第71話 余命の願い(2)

文字数 1,698文字

 その夜、夢を見ていた。

 今日も治療が思った通りにいかず、痛みを抱えたまま眠ったせいか、変な夢を見ていた。

 夢の中で真波は、電車に乗っていた。電車の中は薄暗く、下を向いたサラリーマンや女子高生、OLばかり乗っていた。しかも彼らには全員重い足枷のようなものをつけていて、身体は鎖でぐるぐる巻きにされ、顔は二重マスクをしていた。夢の中だったが、まるで現実の大人達のように目が死んでいた。

「はーい、悪魔の奴隷の皆さま。地獄への特急便の乗り心地はいかが? まだ地獄じゃないですが、我々が支配するこの電車も地獄っぽいね?」

 やたらと陽気な車内アナウンスが流れていた。

「地獄? 地獄ってどういう事?」

 車内でただ一人、真波だけが声をあげていた。他の乗客は、下を向いたままだった。中には、スマートフォンで性的な画像やアイドルの動画を熱心に見ているものもいて、車内アナウンスなど丸っと無視されていた。

「お客様、我々は一人でも多くの人間を地獄へご案内する為に働いておりまーす♪ もうこの列車に乗ったのなら、途中下車はできませんよ。手に切符があるでしょう?」

 いつもは電車に乗るのにはICカードを使うが、確かに真波の手の中には、切符があった。行き先も地獄と書いてある。こんなものは買った覚えはない。

「な、なんで?」

 気づくと、真波の目の前に黒いフードをかぶり、鎌をもった死神がいた。

「だって君たち、生きてる時は自分を神様にしながら、金や異性を追いかけて生きてきただろ? 自分の欲望のままに、金を求め、異性を汚し、弱者を蔑み、本当の神も知らずに生きてきた。だから君達のご主人様は、悪魔。死後は悪魔の家へ、地獄へ向かうのは当然ではないですか?」

 死神の語り口は、静かで落ち着いていた。電車の中は、さらに人が入ってきた。有名な政治家や芸能人の姿も見えた。みんな地獄行きの切符を持ち、脚には足枷。身体に鎖、顔は二重マスク。電車内は、瞬く間に人が増えていき、満員電車になった。

「く、苦しい!」

 真波は満員電車の人に押され、呼吸もまともにできない状況だった。途中下車したいと思うが、もう電車はどこにも止まらず、暗闇の方へ突き進んでいく。

 目が覚めたら、朝になっていた。どうやら夢だったようだが、まだ地獄行きの切符を持っているような感覚が残っているようだった。

 気分は最悪で、同じ病室にいる入院患者が、医者と看護師を呼んでくれ、様子を見てもらった。医者によると、病状は昨日と同じで落ち着いている、精神的なものだろうと言われた。

 なんとなく医者にはこの夢について話したくはなくなった。医者が病室から去ると、看護師にこの夢についてこっそりと話してみた。50歳ぐらいの女性だ。ベテラン看護師で堂々とした貫禄もあり、若い看護師達は怖がっているようだった。確か名前は佐藤春子といった。

「そんな夢みたいの……」

 佐藤は、ちょっと眉間に皺を寄せて、小声でこんな話をした。

「たぶんね、天国と地獄ってあると思うのよね」
「え?」

 突然ファンシーな話になり、まだ夢の続きかと思うほどだった。

「うん。亡くなる前の患者さんを見るとそう思うの。生前、占い師だった患者さんは、『悪魔が迎えにきた』とか言っていたわね。あと『サタン、どうして?』って泣いてた霊能力者や霊媒師も」
「え……」

 小声の内緒話とはいえ、そんな事を聞かされると、不安になってくる。

「でも大丈夫よ。大半は、穏やかに眠るようにって感じよ。それにあなたは、大丈夫! 元気になるわよ」

 そう励まされると、少し元気は出てきたが、佐藤の話が本当だとすれば、天国や地獄もあるような気がしてきた。

「どうやったら、天国に行けるの?」
「さあ。良い行いをし、神社にでも行けばいいんじゃない?」

 佐藤は適当な事を言い、仕事に戻ってしまった。

 こんな夢を見てしまい、天国や地獄があるような気がしてきた。それは、死んだら人が神様になる説や異世界転生するよりリアリティがある気がしてきた。

 そして、自分は天国に行きたい。地獄にわざわざ行きたがる人なんていないだろうが、今はその「地獄行き」の切符しか持っていない気がした。
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登場人物紹介

悪魔

あやかし神社の主。人間の記憶を食い幽霊のフリ、天使、動物やイケメンのフリをして人間を騙している。ヤクザのように願いの代償を請求する。聖書の神様に敵対。

悪霊

悪魔の手先。人間の心に棲みつく実行部隊。あやかし神社では眷属のフリをしている。

聖書

悪魔と人間が結んだ契約を破棄する鍵…?

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