青年の村(2)

文字数 1,663文字

 青年の村には、新幹線と在来特急を乗り継ぎ、地元の第三セクターのローカル線の駅を降り、そこから徒歩で五時間は歩かないと行きつけない場所にあるらしいのだ。
 流石に、僕たちもそこまで歩きたくはない。だから、ローカル線には乗らず、タクシーを捕まえ易い特急の駅でタクシーを拾うことにしたのだ。
 だが、驚いたことに、タクシーに乗って、運転手に村の名前を説明しても、どの運転手も青年の村など知らない……。いや、存在しないと皆が皆、判を押したように答えるのだ。それで僕たちは、その度ごとに途中から駅に引き返し、無駄に車代を支払う羽目になったのである……。

 流石に途方に暮れた僕は、六度目に駅に戻った時には、情けなくも耀子先輩に泣き言、愚痴を溢してしまった。
「これじゃ、村になど行けませんよ……。あの青年の話って、最初っから嘘だったんじゃないですか? だったら、全くとんだ出費ですよ……」
 たが、耀子先輩は微笑んだまま、何も心配していない様子だった。
「橿原先生、彼は嘘など言ってませんよ。私が聞いていたんです。間違いありません。それに、次のタクシーは、きっと彼の村の場所を知っていると思いますよ……」
 すると、耀子先輩がそう言った途端、僕たちは未だタクシー乗り場に戻ってなかったにも関わらず、運良く空車のタクシーが僕たちの方に近づいて来た。先輩は手を上げてタクシーを止め、青年の村に行くよう運転手に話しをつける。
「いいですよ。ご乗車ください」
 今度の運転手はこれ迄と異なり、二つ返事で僕たちを招きいれた。
「さ、乗りましょう、先生」
 耀子先輩はそう言ってから、「あ、旅行カバンがあるので、それをトランクに入れて頂けるかしら?」と、タクシーの運転手に荷物の積み込みも依頼したのである。

 僕たちはタクシーに乗り込み、かれこれ小一時間は車に揺られている。それも、道路の舗装が行き届いていないので、揺られていると云うよりは、揺さぶられていると云う方がより適切だ。
「まだまだ、あるんですか?」
 僕の質問に、運転手は何も答えようとはしない。無愛想な運転手もいたものだ。
 それにしても、この運転手、何かおかしい気がする……。ちょっと、物の怪の様な気配が感じられるじゃないか……。
 僕が訝っていると、今度は耀子先輩が運転手に話し掛ける。
「申し訳ないけれど、村の入り口の少し手前で止めてくださるかしら? 歩いて村の中へ入りたいの……」
「分かりました……」
 耀子先輩の時はちゃんと答えるのか……。気持ちは分からないでもないが、僕だって客なのだ、もう少しくらい愛想良くしてもいいんじゃないか?
 暫く進んだ後、タクシーは谷戸の様に、山に囲まれた場所に僕らを降ろした。そして、彼は僕たちの荷物をトランクから取り出すと、最後に「あの村は、前の山を越えた所にあります。向こうへは、少し坂を登り、トンネルを潜れば行ける筈です。どうか、お気をつけて……」と言い残し、車をUターンさせて帰って行った。
 耀子先輩は、そのタクシーを、少し不満そうに見送っている。
「しっかり料金を取ってったわね……」
 いや、当たり前でしょう。寧ろ、帰りの道のりのことを考えたら、乗車拒否せずここまで乗せてくれたことに感謝しないと……。
 勿論、僕はそんなことを口にする筈もなく、先を歩き始めている耀子先輩の後を小走りに追いかけた。

 トンネルを潜り、坂を降ると、確かに里山の様な集落がある。恐らくここが、青年の言っていた蔵の村に違いない。
 だが……、この村は一体……。
「ええ……。明らかにおかしいですね、先生。ここには物の怪が……」
 まだ、黄昏時には暫し間がある。
 明るい午後の日差し、刈り取られた小さめの田んぼの黄金色。物の怪が跋扈するには、確かに不釣り合いな時刻だ。
 僕の叔母は、紀伊半島にある由緒ある社で長年巫女をつとめていた。その血筋のせいなのか、僕には少なからず霊感らしきものがある。その僕が断言するのだ。この村は明らかに異常だ!!
 物の怪の気配が、なんと、全くと言っていいほど感じられないのだ。
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

甘樫夫妻


橿原邸に住み込みで家を管理する老夫妻。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

加藤亨


耀子と幸四郎が在席した医療系大学の教授で、同大学病院の外科部長。実はミステリー愛好会の創設者にして、唯一無二の部長だった。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

シラヌイちゃんのお兄さんたち


狐や狼を思わせる容貌を持った兄弟。シラヌイちゃんを母親に会わせようと画策する。

橘風雅(犬里風花)


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女(?)。

白瀬夫妻


シラヌイちゃんの両親。オシラサマと呼ばれている。また、それぞれ馬神様、姫神様とも呼ばれている。

紺野正信(狐正信)


藤沢耀子と白瀬沼藺の高校生時代を知る老人。自称、狐忠信の子孫。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

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