海域封鎖指令(3)

文字数 1,783文字

 蓬莱島の東1キロにあるA地点。防護服を着込んだ僕たちは、そこに到着すると同時に、自衛隊が用意したゴムボードへと乗り込んだ。それにしても、1キロもゴムボートで移動させるなんて……。
「心配しなくても大丈夫。海流に乗っていけば、別に漕がなくても、ボートは勝手に運ばれて行きますわ」
 耀子先輩は僕にそう言う。
 しかし、耀子先輩はそう言うけれど、そんな海流なんかあったっけ? 第一、行きは良いのだけれど、帰りは流れが逆になるんじゃないのか……。
 だが、ボートは進んで行く。西へと西へと。なぜだろう……?
 魚だ! 魚がボートを運んでいるんだ!
 魚が群れをなして移動することで、島への海流が発生しているのだ!!
 まぁ、耀子さんなら魚を操るくらいは遣り兼ねない。彼女の親族には科学者もいるし、資本を出してくれる会社経営者もいる。魚を操る薬くらい、彼女なら持っていても不思議ではないのだ。
 まぁ確かに……、これなら行きも帰りも楽が出来るだろうな……。

「それにしても、動き(にく)いですねぇ……」
 染ノ助君はどうも防護服と防毒マスクの組み合わせが気に入らないらしい。確かに動き難いし、どうも某国の検疫官みたいで、彼の中ではイメージが悪い様だった。
 だが、これも必要な装備だ。
 敵は殺人植物の種子を飛ばすと言う、言わば生物兵器を使用する様な奴なのだ。他にどんな恐ろしい科学兵器を使用するか分かったものじゃないだろう。
「だったら、脱げばいいだろ~! 俺は最初から何も着てねぇぞ!!」
 染ノ助君の言葉に一つ目鴉が反論する。
「この子の言うことも尤もね。海妖樹も常に種子を飛ばしてる様でも為さそうだし、仮に種が体内に入ったとしても、直ぐには発芽しないでしょう? このあと加藤さんのところで健診して貰えば、感染していても大丈夫なんじゃないかしら……?」
 確かにそうかも知れないな……。
「じゃぁ、私たちも脱ぎましょうか……」
 耀子先輩がそう言うと、なんか卑猥な感じがするなぁ……。勿論、彼女は防御服しか脱ぎはしないのだが……。
「幸四郎、別に良いわよ……。確かに、一つ目鴉は最初から全裸ですものね……」
 じょ、冗談じゃない。染ノ助君の目の前で、耀子先輩と裸になるなんて……。それこそ、淫行眼科医の噂が再燃してしまうじゃないか!
 そ、染ノ助君は……?
 ああ、聞こえなかったのか、あるいは耀子先輩の発言の意味が分からなかったのが、向こうを向いている。
 で、結局、僕たちは防護服とマスクを外して、蓬莱島に向かうことにした。勿論、普通に服は着たままで……。

 僕たちは蓬莱島に着くと、直ぐに上陸することはせず、先ずマングローブの森をゴムボートで縫う様に移動し、島の海岸線がどうなっているのかを調べた。
 マングローブは島の略全周を覆っており、東側の一ヵ所だけ切れ目があり、そこを入ると入り江になっていた。そして、そこの岸辺だけが白い砂浜となって、訪問者の上陸が可能な構造となっている。
「どうやら、ここから上陸して来いと云うことの様ですね」
 僕は耀子先輩に同意を求めたが、耀子先輩は不機嫌な顔をして答えようとはしない。その代わりに、染ノ助君が僕に賛同する。
「その様ですねえ。でも、これは罠と考えた方がいいんじゃぁありませんか?」
 一つ目鴉も同意見の様だ。
「そうだろうな。だが、上陸するなら、ここからしか無いようだぜ……。公主様、直ぐに上陸しますか?」
「ご免なさい。もう一周、島を周ってくださらないかしら?」
 一つ目鴉の問いに、耀子先輩は決断が付かぬかの様にこう答えた。僕たちは、耀子先輩の困惑が分からぬものの、彼女の意見に従って、もう一周ボートで島を周ることにしたのである。

「それにしても熱いなぁ……。北の海とは思えない気温じゃないですか?」
 僕の愚痴に染ノ助君が賛同する。
「そうですね。これじゃぁまるで、熱帯のジャングルですよ」
「これで、染ノ助君の疑問がひとつ解けた訳だね。どうしてマングローブが枯れずに育っているのかってのが……」
 僕の言葉に一つ目鴉が反応する。
「だが、どうしてこんなに熱いのかって、新たな疑問が生まれたぜ」
「島に火山でもあるのかな?」
「馬鹿言うな。蓬莱島は浮島だぜ。火山脈がある訳ないだろう!」
 確かに一つ目鴉の言う通りだ。結局、耀子先輩の言う様に、ここには仙術の様な物が働いているのかも知れない。
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

甘樫夫妻


橿原邸に住み込みで家を管理する老夫妻。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

加藤亨


耀子と幸四郎が在席した医療系大学の教授で、同大学病院の外科部長。実はミステリー愛好会の創設者にして、唯一無二の部長だった。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

シラヌイちゃんのお兄さんたち


狐や狼を思わせる容貌を持った兄弟。シラヌイちゃんを母親に会わせようと画策する。

橘風雅(犬里風花)


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女(?)。

白瀬夫妻


シラヌイちゃんの両親。オシラサマと呼ばれている。また、それぞれ馬神様、姫神様とも呼ばれている。

紺野正信(狐正信)


藤沢耀子と白瀬沼藺の高校生時代を知る老人。自称、狐忠信の子孫。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

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