美肌の湯(3)
文字数 1,902文字
耀子先輩は朦朧としたまま、敷かれた蒲団に先に寝かされた。麻薬に近い薬品を盛られたのだろう。克哉さんの父親は、二日もすれば正気に戻ると言っている。だが、あれは、恐らく耀子先輩の演技に違いない。彼女は、あの手の薬に強い耐性のある特異体質なのだ。あんなもので、自分を失う訳がない。
一方、僕は食事の後片付け終わった食卓に残り、少しばかり、この父娘に明日の儀式についての話を聞くことにした。
「配偶者候補は、前日、必ずあの湯に浸かり、全身を清める仕来たりになっています。それで、私だけでなく、彼女もあの湯にお誘いしたのです……」
妹さんは、済まなそうにその訳を説明してくれた。村の娘など経緯を知っている娘は、覚悟を決め、こうして湯に浸かるのに違いない。騙されて連れて来られた女は、汲んだ湯で沸かした風呂に入り、耀子先輩の様に薬を飲まされて、訳も分からず無理矢理に見合いの席に引き摺り出されるのであろう。
「幾つか、お聞きしたいのですが?」
「何でしょう?」
「お父様は、倭の国を護る為の儀式だと仰有った。何故、そう言われたのですか?」
その僕の問いには、父親の方が答える。
「はっきりとは分かりません。そう古くから伝えられているのです。で、それに誰かが反発すると、必ず大きな地震が起こるのです。神がお怒りになられていると……」
「偶然の産物とは、これまで誰も思わなかったのですか?」
「地震が一回や二回なら偶然と思うでしょう。ですが『もし迷信でないなら、直ぐさま地震を起こして見せよ!』と誰かが言うと、一分と経たない内に地震が起こるのです。それも何度やっても必ず……。とても偶然とは思えません」
「それは、あなたの目で確認しましたか?」
「いいえ……。でも、村の者は皆そう言っておりますし、昔、誰かが疑った為には、大きな地震が起こったと、村の年寄りたちが話しておりました」
妹さんが新たな情報を付け加える。
「昔、死んだ曾祖母が、私に言ってくれたことがあります。『村の地下には、恐ろしい魔物が封印されていて、スサオウ様がその封印を護ってくださっているのだ』と。そして、『だから、お前も、スサオウ様の言うことは、どんなことでも、聴かなければいけないのだよ』とも……」
「あなたは、スサオウ様に会ったことがあるのですか?」
「スサオウ様は、兄の同級生です。この家にも何度か遊びに来てくださいました。彼は優しくて、とても素敵な方です」
倉に軟禁されているってのとは、大分イメージが違うなぁ……。
「で、お嬢さん。あなたはスサオウ様に何を要求されました?」
僕の口から、僕の思いも寄らない質問が発せられる。そして、それを聞いた妹さんは、茹でた海老の様に真っ赤になった。
「あ、いいです。答えなくても……」
これも僕の意思ではない気がする。僕は時として、自分が意識していない状態で神憑り的に何かをする事があるのだ……。
そんな僕の無意識が、回答不要と言ったにも関わらず、妹さんは勇気を持って僕の質問に答えてくれた。
「スサオウ様は私とキスがしたいと……。勿論、私などに拒否する権利はありません」
「そうでしょうか? あなたは先程、『スサオウ様は優しい人』だと仰有った。もしかしたら、彼はあなたに『嫌なら断っていい』と言ったのではないですか?」
「橿原先生は意地悪なお方ですね……」
「あなたは、もし、スサオウ様があなたをお選びになったら、どうなさいますか?」
「勿論、倉に入りますわ。私に拒否する権利はありませんもの……。いいえ、寧ろ、喜んで彼に嫁ぎたいと思います」
父親も娘の気持ちを知っていたのだろう。それを聞かされても、克哉さんのお父さんは、特別驚きの表情を見せはしなかった。
それにしても、なんか、変な感じになってきた……。
「でも、彼は私を選びません」
「どうして断言できるのですか?」
「彼は優しい人だからです……」
妹さんはそう言うと、嗚咽が口をつくのを手で抑えて泣き崩れた。なんと、この娘は彼に選ばれたくないのではなく、彼が別の女性を選ぶことを恐れていたのだ。
だが、あの青年は、間違いなく彼女を選ばないであろう……。
恐らく、青年が彼の意思で僕の元に来たと云うより、克哉という友人が妹の為に青年を行かせたと云うのが、今回の僕への依頼の真相に違いない。
だが、そうだとすると、僕と耀子さんはどうすれば良いのだ? 青年と青年の母親を倉から助け出す、本当にそれで解決なのか? 本当の依頼は、この娘さんの青年への想いを叶えてあげることではないのか?
