カウンセリング(4)

文字数 2,485文字

「僕はある山奥の村に暮らしている学生です。僕の村には、幾つもの大きな倉がありまして、そこに一組の家族が住んでいるのです。この家族は母ひとり子ひとりで、彼らの世話は村人全員が負担しています。それは、金銭的な面だけではなく、水汲みや炊事、掃除などの家事全般から子供の教育に至るまで、全てを村人全員が分担しているのです。この為、実質的にこの母子は、倉の中から出る事がありません……」
「話の腰を折って申し訳ない。質問は後で纏めた方が良いのかな? それとも随時行って構わないかい?」
 僕は確認したいことがあったので、青年にそれを確認した。すると、青年はどちらでも良いと答える。そこで僕は、質問は適宜させて貰うことにした。
「実質的にとは、どう言うことかな?」
「それは言葉通りです。倉に鍵が掛けられ、拉致されている訳ではありませんが、外に出ようとすると村人の見張りが必ず付くのです。そして、村から出ようと思っても、お金を渡しては貰えないのです」
「それは酷いですね……」
 青年は僕の言葉をスルーして話を続ける。
「その子供が今週の日曜日に見合いをします。相手は色々な所から、無理矢理連れて来られた若い女性たちです」
「女性たち?」
「そうです。その日、何人もの女性が倉に住む子供の配偶者候補として倉に集められます。子供は、その中の一人を選ばなければなりません。そして、選ばれた女性は、有無も言わせず子供の配偶者にさせられます。拒否は許されていないのです」
 耀子先輩が口を挟む。
「もし、それが真実ならば、由々しき人権問題ですね」
「もし……、ですか……。矢張り、信じては頂けないのですね……」
「ええ。貴方は、話を少し誤魔化していますもの……」
「誤魔化している?」
「他人事の様に話してますでしょう? もし、その話が本当なら、単なる村民がそれ程詳しい話を知っているとは到底思えません。貴方のお姉さんか、恋人が配偶者候補として誘拐されたのか? それとも……」
 青年は驚いた様に目を見張った。そして、暫く後、観念した様に溜息を吐いた。
「ふぅぅぅぅ。流石に不思議探偵さんですね。では、信じて頂けるかは、あなた方にお任せしましょう……」
 しかし、不思議探偵は僕なのだが……。
 青年は、僕の気持ちも知らないままに、その不思議な話を語りだした。
「先程の話の、倉に住む子供と言うのが、実は自分のことなのです。僕は今度の日曜日に強引に見合いをさせられます。ですから、日曜日に開設されるネットでの受付では、どうしても間に合わなかったのです」
「と言うことは、先週中に連絡できなかった訳ですから、この見合いのことを知ったのは、今週中と言うことになりますね?」
「はい。それまで僕は、そんなこと聞いたこともありませんでした。それを突然母に言われ、驚いた僕は克哉……、村の友だちですが……、克哉に相談して、彼から不思議探偵の存在を教えて貰ったのです。ですが、先生は日曜日にしか受け付けておりません。そこで仕方なく、視力矯正手術の予約を取って、克哉の手引きで村を脱け出し、先生に話を聞いて貰うことにしたのです」
 成程、それでは仕方がないか……。
「ここまでの交通費はどうなされました?」
「克哉から借りました。彼もこの話に憤慨していて、見合いをぶっ潰す為ならと、十万円を貸してくれたのです」
「十万円も?」
「恐らく、消費者金融にでも借りたんだと思います」
「随分、友情に厚いお友達ですね?」
「実は彼の妹の恵美子ちゃんが、花嫁候補に選ばれているのです。彼は妹の為ならと、僕にお金を貸してくれたんだと思います」
 耀子先輩は思ったことをずけずけと言う。
「克哉君と言う人は、余程、妹さんを貴方と結婚させたく無かったんですねぇ」
 だが、この失礼な意見にも、青年は怒りもしなかった。
「それはそうです。母を見ていれば分かります。母は僕の知る限り、笑ったことがありません。母は父と無理矢理結婚させられてから、全ての自由を奪われて、ただ子作りの道具、子育ての道具として倉の中で暮らしてきたのです。そして、それも今度の日曜日で終ります……」
「終る?」
「恐らく、口封じの為に殺されるんだと思います。母はそれも、もう受け入れているのではないかと僕は考えてます」
 酷過ぎる話だ。少なくとも現代日本に於いて、この様な野蛮な風習が残っていて良い筈がない。この見合い……、いや、風習そのものから、ぶっ潰す必要がある!
 耀子先輩は、青年の言葉を信じていないのか、彼の話の隙をついて質問してくる。
「なぜ、貴方の結婚と同時に、お母様が殺されなければならないのですか? あと、お父様はどう考えておられるのですか?」
「母は役目を果たしたのです。男子を生み、そして次の世代を残したのですから……。父は僕の誕生の三年後、責任を果たしたので、この世を去りました……」
 耀子先輩は興味深気に笑みを浮かべる。
「貴方が成人する前に死んだら、どうなさるのでしょう?」
 青年の言葉から察するに、村民は青年の血脈を何より大事と考えている節がある。そうであれば、耀子先輩の言う様なリスクも充分に考えられるじゃないか。
「僕は死にませんよ。と言うか、普通には死ねないんです。僕の血筋は生まれながらに人間離れした回復力があって、どんな病気も、どんな怪我でも治ってしまうのです」
「でも、お母様は殺されると仰有いましたし、お父様の方は既にお亡くなりになられているのでしょう?」
「母は普通の人間です。父の方は何やら、特別な石があって、それを使うことでミイラの様になって死ぬことが出来るのだそうです」
「ミイラの様にね……」
 青年は全てを話し終えたのだろうか? 一息ついて、出されていたお茶を一口飲んだ。
「それで……、橿原先生に、何をして欲しいのかしら?」
 そんなの決まっているじゃないか! この見合いをぶち壊して、青年と青年の母親を倉から解放するのだ!!
「何故、僕の血筋は、こうまでして残さなくちゃならないのか? 父や母が、なんで子孫を残したら死ななければいけないのか? それを先生に、解き明かして欲しいのです!」
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

甘樫夫妻


橿原邸に住み込みで家を管理する老夫妻。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

加藤亨


耀子と幸四郎が在席した医療系大学の教授で、同大学病院の外科部長。実はミステリー愛好会の創設者にして、唯一無二の部長だった。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

シラヌイちゃんのお兄さんたち


狐や狼を思わせる容貌を持った兄弟。シラヌイちゃんを母親に会わせようと画策する。

橘風雅(犬里風花)


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女(?)。

白瀬夫妻


シラヌイちゃんの両親。オシラサマと呼ばれている。また、それぞれ馬神様、姫神様とも呼ばれている。

紺野正信(狐正信)


藤沢耀子と白瀬沼藺の高校生時代を知る老人。自称、狐忠信の子孫。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

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