動に促されぐっすりと寝てしまい正確な位置までは分からなかった。
僕が耀子先輩に起こされたのは、もう白瀬家の目の前に車が停まった後のことだった。
はて、ここは何処だろう?
小高い丘の上の様であり、なんか神社の境内の様に開けた場所だ。そして、白瀬家と云うのは、僕の想像していた豪邸とは大きく異なり、古民家の様な茅葺き屋根で平屋の古びた造りの家だった。
家に近づいてぐるりと玄関に廻ると、その不思議さが改めて際立ってくる。
家はL字形をしており、L字の長い部分が母屋、短い部分が馬屋になっている様だった。但し、今はもう馬を飼ってはないようで、だだ広い土間として残されているだけだ。玄関はL字の折れた部分にあるのだが、扉もなく、中に土間が続いている。この土間に突然、板張りの部屋があり、台に登る様な感じで部屋へと上がることが出来るらしい。
で、この板張りの部屋の奥に、畳の部屋が数部屋あるそうで、その主人の間に白瀬夫妻は居るとのことだ。
「随分と無用心な家ですね……」
僕の感想には、正信老人が答えてくれる。
「昔は、使用人が土間の奥で寝泊まりしていたからね。馬もいたし、何かあったら直ぐ分かったんじゃないかな? それに、台所は土間の奥にあって、火を絶やす訳にはいかないから、誰かしら起きていたんじゃないかな」
成程……。だが、現代では無用心であることは間違いないと思うのだが……。
「オシラサマの家に入る泥棒なんて、何処にもいないわよ」
耀子先輩が僕の心の中の感想に答えた。
「でも、資産家なんでしょう?」
「オシラサマは何も蓄えてないわよ」
「でも、シラヌイちゃんは、お姫様だって先輩は言ってましたよね……」
「それはね、政木家の娘だからよ。沼藺はオシラサマの養女であると同時に、政木家の姫としての地位も持っているの。そう言う意味では風雅ちゃんも同じね」
何だか良く分からないなぁ。まぁ、確かに特別養子で無ければ、養子は実父母と養父母の2組の親を持ってるもんだから、そんなものなんだろうな……。
板張りの部屋を進むと、襖があって、その中が主人の部屋と云うことらしい。その前にくると、正信老人が襖の前に座って深々と頭を下げ、中の人物、恐らく白瀬夫妻だろうが、その人にに入室のお伺いをたてる。
「紺野正信、参上つかまつりました」
「さ、さ、そんな畏まらないで、早くお入りなさい」
「ははー」
正信老人が再び深く頭を下げ、畏まって襖を開く。
中を覗くと、八畳くらいの大きさの普通の和室の様で、品の良さそうな桐箪笥などの調度が幾つかあり、奥にはまだ部屋があるのか、襖で閉ざされていた。
「態々、遠くからご苦労様ですね。早くお入りなさいましな」
そう言ったのは、白拍子姿の若くて美しい女性。隣には立派な体躯の顔の長い男性が座っている。これが姫神様と馬神様か……。成程、上手いことを言ったものだ。
僕たちは、この家の主に勧められるままに、この少し狭い主人の間に、全員でぞろぞろと入っていった。
「耀子さん、お久し振りね」
「姫神様も、お元気そうで何よりですわ」
この2人は矢張り知り合いらしい……。
それにしても、話をするのは姫神様ばかりで、馬神様って殆ど喋らない。この人、余程無口なんだろうな……。
すると、直ぐ後から風花ちゃんもやって来て、部屋の中に入り正座する。
「オシラサマにはご機嫌麗しゅう……」
「ご丁寧なご挨拶、痛み入ります。風花さんは橘風雅とご改名されたんですってね、おめでとうございます」
「ありがとうございます!」
あれ、風花ちゃんって、白瀬家の養女じゃなかったっけ? う~ん、ここの家族関係は複雑だなあ……。
にこやかな再会の場であったが、この2人には我慢がならない様子で、強引にオシラサマの前ににじり寄り、来訪の目的を告げようとする。
「オシラサマ、私ども、オシラサマにおねがいの儀がございます……」
それに姫神様は溜息を吐いてから、物憂い表情に変わって2人に返事を返した。
「皆を言わずとも分かっております。ですが、それに関しましては、良いお返事をする訳には参りません」