だが、それは同時に、娘に自由に生きて欲しいと云う、この父親の切なる願いを無にすることでもあるのだ……。
一方、僕は食事の後片付け終わった食卓に残り、少しばかり、この父娘に明日の儀式についての話を聞くことにした。
「配偶者候補は、前日、必ずあの湯に浸かり、全身を清める仕来たりになっています。それで、私だけでなく、彼女もあの湯にお誘いしたのです……」
妹さんは、済まなそうにその訳を説明してくれた。村の娘など経緯を知っている娘は、覚悟を決め、こうして湯に浸かるのに違いない。騙されて連れて来られた女は、汲んだ湯で沸かした風呂に入り、耀子先輩の様に薬を飲まされて、訳も分からず無理矢理に見合いの席に引き摺り出されるのであろう。
「幾つか、お聞きしたいのですが?」
「何でしょう?」
「お父様は、倭の国を護る為の儀式だと仰有った。何故、そう言われたのですか?」
その僕の問いには、父親の方が答える。
「はっきりとは分かりません。そう古くから伝えられているのです。で、それに誰かが反発すると、必ず大きな地震が起こるのです。神がお怒りになられていると……」
「偶然の産物とは、これまで誰も思わなかったのですか?」
「地震が一回や二回なら偶然と思うでしょう。ですが『もし迷信でないなら、直ぐさま地震を起こして見せよ!』と誰かが言うと、一分と経たない内に地震が起こるのです。それも何度やっても必ず……。とても偶然とは思えません」
「それは、あなたの目で確認しましたか?」
「いいえ……。でも、村の者は皆そう言っておりますし、昔、誰かが疑った為には、大きな地震が起こったと、村の年寄りたちが話しておりました」
妹さんが新たな情報を付け加える。
「昔、死んだ曾祖母が、私に言ってくれたことがあります。『村の地下には、恐ろしい魔物が封印されていて、スサオウ様がその封印を護ってくださっているのだ』と。そして、『だから、お前も、スサオウ様の言うことは、どんなことでも、聴かなければいけないのだよ』とも……」
「あなたは、スサオウ様に会ったことがあるのですか?」
「スサオウ様は、兄の同級生です。この家にも何度か遊びに来てくださいました。彼は優しくて、とても素敵な方です」
倉に軟禁されているってのとは、大分イメージが違うなぁ……。
「で、お嬢さん。あなたはスサオウ様に何を要求されました?」
僕の口から、僕の思いも寄らない質問が発せられる。そして、それを聞いた妹さんは、茹でた海老の様に真っ赤になった。
「あ、いいです。答えなくても……」
これも僕の意思ではない気がする。僕は時として、自分が意識していない状態で神憑り的に何かをする事があるのだ……。
そんな僕の無意識が、回答不要と言ったにも関わらず、妹さんは勇気を持って僕の質問に答えてくれた。
「スサオウ様は私とキスがしたいと……。勿論、私などに拒否する権利はありません」
「そうでしょうか? あなたは先程、『スサオウ様は優しい人』だと仰有った。もしかしたら、彼はあなたに『嫌なら断っていい』と言ったのではないですか?」
「橿原先生は意地悪なお方ですね……」
「あなたは、もし、スサオウ様があなたをお選びになったら、どうなさいますか?」
「勿論、倉に入りますわ。私に拒否する権利はありませんもの……。いいえ、寧ろ、喜んで彼に嫁ぎたいと思います」
父親も娘の気持ちを知っていたのだろう。それを聞かされても、克哉さんのお父さんは、特別驚きの表情を見せはしなかった。
それにしても、なんか、変な感じになってきた……。
「でも、彼は私を選びません」
「どうして断言できるのですか?」
「彼は優しい人だからです……」
妹さんはそう言うと、嗚咽が口をつくのを手で抑えて泣き崩れた。なんと、この娘は彼に選ばれたくないのではなく、彼が別の女性を選ぶことを恐れていたのだ。
だが、あの青年は、間違いなく彼女を選ばないであろう……。
恐らく、青年が彼の意思で僕の元に来たと云うより、克哉という友人が妹の為に青年を行かせたと云うのが、今回の僕への依頼の真相に違いない。
だが、そうだとすると、僕と耀子さんはどうすれば良いのだ? 青年と青年の母親を倉から助け出す、本当にそれで解決なのか? 本当の依頼は、この娘さんの青年への想いを叶えてあげることではないのか?
だが、それは同時に、娘に自由に生きて欲しいと云う、この父親の切なる願いを無にすることでもあるのだ……。