憎しみは拭えない(2)
文字数 1,943文字
その時、僕の脳裏に狐の親子のイメージが映し出された。時々、僕の心に起こる不可思議現象だ。恐らく、今回は狐に喩えてシラヌイちゃんの気持ちを、誰かが説明してくれるのだろう……。
初めて外に出て疲れたのだろうか? 金色の毛をした母狐の懐には、3匹の子狐が丸くなって寝ていた。
母親は子供を慈しむ様に、その顔や体を順番に舐めていく。だが、最後の子の番になって、母親の動きが止まった……。
母親は困惑の表情を浮かべ、その一番小さい子狐をどうすべきだろうか、思い悩んでいる様子だ。
理由は明快だった……。
最後の一番小さい子狐の毛色は、母親や兄の様な輝く金色でなく、地獄に暮らす悪魔を思わせる漆黒だったからだ……。
黒い子狐への虐めは酷いものだった……。
蹴られる噛まれるは日常茶飯事。それで良く黒い子狐が生きて来られたと思う。それなのに、母親は黒い子狐の虐めには加わらないものの、兄狐たちを叱ることもなく、その虐めを無言で眺めていた。
だが、そんな虐めは、まだ可愛い方だった。黒い子狐は、母の乳を飲むことすら許されなかった。乳を飲もうとすると、どちらかの兄が黒い子狐に噛みつくのだ。勿論、遊び半分のアマガミではない。体は傷付き黒い毛は血に濡れて、赤黒く固まっていた。
それでも乳を飲まねば生きて行けない。黒い子狐は噛まれても、噛み跳ばされても、乳を求めて母の懐を目指した……。一瞬でも乳首を咥える為に……。
それは、2人の兄が偶然同時に眠りについている時のことだった。黒い子狐は幸いとばかりに母の乳房を目指した。やっと兄に邪魔されず、飲みたいだけ乳が飲める!
だが、それは甘い夢だった。乳を飲もうとするのを邪魔したのは、なんと子狐の母だったのだ。彼女は黒い子狐が乳を飲もうと近づくと、牙を剥いて子狐を威嚇したのだ。
黒い子狐は何かの間違いだろうと、何回か母の元に行こうとするが、母親はその度に自分の子に牙を剥いて威嚇する。他人の子が乳泥棒にでも来たかの様に……。やがて黒い子狐も諦めて、巣穴から出ていった。
その後、黒い子狐は、他の狐の巣穴に忍び込んでは乳泥棒をして生き長らえた。寝ている母狐の隙をついて、他人の乳房にくらいつくのだ。少しでも乳が飲めれば良い。見つかると直ぐに逃げ出した。狐以外の生き物の乳も漁った。中には同情してくれたのか、黙って乳を分けてくれた者もいたが、大概は捕まると死ぬほど噛まれた。それでも、黒い子狐は自分の母親の元へは帰らなかった。
肉を食うようになっても、1人で餌を取らなければならなかった。大概が逃げられ、逆に噛まれた。怪我をさせられ、腹が減っては他人 の餌を盗んで飢えをしのいだ。
だが、そんな生活にも終わりが来ていた。
盗み喰いにも限度がある。体は傷だらけ、何ヵ所か、折れた骨が変な形で治った為、満足に歩くことも出来ない。
黒い子狐は空腹に倒れた。
「ああ、死ぬんだ……。誰も助けてなんかくれない。悔しい、悔しい。怨めしい、怨めしい。恨んでやる、みんな恨んでやるんだ!」
子狐はそう全てを呪いながら、力なくその両目を閉じた。
白昼夢はそこで終わった……。
シラヌイちゃんの気持ちは、あの黒い子狐と同じだったのだろう。彼女は2人の兄に虐めを受けたそうだが、子供なんて、そう云う残酷な所が少なからずある。ましてや兄弟と言うのは最初に存在するライバルだ。その争いがエスカレートすれば、危険な程の争いになったとしても不思議なことではない。
だが、それをコントロールするのは親の役目ではないのか? 親が、遊びの範疇とやっては行けないことの境界を示さなくてどうするのだ。彼女の兄たちは、確かにシラヌイちゃんに酷いことをし続けたのたも知れない。だが、誰かがキチンと注意すれば、それは治まっていたのではないか?
黒い子狐に致命的な絶望感を与えたのは、乳を与えることを拒んだ母親の態度だ。
母親しか頼ることの出来ない子狐に対し、彼女は黒い子狐の母であることを拒絶した。あれは黒い子狐の母親に対する想いを完全に裏切った行為なのだ。
シラヌイちゃんも、育児放棄されたと耀子先輩が言っていた。確かに、その時の母親は、ノイローゼなど精神的に追い込まれた状態だったのかも知れない。母親にもそう言った言い分はあるだろう……。
だが、だからと言って、捨てられた子供に「あれは仕方がないことだ、許してやれ!」とは、言えないのではないか?
