彼女以上の怪物(2)

文字数 1,549文字

 唖然としている看護師たちに、藤沢さんはシラヌイちゃんのことを説明する。
「絶対、反則よね、こんなの! こんなに美人で、いつまでも若いなんて! それに、昔から私、彼女には、何やっても勝てないの。勉強でも、運動でも……。唯一勝ってるとしたら……」
 耀子先輩は、「戦闘力では……」とでも言う心算なのだろうか? 僕的には……、贔屓目かも知れないが、美しさでは絶対(まさ)っていると思うのだが……。
「男を見る目。これだけは、私、彼女に負けてないわね」
「え~、嘘よぉ」
 皆で藤沢さんの言葉に疑問を提す。だが、何故、僕の方を横目で見る?!
「私の男を見る目が高いって訳じゃないのよ。彼女の男の趣味が最低なの……」
 耀子先輩までが、僕のことを横目で見る。なんか……、すごく失礼な奴らだ。
「この女性(ひと)、付き合った男がみんなヤクザだったんですか? それとも好きになるのが、マザコン男ばっかりだったとか……」
「沼藺は、私の兄に高校時代からぞっこんなのよ。それで、この歳まで独り身。でも、どうやったら、あんな根暗な変人を好きになれるのかしらねぇ?」
 だが、耀子先輩の兄の鉄男さんって……。
「藤沢さんのお兄さんって、確か、結婚されてますよね……。それも、娘さんは、もう随分大きいんじゃなかったでしたっけ?」
「そうなの。有希ちゃんは二十歳近いし、奥さんも健在よ。でも、沼藺は後釜狙ってんですって」
「うわ~。サスペンス劇場になりそう!」
「彼女、そうはしないらしいわよ。奥さんの美菜さんが先に亡くなられるのを、ずっと待つんだって……。不倫もせずによ……。本当、面倒臭いわ!」
 いやいや、面倒臭くても、待たないのは駄目でしょう。
「兄の方が先に死んだら、どうする心算なのよ……? 沼藺は……。」
「藤沢婦長のお兄さんなら、あと千年は生きるんじゃありません?」
「鵠沼婦長、ひどいですよ! それに雑用係りの婦長は鵠沼さんです!!」
「ギャハハハハハハ」
 看護師が全員で大笑いする。騒がしい奴らだ。烏丸院長が何時怒鳴り込んで来ないかと、流石の僕も心配になる。

 ひとりの看護師が、シラヌイちゃんの写真を手に取って、それを見た感想を口にした。
「この人、ほんと、ヤバイ程の美人ですよね。でも、独り身……。だから振り袖なのか……。それにしても、この朱で染められた振り袖、結構、値打ちもんじゃありません?」
「そうだと思うわ……。彼女、お姫さまだから、安物を身に付けてる訳はないもの」
「いいな~。絶世の美女で、永遠の若さを享受して、おまけに大金持ちのおひい様。そんな人、何の苦労も知らないんだろうな……。私たちなんか、こんなに重労働に耐えているのに」
「そうよね~。ギャハハハ」
 看護師が皆で自虐的に笑いだす。
「一応、言って置くが、他の病院の待遇から比べたら、烏丸眼科はもう天国だぞ!」
 僕は心の中で呟いていた……。
 だが、藤沢さんだけは笑いに加わらず、何かもの想いに更けている様だった。
「そうでもないのよ。彼女、小さい時に家族から虐待を受けた上、育児放棄に遭っていたらしくて、死ぬ寸前だった所を、特別養子みたいな形で、今の両親の白瀬夫妻に引き取られたんだそうよ……。だから、二人の兄とはずっと疎遠にしてるし、実の母とは、今でも和解してないって彼女言っていたわ……」
「色々、ありますね……」

 話が一旦途切れた所で、鵠沼婦長が皆に仕事再開の号令を掛ける。
「さ、休憩はお終い! 仕事、仕事! 庶民は働かなくちゃ食べて行けないのよ!」
「は~い……」
 皆が解散しようとする寸前、僕は看護師の中から、耀子先輩だけを引き留めた。
「藤沢さん……、いや、耀子先輩……。あとで少し、お話があります」
 耀子先輩には、それだけで通じたのか、何も問わずに、少しだけ笑みを浮かべて小さく頷いた。
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登場人物紹介

藤沢(旧姓要)耀子


都電荒川線、庚申塚停留所付近にある烏丸眼科クリニックに勤める謎多き看護師。

橿原幸四郎


烏丸眼科クリニックに勤める眼科医。医療系大学在学時、看護学部で二年先輩の要耀子とミステリー愛好会と云うサークルに在籍していた。その想い出を懐かしみ、今でも不思議探偵なるサイトを開き、怪奇現象の調査をしている。

一つ目鴉


額に目の模様のある鴉。人間の言葉を解す。

甘樫夫妻


橿原邸に住み込みで家を管理する老夫妻。

松野染ノ助


歌舞伎役者。名優、松野染五郎の息子。

加藤亨


耀子と幸四郎が在席した医療系大学の教授で、同大学病院の外科部長。実はミステリー愛好会の創設者にして、唯一無二の部長だった。

白瀬沼藺


藤沢耀子の高校時代の友人。通称シラヌイ。

シラヌイちゃんのお兄さんたち


狐や狼を思わせる容貌を持った兄弟。シラヌイちゃんを母親に会わせようと画策する。

橘風雅(犬里風花)


シラヌイちゃんの義理の妹。姉を慕う元気な少女(?)。

白瀬夫妻


シラヌイちゃんの両親。オシラサマと呼ばれている。また、それぞれ馬神様、姫神様とも呼ばれている。

紺野正信(狐正信)


藤沢耀子と白瀬沼藺の高校生時代を知る老人。自称、狐忠信の子孫。

政木の大刀自


シラヌイちゃんの身内の老女。

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