第72話 余命の願い(3)

文字数 1,839文字

 真波は、病院のそばにあるコンビニへ行き、雑誌や飲み物を買うと、近くの公園のベンチで一休みしていた。

 このコンビニは、病院の入院患者やスタッフ達御用達で、白衣姿やパジャマ姿、杖をついているもので溢れていた。

 今日は真波の体調も比較的良く、少し散歩をしたい気分だった。パジャマの上から分厚いダウンジャケットを羽織り、公園のベンチに座り、コンビニで買ったお茶を啜っていた。

 天国や地獄があるのかは、答えは出ていない。ただ、空は穏やかに晴れ、小鳥達が飛んでいる姿を見ていると、少し気分も和らいできた。足元を見ると、雑草が元気よく伸びている。アリも一生懸命歩いていた。そんな姿を見ていると、この世も全てが悪いところには見えなくなっていた。確実にここは地獄ではない。病気もあって苦しいが、病院の医者や看護師、同じ病室にいる患者もみんな優しい。テレビのニュースを見ると、悪い人もいるが、全員が全員そうには見えない。

 そんな事を考えていると、今の自分は不幸とは言い切れない。不公平だとは感じるが、ここは地獄ではない。善なる存在というか、正しい神様がいても不思議じゃない気もする。

 そんな事を考えているとき、目の前に夢に出てきた死神が現れた。

 ファンタジー展開に夢を見ている気がしたが、確実に目の前に鎌があった。黒いフードをスッポリとかぶっていたので、死神の表情はよく見えない。

「待って!」

 死神は真波の前に現れたかと思ったが、踵を返して去っていく。思わず追いかける。身体はついていかないが、どうにか足を進めた。

 死神は病院の側にある神社に入っていった。この神社はあやかし神社といい、病気が治った患者の噂も聞いた事がある。胡散臭くて一度も行った事はなかったが。

 病院や商業施設の近くにある神社は、あまり有り難みも感じない。鳥居も安っぽく、最近できた神社のようだった。どこか映画のセットのような雰囲気だった。思えば神社は綺麗な自然の中にあるから数割増して見える気がした。鳥居と本殿だけだったら、少し怖い。

 そんな誰もいない神社に真波は恐る恐る足を踏みいれた。ジャリジャリと小石を踏み締める音だけ響く。

 死神も地獄も天国もわからない。でも、ここに行けば答えがある気がした。

「死神、もし居るのなら、私の命を持っていかないで。死にたくない、死にたくないよ……」

 そんな願いを言葉にするが、だんだんと虚しくなってきた。人の命は儚く、とても頼りのないものだと思った。長生きしても80年ぐらいの命で、虚しくもなる。多少長生きできても、本当に幸せかわからない。永遠はどこにあるのだろう。

「死にたくない、死にたくない……」

 そんな悲痛の叫び声をあげると、若い女性に声をかけられた。目が見えないようで、杖をついていた。その割には黒い目に光が宿り、真波の事は全てお見通しといった雰囲気だった。

「私は福沢聖花っていうの。っていうか、あやかし神社にいる悪霊うざー。相変わらず執念深いやつらね。少し追い出すか。イエスの御名前で命令する。この子の病からくる死の悪霊を縛る。今すぐ出て行け」

 聖花は、歌うように言うと、何処かからかうめき声が聞こえた。同時に身体がすっと軽くなり、一瞬元気になった気がした。

「え、聖花さん? 今、何やったんですか?」
「悪霊祓い。ちょっとはスッキリしたかな? 今度こそこの神社の悪魔と悪霊をキツくしばくから、大丈夫よ。ふふ、神社で聞く福音というのも、なかなか趣きがあるね」
「ふ、福音?」
「ええ。あなたに永遠の命の鍵、福音について教えてあげる。あなたは聞く耳がありそうだから、特別。他の人には内緒よ? ま、信じてくれたら言い広めてもいいけど」

 聖花はそう言うと、再び何処からかうめき声が聞こえる。

『ふざけんなよ! 聖花のやつ、福音なんて語るなよ! やめて、やめて、やめろ!』

 しかし、聖花はその声には無視しつづけ、良い知らせを教えてくれた。本当の神様、イエス・キリストは自分を十字架の上で犠牲にし、代わりに永遠の命を与えてくれた。こんなに愚かで欲深い人間の為に。人間には何も対価も代償も求めず、一方的に注がれる神の恵み。

 福音は、子供でもわかるような簡単なものだったが、聞いていると、ずっと知りたかった答えを得られたような気がした。理由もないのに、涙が止まらなかった。今までずっと、大切な存在を無視して生きてきたのかも知れない。気づくと、ずっと抱えていた死への不安が消えていた。

 めでたし、めでたし。
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登場人物紹介

悪魔

あやかし神社の主。人間の記憶を食い幽霊のフリ、天使、動物やイケメンのフリをして人間を騙している。ヤクザのように願いの代償を請求する。聖書の神様に敵対。

悪霊

悪魔の手先。人間の心に棲みつく実行部隊。あやかし神社では眷属のフリをしている。

聖書

悪魔と人間が結んだ契約を破棄する鍵…?

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