恐らくシラヌイちゃんは、理性的には憎しみからは何も生まれないことを知っているのだろう。そして、母親を許そうとも考えたに違いない。だが、それが出来なかったのだ。
恨みを忘れるには、彼女は母のことを忘れるしかなかった。それを、誰が非難できると言うのだろうか……。
初めて外に出て疲れたのだろうか? 金色の毛をした母狐の懐には、3匹の子狐が丸くなって寝ていた。
母親は子供を慈しむ様に、その顔や体を順番に舐めていく。だが、最後の子の番になって、母親の動きが止まった……。
母親は困惑の表情を浮かべ、その一番小さい子狐をどうすべきだろうか、思い悩んでいる様子だ。
理由は明快だった……。
最後の一番小さい子狐の毛色は、母親や兄の様な輝く金色でなく、地獄に暮らす悪魔を思わせる漆黒だったからだ……。
黒い子狐への虐めは酷いものだった……。
蹴られる噛まれるは日常茶飯事。それで良く黒い子狐が生きて来られたと思う。それなのに、母親は黒い子狐の虐めには加わらないものの、兄狐たちを叱ることもなく、その虐めを無言で眺めていた。
だが、そんな虐めは、まだ可愛い方だった。黒い子狐は、母の乳を飲むことすら許されなかった。乳を飲もうとすると、どちらかの兄が黒い子狐に噛みつくのだ。勿論、遊び半分のアマガミではない。体は傷付き黒い毛は血に濡れて、赤黒く固まっていた。
それでも乳を飲まねば生きて行けない。黒い子狐は噛まれても、噛み跳ばされても、乳を求めて母の懐を目指した……。一瞬でも乳首を咥える為に……。
それは、2人の兄が偶然同時に眠りについている時のことだった。黒い子狐は幸いとばかりに母の乳房を目指した。やっと兄に邪魔されず、飲みたいだけ乳が飲める!
だが、それは甘い夢だった。乳を飲もうとするのを邪魔したのは、なんと子狐の母だったのだ。彼女は黒い子狐が乳を飲もうと近づくと、牙を剥いて子狐を威嚇したのだ。
黒い子狐は何かの間違いだろうと、何回か母の元に行こうとするが、母親はその度に自分の子に牙を剥いて威嚇する。他人の子が乳泥棒にでも来たかの様に……。やがて黒い子狐も諦めて、巣穴から出ていった。
その後、黒い子狐は、他の狐の巣穴に忍び込んでは乳泥棒をして生き長らえた。寝ている母狐の隙をついて、他人の乳房にくらいつくのだ。少しでも乳が飲めれば良い。見つかると直ぐに逃げ出した。狐以外の生き物の乳も漁った。中には同情してくれたのか、黙って乳を分けてくれた者もいたが、大概は捕まると死ぬほど噛まれた。それでも、黒い子狐は自分の母親の元へは帰らなかった。
肉を食うようになっても、1人で餌を取らなければならなかった。大概が逃げられ、逆に噛まれた。怪我をさせられ、腹が減っては
だが、そんな生活にも終わりが来ていた。
盗み喰いにも限度がある。体は傷だらけ、何ヵ所か、折れた骨が変な形で治った為、満足に歩くことも出来ない。
黒い子狐は空腹に倒れた。
「ああ、死ぬんだ……。誰も助けてなんかくれない。悔しい、悔しい。怨めしい、怨めしい。恨んでやる、みんな恨んでやるんだ!」
子狐はそう全てを呪いながら、力なくその両目を閉じた。
白昼夢はそこで終わった……。
シラヌイちゃんの気持ちは、あの黒い子狐と同じだったのだろう。彼女は2人の兄に虐めを受けたそうだが、子供なんて、そう云う残酷な所が少なからずある。ましてや兄弟と言うのは最初に存在するライバルだ。その争いがエスカレートすれば、危険な程の争いになったとしても不思議なことではない。
だが、それをコントロールするのは親の役目ではないのか? 親が、遊びの範疇とやっては行けないことの境界を示さなくてどうするのだ。彼女の兄たちは、確かにシラヌイちゃんに酷いことをし続けたのたも知れない。だが、誰かがキチンと注意すれば、それは治まっていたのではないか?
黒い子狐に致命的な絶望感を与えたのは、乳を与えることを拒んだ母親の態度だ。
母親しか頼ることの出来ない子狐に対し、彼女は黒い子狐の母であることを拒絶した。あれは黒い子狐の母親に対する想いを完全に裏切った行為なのだ。
シラヌイちゃんも、育児放棄されたと耀子先輩が言っていた。確かに、その時の母親は、ノイローゼなど精神的に追い込まれた状態だったのかも知れない。母親にもそう言った言い分はあるだろう……。
だが、だからと言って、捨てられた子供に「あれは仕方がないことだ、許してやれ!」とは、言えないのではないか?
恐らくシラヌイちゃんは、理性的には憎しみからは何も生まれないことを知っているのだろう。そして、母親を許そうとも考えたに違いない。だが、それが出来なかったのだ。
恨みを忘れるには、彼女は母のことを忘れるしかなかった。それを、誰が非難できると言うのだろうか……。